マーケットインではなく「熱意」から生まれた異端の小型EV

ホンダのSuper-ONE(スーパーワン)は、マーケットインではなくプロダクトアウトの発想で生まれた小型EVだ。開発陣の「おもしろいクルマ作りたいよね」という熱い思いから企画はスタートしている。

見てのとおり(?)、スーパーワンのベースは軽EVのN-ONE e:だ。N-ONE e:をベースにトレッドを拡幅(フロントは+50mm)し、全幅を100mm拡幅している。接地面積の広い、ということはポテンシャルの高いタイヤ(185/55R15サイズ)を履いたこともあり、ハンドリング性能が高まっている。

グランドコンセプトは「e-ダッシュブースター」。これを構成するキーワードとして「愉快」「爽快」「明快」を掲げ、モデルを磨き上げた。

スーパーワンは、N-ONE e:やN-VAN e:の開発に携わった人たちが、「軽EVが持つポテンシャルを解放したら、もっと楽しいクルマができるのではないか」という思いが原点にある。トレッドを拡げてみたら、出力を上げてみたら、もっと生き生きしたクルマになるのではないか。逆の見方をすれば、軽自動車という制約があるから、ポテンシャルが生かし切れていないのではないか。じゃあ、解放してみようかと。

写真のモデルは、上へ伸びる上向き雷をモチーフにした訴求色の「ブーストバイオレット・パール」を纏う。

スーパーワンはマーケットの動向を調査し、そこに需要があるのは間違いないからという論理で企画し、開発するマーケットイン型の開発ではなく、「こんなの作ったらウケるんじゃないか」と、開発チームの熱意から生まれたプロダクトアウト型のクルマなので、まずは社内で合意を形成し、製品化についてゴーサインをもらう必要があった。

専用デザインの15インチアルミホイール。タイヤサイズは185/55R15で、N-ONE RSに対して直径は26mm、幅は39mm上回る。

通常の開発では性能上のターゲットを定めたら、クルマの動きがそのとおりになっているかどうか、試験車両で確かめる前にドライビングシミュレーターで検証するのだが、スーパーワンの場合は「おもしろさを実感してもらうのは、乗ってもらうほうが早い」とのことで、N-ONE e:をベースに先行車を仕立て、乗って実感してもらい、社内の合意を取り付けたという。乗った人はみな、運転中も運転後も、笑顔が絶えなかったそう。「これは発明だ」との発言もあったとか。

往年の名車「ブルドッグ」を彷彿とさせるルックスと妖しい室内

確かに、スーパーワンは笑顔になるEVである。まず、見た目からして、遊んでいる。世代によっては「ブルドッグ」の愛称で呼ばれた1983年発売のシティ ターボIIを思い起こすかもしれない。だとしたらまさにホンダの狙いどおりで、実際、ブルドッグを意識したデザインだ。もっとブルドッグに寄せたいなら、そのものずばり「BULLDOG」のデカールをはじめとした純正アクセサリーを選ぶといいだろう。無限パーツはもっとカッ飛んでおり、パーツをフルに搭載した車両はシルエットフォーミュラばりの迫力がある(が、どこかほほえましい)。

手前から2台目が無限、一番奥がホンダアクセスの純正アクセサリー装着車。
1983年登場のシティ ターボIIブルドッグ。インタークーラー付きターボエンジンは1.2Lの排気量から110PSを絞り出した。

拡幅したのはトレッドとボディなので、室内の広さはN-ONE e:そのものだ。つまり、軽自動車サイズ。ただし、スペシャルな世界観で満たされている。まず、シートに腰を下ろした瞬間に、別モノ感が味わえる。太もも横のサポートは高く、ハードな感触だし、シートバックのサイドのサポートも同様で、高いホールド感を感じる。

N-ONE e:と基本を共有するインパネだが、イルミネーションやドライブモードスイッチ、専用のメーターデザイン(トリプルメーター)で楽しい走りを演出する。
サイドボルスターは+20mm、サイドサポートは+35mmと、N-ONE e:のものよりもサポート性を高めたシートを採用する。表皮のカラーリングもユニークだ。

インパネにはパープルの差し色が入っており、妖しい雰囲気。ステアリングのステッチもパープルだ。液晶ディスプレイには3連メーターが表示される。ドライブモードでECON、CITY、NORMALを選択しているときは、左からバッテリー温度、瞬間電費、パワー(駆動/回生出力)が表示される。ドライブモードをSPORTに切り換えると、中央のメーターはタコメーター(エンジン回転計)になる。EVなのに。

ECON、CITY、NORMALモード時のメーター表示。
SPORTモード時のメーター表示。

笑顔を誘う「仮想有段シフト」とこだわりの“エンジン”サウンド

スーパーワンは仮想有段シフト制御を搭載しているのが特徴だ。実際にはフロントに搭載するモーターで前輪を駆動するのだが、あたかも7速DCTを搭載しているかのようなフィーリングを仮想エンジン音とGの変化で提供する。ギヤ段に応じたレスポンスを再現する凝りようで、1速ではレスポンスが高く、7速では反応が穏やかになる。

