セミアクティブサス+自動車高調整

Astemo Tech Show 2025の会場に準備されたテスト車のドゥカティ・ムルティストラーダV4Sは、ショーワが開発したEERA Gen2と最新のHEIGHT FLEXを装備。

近年の2輪の世界では、前後ショックユニットの電子制御化が進んでいる。具体的には、ボタン1つでダンパー特性を簡単に変更できるセレクト機能や、状況に応じてダンパーの利き方が自動で可変するセミアクティブサスペンション、さらには停止時の車高・シート高が自動で低くなるシステムの採用車が増えているのだ。

上の写真がスタンダードで、下の写真は前後の車高を約50mm下げた状態。

5月末に開催された「Astemo Tech Show 2025」で、同社が準備したドゥカティ・ムルティストラーダV4Sはそのすべてが味わえるテスト車である。まずは自動で車高を調整するHEIGHT FLEXの印象を述べると、それはもう、素晴らしくし良好にしてナチュラルだった。

筆者の身長は182cm。右のスタンダードではかかとがちょっと浮くが、左の車高を下げた状態だと両足がベッタリ接地。

もっとも車高の自動調整に対して、世の中には小柄なライダー用という印象を抱いている人がいるだろう。でもムルティストラーダV4Sのように車高が高いモデルの場合は、身長182cmの僕にとっても、停止時に前後の車高が約50mm下がり、走行を開始すれば7~8秒で車高が元に戻って本来のハンドリングが堪能できるHEIGHT FLEXは、非常に有益なのだ。今回はテストコースのみの試乗だったけれど、ゴー&ストップが多い市街地や不測の事態に遭遇する場面が多い未舗装路、さらには走行写真の撮影時に頻繁に行うUターンなどでは、さらにありがたさを感じることになるだろう。

ではもう一方のEERA Gen2はどうかと言うと、こちらもかなりの好感触。テスト車には3種のモード、ダンパー特性が固定式のコンフォートとスポーツ、自動可変式のダイナミックが存在し、僕が最も感心したのは守備範囲が広いダイナミック。とはいえ自分がこのバイクでツーリングに出かけるとなったら、市街地や高速道路では乗り心地が上質なコンフォート、峠道では車体姿勢が常に安定しているスポーツを使いそうな気もする。

感心はしても、驚きはしなかったが……

さて、まずはEERA Gen2とHEIGHT FLEXの印象を記してみたけれど、僕は過去に他のモデルで3つの電子制御技術を体験しているので(ショーワの場合、ダンパー特性のセレクト機能とセミアクティブサスは2019年型カワサキZX-10R SE、車高の自動調整機能は2021年型ハーレーダビッソン・パンアメリカ1250スペシャルが初採用車)、感心はしても、驚きはしなかった。

カワサキが2019年に発売したZX-10R SEは、ショーワの電子調整・セミアクティブサスを初めて採用した車両。なおカワサキのネーミングはKECS:カワサキ エレクトロニック コントロール サスペンション。

もっとも、僕がこれまでに体験したショーワの電子制御サス採用車と比べると、セミアクティブの機能は緻密になり、車高の自動調整に要する時間は短くなっているのだけれど(EERA Gen2作動秒数は、ダウン:前後とも約2秒、アップ:フロント約8秒/リア約7秒で、上下動にほとんど気付かない)、そのあたりの明確な差異は同条件で新旧を比較しないとわからないだろう。

2021年からハーレーダビッドソンが発売を開始したパンアメリカ1250スペシャルは、ショーワの技術を導入する形で、世界初の自動車高調整機能を採用。同社の名称はアダプティブライドハイト。

ただし、後に開発を担当したショーワの技術者から説明を受けた僕は、2つの要素で大いにビックリ。誤解を恐れずに表現するならEERA Gen2とHEIGHT FLEXは、先代とは別物に進化を遂げていたのである。

構造の大幅な簡素化を行ったEERA Gen2

テストに使用したムルティストラーダV4Sのフロントフォークは、左右で機能が異なるセパレートファンクションタイプ。左にはスプリングと車高調整機構、右にはダンパーユニットが収まる。右のトップキャップ上に備わる赤い部品はECU+IMUを内臓するアクチュエーター。
 

