世界で唯一の量産サイドカーメーカーのウラルが
ミドルクラスのニューモデル・ウラルNeoを出展!

世界で唯一の量産サイドカーメーカーのUral(ウラル)が、今年の東京モーターサークルショーに出展したのが新型車のウラルNeoだ。このサイドカーは本車を一新し、水冷4ストローク446cc並列2気筒DOHCの心臓を持つ近代的なバイクとしたことで、従来よりも操縦性・安定性・走行性能・燃費などが飛躍的に向上した。

ウラルジャパンが『第53回東京モーターサイクルショー』に出展したウラルNeo。本車側の新開発の水冷4ストローク446cc並列2気筒DOHCの心臓を持つアドベンチャーバイク。

ただし、従来のウラルGear Upとは異なり、駆動方式は2WDではなく1WDを採用している。そのため、日本の法規上は「側車部分を外しても走行できる構造」として、運転には大型自動二輪免許が必要となる。そこが普通自動車免許で運転できたウラルGear Upとの違いであり、注意が必要なところだ。

ウラルNeoのリヤビュー。舟は従来のウラルGear Upのものを踏襲しているようだ。ただし、灯火類はLEDへと改められている。

旧ソ連時代に遡るおよそ100年に及ぶIMZ-Uralの歴史

もともとウラルは旧ソ連軍が使用する軍用サイドカー製造メーカーのIMZ-Uralとして1941年に誕生した。
1930年代にソ連国防人民委員部で赤軍(=ソ連軍)に適したオートバイを開発するための会議が開かれた。しかし、技術的に立ち遅れていた当時のソ連は、戦車に随伴できる軽車両の開発能力が欠如していた。

その中でもオートバイの開発技術は欧米諸国に比べて10年以上遅れており、新型軍用バイクの開発に苦慮していたソ連は、ドイツ国防軍(陸軍)が使用していたBMW R71サイドカーの設計図と車両を非合法な手段によりスウェーデン経由で入手。これをリバースエンジニアリングし、コピー生産することにより、大祖国戦争(独ソ戦)勃発後の1941年8月から量産を開始した。

当初、モスクワのオートバイ工場で生産をしていたが、ドイツ軍の電撃的な侵攻により、首都モスクワが陥落の危機に陥ったことから、ウラル山脈の麓にあるイルビトの町に工場を疎開させた。これが現在まで使用されるブランド名の由来となったのである。

1941年に撮影された赤軍が使用するM-72型サイドカー 。戦前にBMW R71サイドカーの設計図と車両を非合法な手段で入手し、リバースエンジニリアリングでコピー生産された車両だ。

1945年、独ソ戦に勝利したソ連は、戦勝国としてドイツからバイク技術と製造施設を接収し、BMW R75型に採用されていた側車側の車輪も駆動する二輪駆動システムも導入して独自の改良を加えてサイドカーを開発。戦後は軍用モデルでだけでなく民間モデルも開発し、東側諸国を中心に輸出市場でも成功を収めた。

2023年の『第50回東京モーターサイクルショー』で撮影したウラルGear Up。BMW R71のコピー生産から始まったこのサイドカー は、改良を加えられながら80年以上も生産され続けた。
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『第50回東京モーターサイクルショー』のウラルブースレポート。

1992年にソ連が崩壊すると工場は民営化され、Ural-Motoへと改組。しかし、ソ連の崩壊によって経済が自由化されると、西側製の中古バイクがロシアに大量流入されるようになり、国内シェアを失って同社の経営は危機的な状況に陥ってしまう。

冷戦終結後は北米資本となって輸出に活路を見出して復活
ウクライナ戦争によって新体制への移行を余儀なくされる

そこに救いの手を差し伸ばしたのがロシア系ジョージア人の実業家カハ・ベンドゥキ氏であった。彼は新たにクルーザータイプのウラルWolfを開発し、巻き返しを図るが、価格や品質面の問題から商業的に成功することはなかった。

1990年代にUralはロシア系ジョージア人の実業家カハ・ベンドゥキ氏に買収され、彼の指導のもとで開発されたクルーザータイプのウラルWolf。残念ながら商業的な成功に結びつかなかった。

