現実世界にようこそ!

2月27日付ニュースは、この「ホンダコライドンプロジェクト」で製作された「ホンダコライドン」が、3月7日(金)~9日(日)までの3日間、ホンダウエルカムプラザ青山にて展示されるというものだった。
この記事はけっこう読まれたので、世の人々の興味を惹いたようだ。

今回お披露目されたのはその実物で、「ホンダコライドン」が、ホンダ2輪の先進技術とノウハウの投入で生命を吹き込まれ、いよいよ現実世界に登場した。

ホンダコライドン。
ちなみにこちらは1984年2月に発売された2輪のホンダホライゾンで・・・
こちらは2代目のいすゞビッグホーンのOEM版、ホンダホライゾンだ(写真は1995年型)。

取材会で発表された「ホンダコライドン」誕生の経緯と、投入された技術についてレポートする。

筆者のように、ゲームに興味はなくとも「ポケモン」くらいは聞いたことがあるだろう。
正式には「ポケットモンスター」。
これもニュースのおさらいになるが、「コライドン」とは、2022年に発売されたゲームソフト「ポケットモンスター スカーレット」に登場する「ポケモン」のひとつなのだそうな。

事の発端は意外にもトヨタ技術会・・・?

きっかけは昨年2024年にトヨタ技術会が制作公開した「トヨタミライドン」。

「大人の本気が子どもの夢になる」というメッセージに、コライドンの推進責任者を務めたホンダの二輪事業企画部・坂本順一さんが感銘を受けた。坂本さんばかりではない、刺激を受けたひとは社内にも多くいたようで、そのメンバーから坂本さんに「次はうちから」との声が寄せられるようになった。
坂本さんは株式会社ポケモン(以下ポケモン社)に出向き、集まった声と自身の熱い思いとともに「トヨタミライドン」のホンダ版となる「ホンダコライドン」を提案し、受け入れられて検討がスタートしたという。ときは昨年2024年7月。
この企画はホンダ社内で、二輪の新型CBやCBRなどの量産車企画にまぎれ込ませて(?)提案された。
いったんはざわついたものの、経営陣に「おもしろそう」「やってみよう」と認められ、正式に「ホンダコライドンプロジェクト」としてスタートした。

左が「ホンダコライドンプロジェクト」の企画提案者にして推進責任者を務めた、本田技研工業株式会社 二輪事業企画部の坂本順一さん。右が同プロジェクトの開発責任者、同じく二輪事業本部の萩原和也さん。

ただし経営陣から与えられた条件がひとつ。

「やるからにはホンダらしいコライドンを造れ」。

坂本順一さん。

この命題で坂本さんが考えたのは、「ホンダらしさを表現」するのは、二輪部門だけでは難しいだろうということだった。
というわけで、二輪部門はもとより、パワープロダクツ部門、マリン部門ばかりか、和光研究所(埼玉)の先進技術研究部門まで・・・ひとことでいえば全社を挙げてのプロジェクトとなった。

この手の「部門の垣根を超えて」の話となると、たいていは「説得」「巻き込まれて」といった、どこか「無理強い」の心理が外野にはちらついて見えるものだが、坂本さんが資料を片手に各部門を反対 vs 説得の覚悟で行っても、各所・各上長からは「おもしろそう」「やろう」という協力的な言葉で返されたというから、「かつての『ホンダらしさ』はどこへやら」なんていう世間の風評なんてどこへやら、まだまだ「ホンダらしさ」が息づいていることがわかる。

坂本さんがこのプロジェクトの推進責任者なら、「ホンダコライドン」の開発責任者は、同じ二輪事業企画部の萩原和也さんだ。
開発メンバーは自薦・他薦で集まった、ざっと40人ばかりの有志たち。萩原さんは坂本さんに「ぜひやらせてくれ」と名乗りを上げた、有志メンバー第1号である。

