軽なのにミッドシップ/オープン/2シーター/MTのホンダ「S660」、これこそ伝統Sシリーズの神髄だ！【歴史に残るクルマと技術082】
TEXT：竹村 純（Jun TAKEMURA）／PHOTO：三栄・ホンダ S660のすべて、ビートのすべて
ホンダSシリーズの先陣を切ったのはS500
1963年10月、ホンダから初の乗用車「ホンダS500」が発売された。2輪車で成功したホンダ初の4輪車は、軽トラック「T360」だったが、乗用車としてはS500が最初だった。同時に、ホンダスポーツの象徴S（スポーツ）シリーズの始まりでもあった。
S500のスタイリングについては、こだわりの強かった本田宗一郎氏の意向を反映したとされ、ロングノーズと軽快な印象を強調するウエトラインが後方でキックアップするラインが特徴的だった。足回りは、フロントがダブルウィッシュボーン、リアはトレーリングアームで後端はコイルとダンパーで支持された。
パワートレインは、最高出力44ps/最大トルク4.6kgm の531cc直4 DOHC 4連装キャブ仕様のエンジンと4速MTの組み合わせ、駆動方式はFR。バイク用エンジンのノウハウが生かされ、トルクフルで最高出力回転8000rpmまで一気に吹き上がる加速性能が大きな魅力だった。
S660誕生までに登場したホンダSシリーズ
その後ホンダのSシリーズは、排気量を拡大しながら以下のように展開した。
・S600（1964年～1966年）
S500は優れた走りを発揮したが、海外進出を意識してさらに高出力化が必要という判断から、僅か半年足らずで生産を終え、排気量を600ccに拡大した「S600」が登場。スタイリングはほとんど変わらなかったが、最高出力が57psに向上し、最高速度は145km/hと海外でも通用する走りに進化した。
・S800（1966年～1970年）
排気量をさらに800ccに拡大した「S800」は、最高出力が70psまで向上。最高速度は160km/hに達し、さらに高性能化が進められた。
この後30年近くSシリーズは途絶えることになったが、2000年を迎える直前「S2000」で復活を果たした。
・S2000（1999年～2009年）
ホンダの創立50周年記念として、1999年「S2000」がデビュー。最高出力250psを発揮する2.0L直4 VTECエンジンをフロントミッドシップにして、優れたハンドリング性能とパワフルな走りを披露した。残念ながら2009年に生産を終えたが、今でも中古車市場では根強い人気があり、高値で取り引きされている。
Sシリーズではないが、S660の前身にあたるビート
軽自動車初となるMRの2シーターオープン「ビート」は、1991年5月にデビューした。ビートは、ミッドシップ（MR）用プラットフォームとオープンモノコックボディを組み合わせ、低重心の理想的な前後重量配分43：57を実現した。
コンパクトなオープンボディサイドの大型インテークや手動開閉のソフトトップ、低いフロントノーズなどでスポーティさをアピール。パワートレインは、新開発のNAながら最高出力64ps/最大トルク6.1kgmを発揮する660cc 3気筒SOHC NAエンジンと5速MTの組み合わせ。NAで自主規制値64psに到達した軽自動車は唯一であり、現在も存在しない。
MRらしい俊敏なハンドリング性能と、0-100km/h加速13.4秒、0-400m加速18.7秒の俊足を発揮し、大きな注目を集めた。しかし、発売直後にバブル好景気が崩壊したため、1996年をもって1世代限りで生産を終えた。
ところでビートは、なぜSの冠が付かずにホンダSシリーズに含まれなかったのか…。それは、ビートはオープンエアの開放感を楽しむオープンカーであり、スポーツカーではないから、だそうだ。
DOHCターボを搭載した軽MRオープンスポーツS660
ビートの生産終了から19年経った2015年に、軽オープンスポーツS660がデビューした。低重心のMRレイアウトを採用し、ボディの60％以上に高張力鋼板を導入して強靭かつ軽量化が実現された。
エクステリアは、“ソリッドウイング・フェイス”をモチーフにワイド感を強調したフリントマスクやシャープなウェッジ形状のサイドビュー、リアフェンダーの張り出しを強調したカットリアで構成された。
エンジンは、ビートがNAだったのに対してターボエンジンを搭載。最高出力64ps/最大トルク10.6kgmを発揮する660cc直3 DOHCターボエンジンで、トルクを太くして中高速域の伸びを向上させたのが特徴である。トランスミッションは、軽初の6速MTとCVTを用意し、CVTには力強い走りの「スポーツモード」と「標準モード」の切り替え機構が装備された。
また、曲がる楽しさを追求して高いコーナリング性能にこだわっているのもS660の特徴だ。MRレイアウトと低重心で理想的な前後重量配分45：55を実現し、加えてアジャイルハンドリングアシストを採用。これは、横滑り防止システム（ESC）を応用して、コーナリング中にブレーキ力を制御して安定させるシステムである。
久しぶりに運転が楽しめる軽オープンカーということもあり、発売当初は1年以上の納車待ちとなる人気を獲得。その後ファンに応えるかたちで多彩な特別仕様車と限定モデルを展開したが、販売台数が落ち込んだこともあり、残念ながらS660は2022年3月に生産を終了した。しかし、今でも人気は衰えず、街中でよく見かけ、中古車価格は高騰しているようだ。
S660が誕生した2015年は、どんな年
2015年にはホンダ「S660」以外にも、マツダ「CX-3」、スズキ「SX4 Sクロス」、スバル「クロスオーバー7」、そしてトヨタ「プリウス」はモデルチェンジして4代目を迎えた。
コンパクトクロスオーバーのCX-3は、マツダの先進技術であるSKYACTIV-G（ガソリン）とディーゼルSKYACYIV-D（ディーゼル）エンジンを搭載。SX4 Sクロスは、スズキが欧州で展開していたものを日本に導入したクロスオーバーSUV。クロスオーバー7はエクシーガをSUVに転換した7人乗りのクロスオーバーSUVである。4代目プリウスは、ハイブリッドシステムの改良などで優れた燃費40.8km/L（JC08モード）を記録した。
その他、中国人観光客が大挙して日本を訪れ、さまざまな商品を大量に買いあさって、“爆買い”という言葉が流行り、お笑い芸人の又吉直樹氏が書いた小説「火花」が芥川賞を受賞してベストセラーになった。大村智氏が生理学・医学賞を、梶田隆章氏が物理学ノーベル賞を受賞した。
また、ガソリン135円/L、缶ビール189円、コーヒー一杯420円、ラーメン570円、カレー740円、アンパン170円の時代だった。
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意のままに操れる楽しい運転を具現化したホンダ「S660」。軽自動車ながら、スポーツカーに必要な技術要素であるMR、オープン、ターボエンジン、2シーターを採用、日本の歴史に残るクルマであることに、間違いない。