困窮したベンドゥキ氏は、会社をイリヤ・ハイト氏ら3人のアメリカ人実業家に売却した。これによりアメリカ企業となった同社は、2006年にワシントン州レドモンドに本社となる持株会社のIMZ-Ural Group, Incを設立。ロシアの生産設備はそのままに再出発し、品質改善を図った上で西側諸国への輸出を重視するようになり、現在では日本を含む世界42カ国に輸出するようになった。

2022年にロシアによるウクライナ侵攻が始まると、西側各国による経済制裁でロシア工場からの車両と部品の輸出が困難になった。そこで同社はカザフスタンのペトロパヴリに新たな組み立て工場を開設。ここから輸出を再開した。

2022年にロシアによるウクライナ侵攻に際し、IMZ-Uralは侵攻したロシア政府と軍を非難し、平和的解決を求める声明を発表した。西側の経済制裁により、輸出の道が閉ざされた同社は長年の生産地であったウラル山脈の麓にあるイルビトの町を捨て、カザフスタンのペトロパヴリに新たな組立工場を開設に移転した。これによりウラルのサイドカーはロシア製ではなくカザフスタン製となる。

しかし、内陸国のカザフスタンでは国外輸出がやはり不利ということで、今回出展したウラルNeoは新たに立ち上げられた中国工場で生産することにしたという。なお、完全自社設計というわけではなく、中国企業の合弁で開発したものとなるそうだ。

安く、軽く、近代的になった新型車・ウラルNeo
初心者でも乗りやすいサイドカー に生まれ変わる

ウラルジャパンは『第53回東京モーターサイクルショー』に色違いの2台のウラルNeoを出展。そのうちの1台は従来のイメージを覆す鮮やかなオレンジの車両であった。

ウラルNeoの登場により、従来までのウラルGear Upは日本導入を終了することになった。しかし、ウラルジャパンCEOのボリヒン・ブラジスラーフ氏は「これまでのGear Upよりも大幅に乗りやすくなり、初心者にもオススメできるサイドカーになりました」と胸を張る。

ウラルNeoのサイドビュー。同車は工場をカザフスタンから中国へと再移転し、中国企業との合弁で誕生した新しい本社を採用した新型サイドカーの生産を開始した。それに伴いウラルGear Upは生産を終了した。

価格も大幅に引き下げられ、従来のウラルGear Upが325万3000円~443万3000円(税込)で販売されていたのに対し、ウラルNeoは228万円(税別)からと比較的買いやすい価格となった。「この価格設定は日本導入当初のGear Upとほぼ同じ価格です」とブラジスラーフ氏は続ける。

ウラルNeoのフロントサスペンション。引き続きサイドカーに適したアールズフォークを採用する。

実車を検分するとエンジンや足回りなどがアップデートされ、本車のデザインはモダンなアドベンチャーバイク風となった。車重もGear Upの331kgから45kgも軽い286kgとなった。これなら取り回しも大きく向上していることだろう。

ウラルNeoのステムまわり。メーターは近代的な液晶タイプとなる。

ブラジスラーフ氏によると、ほかにもウラルには様々な計画があるようだ。
「まだ、具体的にお話しできるような段階ではありませんが、これからのUralにはさまざまな計画がありますよ。Neoの本車はバイクとしても素晴らしい性能を持っていますので、いずれは単車として販売したいですし、 Gear Upのデザインを彷彿とさせるネオクラシックバイクもいずれは出したいと考えています」

ウラルNeoに搭載される水冷4ストローク446cc並列2気筒DOHCエンジン。最高出は33.5hp/7500rpm、最大トルクは3.63kg-m/6000rpmを発揮。開発・製造はゾンシェンが担当する。

ただし、どのように時代や周辺環境が変化しても、ウラルの「世界で唯一の量産サイドカーメーカー」という立場には変わりがないだろう。いずれにしても、ウラルNeoは魅力あふれる近代的なサイドカーであることには変わりがない。

ウラルNeoのエキゾーストシステム。

ウラルの販売店では初心者には乗り方の講習なども行なっているようなので、興味がある人は一度取扱店に行って現車を確認したり、試乗させてもらうと良いかもしれない。

ウラルNeoの側車のシート。乗り心地は良さそうだ。
本車と側車の接続にはボールジョイントが用いられている。ウラルGear Upとは異なり駆動方式は1WDとなるため、運転するには大型自動二輪免許が必要となる(従来のように普通自動車免許では運転できない)。