萩原和也さん。

開発のスタート段階で萩原さんがまず始めたのは、「ふざけているかも知れないが(萩原さん)」、まず「ポケットモンスター スカーレット」のゲームをやりこむことだった。
ゲーム中のコライドンがどのように動くのか、どのような表情をするのかを観察&分析する・・・当人には立派な仕事でも、ハタから見ればただの夜な夜なゲーム三昧でしかない主の姿に、家族からはついぞ「いつまでやってんの」とあきれられた(?)ほど。かといってプロジェクトの内容を説明するわけにもいかず・・・萩原さんにとってはつらいのか楽しいのかわからないスタートを切った。

通常の四輪車や二輪車と異なり、ターゲットユーザーは子ども。いかに子どもたちをワクワクさせられるのか、喜ばせることができるか、ものづくりの楽しさをどう伝えられるか…ホンダ伝統の「ワイガヤ会議」で検討していった。

そしてこのプロジェクトに共感し、自薦・他薦問わず集まった開発メンバー40名のうち、登壇されたみなさん。

「ホンダコライドン」に向けての苦労点あれこれ・・・

本体の話に移ると、「ホンダコライドン」は、プロダクツとしては「ミライモビリティ」だ。

だが、ゲームキャラクターをモチーフ・・・というよりも、架空のキャラクターを実体化するものだけに、ファンをがっかりさせてはいけない。ゲーム上のイメージ、設定(大きさ、重量、見映えなど)を損なわないことを念頭に、細部まで丁寧に造り込まれた。

ホンダコライドン正面。
ホンダコライドン斜め前。
ホンダコライドン左サイド。
ホンダコライドン左斜め後ろ。
ホンダコライドン真後ろ。
ホンダコライドン右斜め後ろ。
ホンダコライドン右サイド。
ホンダコライドン右斜め前。

制作上の苦労点はいくつかある。
そのひとつはカラーリングだ。
遠目には赤・青・白と、まるで床屋さんの前でまわっている棒状の看板やエアメールの封筒と同じ組み合わせだが、この3色は当然ポケモン社がデザインしたカラーリング3色。これがホンダのトリコロールカラーの3色でもあることに気づいた坂本さんは、ここに両者の親和性を感じたという。
案外、坂本さんより先に気づいたのがトヨタ技術会で、先行した彼らはだからこそ「ミライドン」を選び、「コライドン」はホンダに譲ったのではないか・・・そんな勘繰りをしたくなるほどうまい偶然がよくぞ働いたものだ。

この3色はポケモン社が決めた色彩だが・・・
期せずしてホンダトリコロールの3色でもあることに坂本さんは気づいた。

ただし色調はまるで異なる。
ポケモン社がコライドンに与えた3色はこれまでのホンダ製品にはないもので、いかにもゲームキャラクター・・・そのままモデル玩具にすることも想定したようなやさしい色調になっている。
対するホンダのトリコロールカラー3色は、赤が「レースにかける情熱」、青は「冷静に、理論に基づいた技術」、白は「レースを、スポーツを楽しむすべてのひとに」の意味が込められており、原色そのもの・・・オリジナルコライドンとは色の成り立ちがまるで違っているのだ。ために3色塗料は、このホンダコライドンのために造られた。

ちょっと話が逸れるが、床屋さんの看板の3色は、赤が「動脈」、青が「静脈」、白が「包帯」で、棒型は「腕」を表している。
床屋さんがかつて、すり傷など、軽傷の手当ても行なっていたことの名残りだ。
「包帯」はともかく、「情熱」と「動脈」、「冷静」と「静脈」・・・何となくホンダトリコロールに通じるような、そうでもないような。
エアメール封筒の3色については知らない。

お話戻って、色と色の境目はグラデーション処理。全体の塗装はすべて手作業だが、シームレスに変化するエリアは、ホンダ社内でも限られた塗装技術を持つ職人技によるものだ。

グラデーション処理の拡大部。お見事! 拍手!