走行中にアクセルペダルを強く踏み増すとキックダウン(低速段に変速)するが、その際、モーターの制御により変速ショックを再現する。マニュアルモード選択時に低いギヤ段で引っ張ると、仮想のエンジン回転がレブリミットに当たり、フューエルカットによる駆動力の頭打ち感を、音とモーター制御によるGの変動で再現する。感心するくらいリアルにできており、だから笑顔になる。

仮想有段シフト制御とアクティブサウンドコントロールはかなりつくり込まれている印象。「走りの味が薄い」と言われがちなEV評は、スーパーワンには当てはまらない。

ドライブモードをSPORTに切り換えると、走り出す前にまずアクティブサウンドコントロールが発動し、ボロボロボロというラフなエンジン音が車室を満たす。このサウンドをよく聞かせる(効かせる?)ためにBOSEプレミアムサウンドシステムを標準装備したのではないかと勘ぐりたくなるほどだ。音楽もちょこっと聴いたが、さすがはBOSEである。荷室には容量13.1Lのサブウーハーが収まっている。BOSEのシステムをホンダの小型モデルに搭載するのは「初」とのこと。Aピラーに埋め込まれたスピーカーカバーにBOSEのロゴがあり、それが目に入ることでもスペシャル感が味わえる。

ホンダのAセグメント車種では初めてBOSEプレミアムサウンドシステムを搭載する。
13.1Lの容量をもつ専用サブウーハーを荷室の床下に配置。

仮想のエンジンサウンドは、アクセルペダルの動きに合わせて高周波になっていく。低〜高回転域の低周波成分は8つあるスピーカーのうち4つのドアスピーカーが受け持ち、高回転域の高周波成分はダッシュボード中央にあるセンタースピーカーが受け持つことでリアルな音場を再現している。

仮想エンジンサウンド、開発にあたった技術者によれば、音に含ませる雑味の塩梅がポイントとのこと。きれいな音だと高揚感に結びつかないのだそうだ。なかなかイイ線いっている、と上から目線で言っておく。車速が上がると次第に風切り音が支配的になっていくが、その領域でも仮想エンジンサウンドの(とくに高音域の)効果が感じ取れるよう、防音材をおごったそうだ。

出力5割増しの「BOOSTモード」と、限界まで攻められるシャシー性能

ステアリングのセンターパッド右側にある「BOOST」スイッチを押すとBOOSTモードに切り替わり、イルミネーションとメーターがパープルに変化。SPORTでは「ロー」だったアクティブサウンドコントロールが「ハイ」になり、ボリュームが大きくなる。さらに、タコメーターの仮想レッドゾーンが拡大(SPORT比+30%)し、パワーメーターの出力がアップする。

ステアリングホイールの右側にBOOSTモードのスイッチを配置。
BOOSTモード時はメーターのグラフィックがパープルに変身。

出力のほうは仮想ではなく、本当に上がる。BOOST以外のモードでは最高出力47kWだが、BOOSTモードでは70kWになる。ほぼ5割増しだ。モーターにより多くの電流を流すことで出力を引き上げるわけだが、そうすると発熱が問題になる。その問題を解決するのがラジエーターの強制冷却で、フロントバンパーの中央やや左側にオフセットした導風ダクトが空気の取り入れ口。箔を付けるための「なんちゃって」ではなく、きちんと機能しているのである。

ラジエーターへ走行風を導く導風ダクトは、フロントマスクのアクセントにもなっている。

SPORTおよびBOOSTモードを選択すると、ステアリング裏のパドルは回生ブレーキ力を制御する減速セレクターではなく仮想有段シフトの変速パドルになる。また、BOOSTモード選択時はマイナス側(左)のパドルを長引きするとマニュアルモードに切り替わる。プラス側(右)のパドルを引くと、自動変速モードに復帰する。自動変速モードでもメリハリの利いた加減速をすると充分、仮想有段シフト制御による音とGの変化を楽しめる印象だ。

1090kgという軽量な車両重量と、バッテリーを下部に配置する低重心高が相まって、俊敏なフットワークを見せる。

キビキビした動きもドライバーを笑顔にする要素だ。車両重量は1090kgでAセグメントのEVとしては断然軽いし、今どきの小型乗用車としても軽い。軽さに加え重心が低いこともあって軽々と向きを変える。ステアリングを切り込んでヨーが発生すると同時にロールするようなシーンでは、軽自動車なら「もしかして倒れる?」と不安になりかけるところ、ワイドトレッドの効果もありスーパーワンはビシッと安定した姿勢で粘る。ずいぶん攻めているつもりでも、なかなか音を上げない。

安心して振り回せるし、完全にシャシーが勝っている印象。これならもっとパワーがあってもいいのでは…とも感じたが、言い出したらキリがないか。スーパーワンを運転してニヤッとしない人がいたら、脇腹をくすぐられて耐えられる人よりも我慢強い人である。思わず笑みがこぼれてしまうに違いない。こんなEVなかった、という意味でスーパーワン、確かに発明である。

スーパーワンの航続距離は274km。搭載するバッテリー容量はベース車のN-ONE e:と共通のため、元の295kmからはわずかに減少している。とはいえ、片道20kmの通勤なら充電は週1回で事足りる計算であり、日常使いには十分な実用性を確保している。