漢字を車名にした個性派!

車名に”漢字“が当てられるバイクが少なからず存在する。とくにスズキでは「刀」や「隼」などが有名でワイルドなネーミングだが、これらと同等以上に名は体を表したチャーミングな車名が存在する。それが80年代前半に発売された「蘭」そして「薔薇」だ。

何も見ないでこれらの漢字を正しく書けるのは何人いるだろうか? そして、両車は原付フリークならずとも当時を知る人なら一度は目にしたことがあるのではないだろうか? 70年代後半から80年代前半にかけてのソフトバイク(ファミリーバイク)ブームから勃発したHY戦争の火種ともなったパッソルやロードパル、初代タクトなどと同様に軽快な出で立ちで蘭と薔薇は’83年にデビューした。

女性をターゲットにした低価格路線で勝負!

原付のMT(ミッション)車ではレジャーバイクが豊富だったスズキだが、いざAT(スクーター)となると後塵を拝することになり、先発した高級路線のジェンマシリーズやチャンス、そして女性向けのラブが奮闘するも、初代JOG(通称ペリカンジョグ)、2代目タクトやリードシリーズの前ではやや押され気味の状況……。そこに忽然と現れたのが蘭と薔薇というわけだ。

撮影マシンはちょいレアなSPLエディション(スぺシャルホワイト色)。これはランブレッタやファンティック、SYMなどの輸入販売元である”MOTORISTS(モータリスト)“の提供で、東京都大田区のファクトリーで店頭販売している極上中古車なのだ!

麗しい花の名前が示す通り、女性をターゲットにした内容のうえ、蘭は7万9000円、薔薇は6万9800円と比較的リーズナブルに売り出した。蘭と薔薇がどの程度のセールスを記録したのかは定かではないが、じつは90年代まで販売されていたロングセラーであり、現在でも中古市場でのタマ数が意外に豊富なのでそれなりに売れたのではないだろうか。

蘭のイメージキャラクターには当時大人気だったキャンディーズのらんちゃん(伊藤蘭)を起用。また西口久美子の「蘭 咲きました」をCMソングにして大々的にアピール!

俊敏なフットワーク! そして不安定感?

さておき、薔薇は可愛い見た目とは裏腹に最高出力3.8馬力、最大トルクは0.52kgmと中々にパワフル! 駆動系は1速固定(AT単段)なのでスタートダッシュこそ苦手ではあるけれど、一度速度が乗れば乾燥重量41kgという軽さも相まってキビキビした走りを見せつけてくれた。

空冷2スト49㏄単気筒ピストンリードバルブエンジンを搭載。キャブレターはスズキお馴染みのミクニVM14mmを使用

コンパクトな車体や前後8インチホイールは小回りが効かせやすい反面、フロント周りが不安定というかハンドリングがフワフワして落ち着かないのはご愛敬だろう。地に足がついてない=浮遊感が得られると思えばこれも魅力的に映る!!!

全幅625㎜とスリムな車体。別体式のフロントフェンダーやレッグシールドが時代を感じさせる。タイヤは前後3.00-8サイズを装着

幹線道路をフルスロットルで爆走するというよりは、近所のお買い物や住宅街などの細路地を移動する”ちょい乗り“に適している。なお、軽さを武器にしたスクーターではホンダならスカイやイブシリーズ、ヤマハならパッソルをはじめトライやミントなどが存在する。

また、約680㎜という低シートは小柄な女性でも足が付きやすく、ステップボードには肉厚なラバーマットが被せられるなどそれなりにこだわりが感じられる作りだ。

あゝ青春の一台! ちょい乗りに最適なのだ

後方排気のレイアウトにやや角度を付けたマフラーも見どころ

薔薇は筆者が十代の頃に近所のオバちゃんから譲り受け、初めて手に入れたスクーター(中古)である。当時は自転車との違いに感動したものだ! 見た目はボロだったけど機関部は良好で坂道の多い地元でもビンビンに頑張ってくれた“相棒”・・・もとい“恋人”だったわけで。

ユーティリティ面では時代的に当然シート下収納スペースなどはなく、リヤキャリアが標準で装備されるのみ。そのキャリア前方に備えられたシリンダーロックはシート固定用のものだ。これはデビュー翌年の84年位から設定されたもので、同年には始動がセル/キック併用タイプ(+1万円)が追加されるなど見直されている。

その始動方法はセル、キック共に左レバーを握ったままじゃないとエンジンがかからないという、スズキ独自の「安心スタート機構」をいち早く採用していた点も見逃せない。

燃料タンク後方には2ストオイルの注入口やバッテリーが収まる。6V仕様なのでバッテリーはとても小さい

シート下には燃料タンクがあり、容量は約3ℓと初代JOGなどと同じ。決して多いとは言えないが、回さなければ実燃費35km/h程度は走るので小まめに給油すれば問題ない。

2ストオイル警告灯をメーター左下に配置。燃料計はガソリンタンク上部に備えられる。オドメーター(距離計)はないので注意!

高級感なんていらない。ありのまま受けとめよう!

薔薇は当時の新車価格でもリーズナブルな”下駄バイク“ゆえ高級感はあまりなく、昼でも夜でも視界があまり変わらない暗いヘッドライトだったり、ちょっとした凹凸でもビョンビョン跳ねるサスペンションだったりと総じてラグジュアリーなものではないが、様々な原チャリを乗り継いだ今思うことは『薔薇はこれでいーんだよ!』というのが結論だ。

ヘッドライトはHI/Lowともに25W。

パッソル/ⅡにJOGエンジンを換装した車両や、ヤンチャにアレンジされたクレージュタクト(クレタク)を見る度に「薔薇や蘭じゃダメなのか?」と疑問に思っていたけれど、あらためてこの車両と向き合ったら、純正を極力キープしつつ“チープエレガント”に乗りこなすのが“粋”なのだと気づかされた。