さまざまな変遷を経たホンダの4WD

「ホンダの4WD」と言われても、ピンとこない読者が多いのではないか。古くからのファンであれば、1993年に登場したデュアルポンプメカ搭載のリアルタイム4WDをご記憶かもしれない。これは「4WD=燃費が悪い」という常識を覆すため、前後輪に速度差が生まれたときのみ多板クラッチを締結して後輪に駆動力を伝達するシステムだが、これを電子制御ではなくふたつの油圧ポンプで実現しているところが、ホンダらしい独創性のあらわれだった。

実はこれに先立つ1986年にホンダはビスカスカップリングを用いたリアルタイム4WDをリリースしていた。これを原点とするホンダの4WDシステムは、前述のデュアルポンプ式を経て、2004年には電子制御式のSH-AWDがデビュー。これはやがて2代目NSXなどに搭載される3モーター式スポーツハイブリッドSH-AWDへと発展していく。いっぽうのリアルタイム4WDは2011年に電子制御式へと進化し、AWD領域の拡大を実現していた。

ホンダ4WDに用いられたこうしたテクノロジーは、一見したところ脈絡がないようにも思えるが、実はその奥深い部分でしっかりとした筋を貫いており、それらは「ホンダ4WDの3大原則」としてまとめることができる。

ホンダ4WDの3大原則とは?

ヴェゼル次世代e:HEV AWD 

第1に安心・安全な4WDはレスポンスの優れたシステムから生まれるという思想。そして第2に燃費効率の高さ=CO₂排出量低減を常に意識していること。最後に第3として、安心・安全や燃費効率にくわえて「操る楽しさ」を重視している点にある。こうしたテーマを常に見据えながら、その時々で手に入る最新テクノロジーを駆使して作り上げられたのが、ホンダの歴代4WDモデルだったのである。

そんなホンダが次世代の4WD技術として注目しているのが、後輪を電気モーターで駆動する電動4WDである。これをホンダは「e:HEV AWD」と名付けている。

「そんなの、他メーカーはずいぶん昔から緊急脱出用4WDとして商品化しているじゃん」。そう思われる読者も、きっといるだろう。また、ホンダの4WDについて詳しい方であれば「機械的に前後輪を連結した4WDのメリットを長らく訴え続けてきたホンダが、なにをいまさら!」という疑問を抱くかもしれない。

ただし、前述した「ホンダ4WDの3大原則」に照らし合わせると、これもまたホンダらしい理に適った進化であることがわかる。

電動4WDを選択する理由

まず、既存の「緊急脱出用4WD」と「e:HEV AWD」の決定的な違いは、後輪を駆動するモーターの出力や対応できる車速域にある。「緊急脱出用4WD」がごく低速域しか作動できないため、中速以上のコーナリングでの安定性向上に寄与できないのに対して、「e:HEV AWD」は高出力かつ高速域まで対応できるモーターを搭載することで、より高い車速域まで4WDのスタビリティを発揮すると期待されているのだ。

また、モーター自体の反応はもともと極めて速いが、近年はエレクトロニクスの進化に伴って電子制御系がさらに高速化。メカニカル4WDと比べても遜色のないにリアルタイム制御が可能になったことも、ホンダが「e:HEV AWD」の開発に取り組み始めた理由のひとつと考えられる。

最後に、ハイブリッド車の爆発的な普及が「e:HEV AWD」の実用化を後支えしたのは間違いないだろう。なにより、ハイブリッド車であれば電動4WDとの相性はバツグン。であれば、できるだけ電動4WDに集約したほうが開発や生産の効率化が図れると判断されたのも当然のことだろう。

電動4WDがもたらす緻密な車両制御

今回は、雪に覆われたホンダの鷹栖プルービンググラウンドにて、ヴェゼルの車体に「e:HEV AWD」を搭載したコンセプトカーと、こちらは前輪駆動ながら2025年の発表が期待される新型「プレリュード」プロトタイプに試乗する機会を得たので、それぞれリポートしよう。

まず、e:HEV AWDコンセプトとプレリュード・プロトの2台に共通していえるのは、雪道でも基本的なロードホールディング性が優れていて、優れたグリップ力を生み出してくれることだった。今回は、前述の2台以外にも量産型の「ヴェゼル」や「CR-V」が比較試乗用に用意されていたのだが、これはそのいずれにも共通した美点。とりわけ前後のグリップバランスが良好で、あえてフロント荷重としなくてもステアリングがしっかりと利くうえ、軽いブレーキングなどで強いフロント荷重を作ればアンダーステアを打ち消せたり、ときにはオーバーステア傾向を作り出せるといった素直なシャシー性能を備えていたのである。ホンダ車の雪上性能を語るうえで、この点はまず大前提として強調しておかなければならない。

また、e:HEV AWDコンセプトに次世代M-TCSと呼ばれるトラクションコントロールが搭載されていたことも特筆すべき。従来のトラクションコントロールは、前後輪のどちらかだけがスリップしても4輪すべてに対する出力が絞られたが、前後輪を別々のモーターで駆動するe:HEV AWDではスリップした側の車軸のみ出力を抑制できるので、トラクションコントロールが作動したときの車速の落ち込みが小さいというメリットがある。

それ以外にも、電動4WDを採用したことで緻密な車両制御が可能になり、スタビリティ・コントロールの動作もより滑らかで緻密になっていた。結果として、タイヤのグリップの抜け方や復帰の仕方がスムーズで、ストレスが少なくて痛快なスノードライビングを味わうことができた。

音がスピード感覚に与える影響

もう1台のプレリュード・プロトは、前輪駆動ながらe:HEV AWDコンセプトを凌ぐ喜びをもたらしてくれた。その秘密は、新型プレリュードの基本レイアウトにある。シビックよりもホイールベースを短く、そして重心高を低くすることで、機敏でありながらも安定した走りを実現。さらに、タイプRと基本的に同じ電子制御式ダンパーに専用チューニングを施すことで、優れたフラット感と快適性を両立させたのである。

ここに“スパイス”として付け加えられたのが「S+ シフト」である。これは、あたかもシフトダウンやシフトアップをしているかのようなエンジン回転数制御やこれにあわせたエンジン音再生を行なうもの。いってみればギミックに違いないのだが、人間の聴覚がスピード感覚に与える影響は思いのほか大きく、コーナーに向けてシフトダウンする音が聞こえたり、逆に加速時にシフトアップしていく音が聞こえてくるだけで、強烈な高揚感が味わえるのだ。その効果は、私の場合、S+ シフトがオンになった途端に走るペースが2割ほど速くなったことからもわかってもらえるだろう。

同様のギミックは「ヒョンデIONIQ 5 N」にも採用されているが、ホンダのS+ シフトはその設定や味付けが絶妙で、より効果が高いように思われた。ホンダは操る喜びを表現する手法のひとつとして、今後もS+ シフトをe:HEVモデルに幅広く搭載していく方針のようだ。

優れたテクノロジーと思想で安全・安心を提供するだけでなく、操る楽しさも追求するホンダの4WD。その存在は、もっと広く注目されていいような気がする。