もうひとつの苦労はテクスチャー。
顔や前後の足・・・当初は統一的というか、定形的なもので進めたというが、活き活きするというよりはどうも機械感が出てしまい、いったんコライドンから離れ、恐竜のはく製などを参考にして造形していった経緯がある。

オリジナルコライドンの造形を、いったん恐竜のはく製をさんこうにするなどしてまわり道してから造形し、納得ずくのものに仕上げた。

素材にも苦労があって、当初はただの樹脂で検討を進めていたが、ゲーム上のコライドンの、動くたびの「翼のやわらかな、活き活きとしたなびき」を表現したいがために軟質素材に変更した。

翼の裏までグラデーション。

「ホンダコライドン」に活かされた先進技術

さきの「ホンダらしさ」は、自律制御をはじめとする、二輪技術で培われたノウハウで表現された。

「ホンダコライドン」は自律走行・・・いや、自律歩行するのだ。

自転車で、停止状態で足もつかずに自立するには、「ブレーキとペダル操作を駆使し、左右バランスはハンドル操作で行なう(坂本さん)」が、ホンダ二輪の手持ち技術にあったこの原理=ホンダライディングアシストを活用し、和光研究所の協力で「ホンダコライドン」に採り入れられた。

当初、自律歩行は「浮き袋」と呼ぶテクスチャーをタイヤに見立てて走らせるつもりだったが、実際には内部に設定された小径タイヤで走行することになった。
というのも、実際の二輪(の試作車)のライディングアシストのセンサーは、当然何もないタイヤサイドに配することができたから何の制約もなかったが、ホンダコライドンは4つ足があってタイヤサイドでのレイアウトが成立しない。そこで浮き袋はタイヤを模すことにとどめ、その内部にセンサー類と小径タイヤを配して自律走行を実現した。

目に見えるのは通称浮き袋。この下から、内に秘められた小径タイヤが覗いている。

ゲーム内のコライドンの動きの再現には4本足を動かすのは不可欠だ。ためのその制御にはASIMOの経験が活かされている。
といっても、自律歩行の実現はあくまでもライディングアシスト技術に一任され、4つ足制御は自律歩行とは無関係。
オリジナルコライドンの動きを再現するためだけに登用されたASIMO技術であり、子どもの自転車の補助輪ほどの役すら担っていないが、遠目には4つ足で本当にコライドンが歩行しているように見えるわけだ。

4つ足の動きは、ASIMOの制御が活かされている。
よう、ひさしぶり。元気?

気の毒なのは、会場端に展示されていた、ライディングアシストの黄色い二輪試作車。
このバイクに載せられていたライディングアシストのセンサー類はホンダコライドンへの移植のために剥ぎ取られ、ただのバイクになっていた。

ライディングアシストのセンサーが剥ぎ取られた2輪試作車。いずれ戻されるのだろうが、現時点では抜け殻だ。かわいそうに。

今回お披露目された「ホンダコライドン」は静止状態で行なわれた。
3月7~9日に行われる一般展示も静止状態で飾られるだけだ。

2月27日の既報どおり、ホンダコライドンは3月7日(金)から9日(日)までの3日間に渡って展示される。

実際にはほとんど完成状態に近く、ポケモンの熱烈なファンでもある開発メンバー40名の厳しいチェックもおおかたクリアし、シミュレーション上でも元気に飛び回っているという。
坂本さんは、「ゲームと同様に動きまわるホンダコライドンの姿を1日でも早く現実世界に連れ出して子どもたちの目に触れさせたい」と語る。

「実際に動く姿を見られることに期待していいか?」という司会者の質問に、
「いつとは断言できないが、必ずやホンダらしい『ホンダコライドン』をお見せしますので、もう少しお待ちください。」
と坂本さんが答えれば、萩原さんは、
「私自身も早く『ホンダコライドン』を見たいし、みなさまにもお届けしたいと思っているので、1日でも早くお見せできるよう、チーム一丸となって進めていきたいと思います。」
と抱負を語る。

トