連載

歴史に残るクルマと技術

究極のエコカーと呼ばれるFCEVのメリット

トヨタ「MIRAI(ミライ)」
トヨタ「MIRAI(ミライ)」

FCEV(Fuel Cell Electric Vehicle)の開発が本格的に始まった1990年代、水素を燃料として酸素との化学反応によって発電する燃料電池(FC)には数種類のFCが提案されていた。現在は、ミライでも採用されている小型軽量な固体高分子型燃料電池(PEFC)が自動車用としては主流となっている。

トヨタ「MIRAI(ミライ)」
トヨタ「MIRAI(ミライ)」のシステム構成。主に駆動用モーター、FCスタック、バッテリー、高圧水素タンクからなるFCEVのシステム

FCEVは、車載タンクに充填した水素と大気中の酸素を反応させて発電するFCの電力を使って、モーターで走行する。EVの2次電池(リチウムイオン電池)の代わりにFCを搭載したシステムで、通常のガソリン車がガソリンを給油するように水素を充填する。

トヨタ「MIRAI(ミライ)」
トヨタ「MIRAI(ミライ)」のFCスタック。370個のFCセルで構成

FCEVが究極のエコカーと呼ばれるのは、以下のような多くのメリットがあるからだ。

・燃料を燃焼させないので、原理的には発生するのは水のみでCO₂など有害な排出ガスが出ない。
・エネルギー効率が、ガソリンエンジンの約2倍と高い。
・水素を製造するために天然ガスやエタノールなど、石油以外の多様な燃料が利用できる。
・EVのような充電が不要で、1回の水素充填でガソリン車並みの走行ができる。

トヨタ「MIRAI(ミライ)」
トヨタ「MIRAI(ミライ)」のシステム構成。後輪の前後に高圧水素タンクを搭載

ちなみに現在、技術的な課題はほぼ解決されコストも随分低減したが、通常のガソリン車に比べてまだ車両価格が高いこと、さらに水素インフラが整備されていないことが課題として残っている。

トヨタのFCEVの歴史

トヨタは、1992年にEV開発部を設置し、BEVやFCEVの本格的な開発に着手した。

トヨタ初代「RAV4」
初期のFCEV開発に使われた都会派SUVのトヨタ初代「RAV4」

1996年に水素吸蔵合金ユニットを搭載したRAV4ベースの「FCEV(1)」を開発。続いて、1997年にはメタノールから水素を取り出す改質器を搭載した「FCEV(2)」を開発した。

当時は、水素供給方法として現在主流の高圧水素タンク方式だけでなく、水素吸蔵合金方式とエタノール改質方式も選択肢のひとつだった。水素吸蔵合金方式は、水素と特殊な合金を化合させて水素化物として水素を吸蔵し、また可逆的に水素を放出する方式。またメタノール燃料改質方式は、メタノールと水蒸気を混合して触媒を利用して水素を発生させる方式である。

トヨタ「クルーガーFCHV-adv」
2002年にリース販売を始めたトヨタ「クルーガーFCHV-adv」

その後、2001年にはリチウムイオン電池を搭載し、プリウスで培った制御技術を採用したクルーガーVベースの「FCHV-3」と「FCHV-4」(※FCHV=Fuel Cell Hybrid Vehicle)を開発し、実証試験が行なわれた。FCHV-4では、高圧水素タンク方式が採用された。2002年12月には自社開発の燃料電池「トヨタFCスタック」を搭載したクルーガーVベースの「トヨタFCHV」を日米で限定リース販売し、実用化への第一歩を踏み出した。

2008年に新設計のトヨタFCスタックを搭載した同じくクーガーVベースの「トヨタ FCHV-adv」で国土交通省の型式認証を取得。FCは固体高分子型、70MPaの高圧水素タンクを搭載し、最高出力122psで最高速度は155km/hを記録した。

近未来的なスタイリングでFCEVらしさをアピールしたMIRAI

トヨタ「MIRAI(ミライ)」
トヨタ「MIRAI(ミライ)」

ミライは、ひと目で次世代自動車とわかるような近未来的なデザインを採用。その特徴は、FCスタックを床下、大きな高圧水素タンクを後部に搭載するために採用したヒップアップのセダンボディと、水素と反応する空気を大量に導入する左右に分かれた大きなフロントグリルである。まさに、FCEVだからこうなったとアピールするようなスタイリングだった。

トヨタ「MIRAI(ミライ)」
トヨタ「MIRAI(ミライ)」の力強く安定感のあるボリューミーなリアスタイル、もちろん排気管はない

トヨタFCスタックは、固体高分子型で370個のFCセルを直列接続し、最高出力114kW(155ps)を発生。2基の水素高圧タンクを搭載して、122.4Lの水素を高圧70MPaで貯蔵し、水素の充填時間3分で一般的なガソリン車と同等レベルの航続距離650kmが達成された。また、最高出力154ps/最大トルク34.2kgmを発揮するモーター駆動のFFで力強い加速が魅力である。

トヨタ「MIRAI(ミライ)」
トヨタ「MIRAI(ミライ)」のコクピット
トヨタ「MIRAI(ミライ)」
トヨタ「MIRAI(ミライ)」

販売価格は723.6万円だが、実質的な価格は減税や補助金で500万円程度まで下がる。かつて1億円かかるとされていたFCEVの価格がこのレベルまで下がったことはミライの大きな成果であるが、2015年当時は水素ステーションが全国で13ヵ所しかなかったので、一般ユーザーが入手するにはまだハードルは高かった。

