Porsche 911 Reimagined by Singer
Classic Turbo Services
“レストモッド”の妙味

ロサンゼルスに向かう深夜便のシートで寛ぎながら、シンガー・ヴィークル・デザイン社のレストモッド車両に思いを馳せた。今回の旅は「ポルシェ 911 リイマジンド・バイ・シンガー」と名付けられたモデルをテストするのが目的だが、果たしてそれは、恐ろしくハイパフォーマンスなのに古典的な扱いにくさを残したプリミティブなチューンドカーなのか。それとも、古典的な味わいを完全に削ぎ落とした現代的なスポーツカーなのか。そんなことを夢想するうち、私は眠りに落ちていた。
ロサンゼルス西部のマリブで私を待ち構えていたのは、シンガーが「クラシック・ターボ」と呼ぶサービスを施した911。シンガーが扱うからには、ベースは無論「タイプ964」である。力強く張り出したリヤフェンダーや「ホエール・テイル」と呼ばれるリヤウイングが930ターボを想起させるものの、それを除けばタイプ964までのピュアでクリーンなスタイリングを保っている。ちなみにクラシック・ターボという名には「930ターボへのオマージュ」という意味も込められているそうだ。
もっとも、クラシック・ターボ・サービスのボディパネルはカーボンで全面的に作り直されている。例外はドアで、安全規制によりスチールのままとされた。足下はお馴染みのフックス・ホイールにミシュラン・パイロットスポーツ4Sという組み合わせ。また、「フジ・コミッション」と呼ばれるこの試乗車の場合、オプションのブレンボ製カーボンセラミックブレーキが装着されていた。このブレーキ、一般道では強烈な初期バイトが感じられるものの、サーキット走行ではパワフルな制動力を生み出してくれるとの説明を受けた。
排気量を拡大してツインターボ化

リヤアクスル後方に空冷フラット6を搭載する点はオリジナルと変わりないが、排気量は3.6リッターから3.8リッターまで拡大されているほか、ピストンを始めとするムービングパーツの多くは現代の技術で作り直されたもの。極めつけは2基のターボチャージャーで、タイプ992の911ターボSと同じボルグワーナー製バリアブル・ジオメトリー・ターボを装備している。これを司るのはボッシュのモダンなエンジンコントロールユニットで、トラクションコントロールはいうに及ばずスタビリティコントロールまで搭載されているとのこと。したがって「現代的なセーフティネット」はひととおり揃っているといっていいだろう。
ステアリングポスト左側のイグニッションキーをひねると、最高出力510PSのエンジンはいとも簡単に目覚めた。リカルド製6速ギヤボックスのシフトレバーを左奥に送り込んでから、オルガン式クラッチペダルを慎重にリリースする。例によってペダルストロークが長いうえ、門外漢には感触が掴みづらいので、ついつい高めのエンジン回転数でミートしたくなるものの、慣れてくればアイドリング回転数のすぐ上で発進できるようになる。つまり、現代のクルマに比べれば慎重な操作が必要だが、扱いにくいとまでは言い切れない。そして、ドライバーに「一所懸命、練習して、滑らかに発進できるようになりたい……」と思わせる、絶妙の難易度だ。



エンジンは低回転域でほんの少しトルクが細めだが、回していくにつれて明確に力強くなるタイプで、なかなかドラマチック。ただし、回転の上昇そのものはスムーズだし、途中で息つきをすることもない。つまり、ここでもモダンとクラシックが絶妙にバランスされていて、現代的な心地よさと古典的なスリルが同居していたのだ。
足まわりについても同様のことがいえる。乗り始めた直後から路面のザラツキがはっきりと感じられるうえ、段差を乗り越えれば明確なショックが伝わる。したがって最初は「長時間乗るのはちょっと辛いかも」と感じたが、少し距離を走らせているうちに、身体に疲労が蓄積されていないことに気づいた。おそらくは、ショックが伝わるといっても「鋭利な角」のような部分がすべて取り除かれているからだろう。こうした印象にはボディの剛性感が恐ろしく高いことも関係しているはずだ。
最新モデルでもビンテージカーでもない

一方で、この極めてソリッドな足まわりのおかげで、ステアリングを通じて得られるロードインフォメーションはとにかく豊富。しかも、コーナリング中にトリッキーな反応を示すこともないので、安心してコーナリングを楽しめる。今回はタイヤが滑り出す“兆候”らしきものを感じる程度までしか攻めるチャンスはなかったが、それでも潤沢なインフォメーションのおかげで911を操っている喜びは存分に得られる。その感覚は極めてビビッドで、電子デバイスによって過保護に守られているクルマとは対極に位置するといって間違いない。
シンガーでチーフ・ストラテジー・オフィサーを務めるマゼン・ファワズにその印象を伝えると、彼は次のように語った。「もしもお客様が『古典的なフィーリングは不要』とおっしゃるのであれば、それらをすべて取り除くのも不可能ではありません。ただし、それなら現代のクルマに乗ることをお勧めします。でも、現代のクルマは運転が簡単すぎますよね。クラシック・ターボ・サービスでは930ターボのオーセンティックな感触を再現したかった。それも妙なトラブルは抜きでね」


そうした理想を追い求める人々にとって、タイプ964のポルシェ911を手に入れ、100万から150万ドル(およそ1億4000万円から2億1000万円)を支払ってシンガーに作業を依頼することには十分な価値があるようだ。おかげで世界中からオーダーが舞い込み、納車までに3年近い期間を要する盛況ぶりという。そこには、最新モデルでもなければ純粋なビンテージカーとも異なる、レストモッドの深遠な世界が広がっているようだ。
REPORT/大谷達也(Tatsuya OTANI)
PHOTO/Singer Vehicle Design
MAGAZINE/GENROQ 2025年7月号
【問い合わせ】
コーンズ・モータース
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