EERA Gen2で注目するべき要素は、構造の大幅な簡素化。Gen1時代のEERAも含めて、既存の電子調整式・セミアクティブサスが別体式の部品として、コントロールユニット(ECU)、慣性計測用のIMU、ストロークセンサーを必要としていたのに対して、EERA Gen2はECU・IMUをアクチュエーターと一体化し、前後ショックにダイレクトに装着しているのである(プリント基板タイプのストロークセンサーもボディに装着)。

テストに使用したムルティストラーダV4Sのリアサスまわり。ショックユニット下端に備わる赤いパーツはECU+IMUを内臓するアクチュエーターで、車高調整用のギアポンプユニットはシートレールに固定。
ショーワが開発した最新のストロークセンサーは、耐久性やスペース効率に優れるプリント基板タイプ。

ちなみに、EERA Gen2で行われた構造の大幅な簡素化を最も喜ぶのは、おそらく、車両メーカーの技術者だろう。何と言っても近年のバイクの設計は“陣取り合戦”の様相を呈していて、開発陣は自分が担当するパートのスペース確保に注力しているのだから。ただしAstemoではアフターマーケットパーツとして販売することも検討中で、それが実現すれば、排気量や年式や国籍などに関係なく、世界中のすべてのライダーがEERA Gen2ならではのメリットを享受できる可能性があるのだ。

会場に展示されていたBMW G310Rは、リアショックのみをEERA Gen2仕様に換装。シートに跨って前後ショックをストロークさせ、ダンパーの最弱と最強を試したところ、明確な変化が体感できた。

ギアポンプを使用するHEIGHT FLEX

車高調整で使用するギアポンプ。この機構の採用で、アップ時の時間が大幅に短縮できたと言う。

一方のHEIGHT FLEXで興味深いのは、いったん下がった車高の上げ方。先代が車体のピッチングを利用して油圧ジャッキをジワジワ加圧していたのに対して、最新仕様はギアポンプが発生する動力で油圧ジャッキを迅速に動かし、しかもフロントはフォーク内部にギアポンプユニットを内臓している(リアも内蔵型を開発中)。

内部に車高調整用のギアポンプと油圧ジャッキを備えるHEIGHT FLEX仕様のフロントフォーク。外観からは、普通のフロントフォークとの差異が判別できない。

なおテレスコピック式のフロントフォークに、自動車高調整機構を内臓したのはショーワの新世代HEIGHT FLEXが世界初で、その背景には、同社が古くからスプリングとダンパーを左右で分離する、SFF:セパレートファンクションフォークに着手していたという事情があると思う。そしてセパレートと言えば、前後の車高を別々に制御できるのもこの機構の特徴で(従来の製品は前後同等か、リアのみ作動だった)、例えば尻上がりの車体姿勢が定番のスーパースポーツの場合は、リアのみを走行中も低い設定にすれば、日常域の使い勝手が良好になりそうだ。

リアショック用の車高調整ユニット一式。構造をわかりやすくするため、スケルトン仕様も準備。

そんなわけで、EERA Gen2と最新のHEIGHT FLEXの構造を理解した僕は、ちょっと妙な表現になるけれど、“そう来るか‼”という感じで何だか嬉しくなってしまった。逆に言うなら、2輪メディア歴がもうすぐ30年になる僕は、近年では最新技術に興奮する機会が減っているのだけれど、少し前に当サイトで紹介したADASやハーモナイズドファンクションデザインの足まわりも含めて、Astemo Tech Show 2025で体感・把握した新しい技術には、久しぶりのワクワク感を味わったのだ。

サスペンションからADASまで。4社の協力から生まれたシナジーをしみじみ実感した、Astemo Tech Show 2025

企業の経営統合は、必ずしも好結果に結び付くわけではない。とはいえ、5月末に開催されたAstemo Tech Show 2025に参加した筆者は、日立オートモティブシステムズ、ケーヒン、ショーワ、日進工業の協力によって生まれた新しい技術に、大いに感心することとなった。 REPORT●中村友彦(NAKAMURA Tomohiko) PHOTO●山田俊輔(YAMADA Shunsuke)

https://motor-fan.jp/bikes/article/151123