トヨタ「MIRAI(ミライ)」
トヨタ「MIRAI(ミライ)」

進化しているMIRAIと今後の課題

2代目トヨタ「MIRAI(ミライ)」
2020年に登場した2代目トヨタ「MIRAI(ミライ)」。初代よりも、シャープでスマートなスタイリング

ミライは2020年12月にモデルチェンジして、2代目に生まれ変わった。新型では、スタイリングの変更やFRになったこと、FCスタックの性能向上が図られた。

2代目トヨタ「MIRAI(ミライ)」
2020年に登場した2代目トヨタ「MIRAI(ミライ)」。初代よりも、シャープでスマートなスタイリング

次世代プラットフォームTNGAを採用し、初代の近未来的なスタイリングからスポーティセダンへと変貌。インテリアには、12.3インチの高精細ワイドタッチセンサーディスプレイを採用して高級感をアピールした。

2代目トヨタ「MIRAI(ミライ)」
2代目トヨタ「MIRAI(ミライ)」のコクピット

注目されたのは、航続距離が650kmから850kmへと向上したこと。FCシステムが刷新されて効率が向上したこと、さらに水素タンクを2基から3基に増やしたことで航続距離が延びたのだ。その他にも安全装備を充実させるなど、大幅なレベルアップが達成された。

カーボンニュートラルに全方位で対応するトヨタにとってFCEVも重要な将来技術のひとつである。最近注目されている水素エンジンであれ、FCEVであれ、水素インフラが整備されない限り普及のシナリオは成立しない。世界的な、あるいは日本政府を動かすインフラ活動が必須である。

「ミライ」が誕生した2014年は、どんな年

スズキ「ハスラー」
2014年にデビューしたスズキ「ハスラー」。軽クロスオーバーSUVのパイオニア
スバル「レヴォーグ」
2014年にデビューしたスバル「レヴォーグ」

2014年には、トヨタ「ミライ」の他にも、スズキ「ハスラー」、スバル「レヴォーグ」、日産自動車「V37型スカイライン」、軽事業で協業関係を結んだ日産/三菱から「デイズルークス/eKスペース」などが登場した。

日産13代目「スカイライン(V37型)」
2014年にデビューした日産13代目「スカイライン(V37型)」。海外名「インフィニティQ50
日産「デイズルークス」
2014年にデビューした日産「デイズルークス」

ハスラーは、軽のクロスオーバーSUVのパイオニア的なモデル、レヴォーグはレガシィが北米志向で大型化したことから日本市場にその置き換えとしてデビューした。V37型スカイラインは、海外ではインフィニティQ50として販売され、フロントグリルにはインフィニティのバッチが付いている。日産と三菱は、2011年に軽事業を共同で進める合同会社NMKVを設立、その成果として誕生したのが日産デイズルークスと三菱eKスペースである。

トヨタ「MIRAI(ミライ)」
トヨタ「MIRAI(ミライ)」

自動車以外では、赤崎 勇、天野 浩、中村修二の3氏がノーベル物理学賞を受賞。長野県と岐阜県の境に位置する御嶽山が噴火し、58名が死亡する大惨事が発生した。
ガソリン134円/L、缶ビール192円、コーヒー一杯418円、ラーメン574円、カレー740円、アンパン164円の時代だった。

トヨタ「MIRAI(ミライ)」
トヨタ「MIRAI(ミライ)」
トヨタ「MIRAI(ミライ)」の主要諸元
トヨタ「MIRAI(ミライ)」の主要諸元

・・・・・・
まだまだ市販化は難しいと考えられた燃料電池車を現実的な価格で市場に登場した「ミライ」。まだ課題は残すものの燃料電池車の魅力や可能性を示した、日本の歴史に残るクルマであることに間違いない。

連載 歴史に残るクルマと技術

「プレジデント」の4.0L V8 Y44E型エンジン
歴史 2025.06.29

国産初の大型高級車、日産「プレジデント」が令和でも威厳を放つトヨタ・センチュリーと対照的な運命を辿った結末とは【歴史に残るクルマと技術100】

マツダ「コスモAP」
歴史 2025.06.15

ロータリーエンジン復権を果たした真っ赤なマツダ「コスモAP」、車名”AP“に込められた意味とは?【歴史に残るクルマと技術098】

スズキ「カプチーノ」
歴史 2025.06.08

復活のウワサ? スズキ軽オープンFRスポーツ「カプチーノ」を探る。ホンダ「ビート」とは設計思想が別物【歴史に残るクルマと技術097】

A70最強エンジン、7M-GTEU
歴史 2025.06.01

トヨタが誇るスーパースポーツ「スープラ」、至上を意味する名に恥じない国産最強伝説を紐解く【歴史に残るクルマと技術096】

スバル「サンバー」
歴史 2025.05.25

農道のポルシェ! スバル360に続いた軽商用名車「サンバー」はなぜ長~く愛され続けたのか?【歴史に残るクルマと技術095】

ホンダ3代目「プレリュード」
歴史 2025.05.18

デートカーとして一世を風靡、バブルとともに咲き、散り、そして今秋復活ホンダ「プレリュード」の魅力を探る【歴史に残るクルマと技術094】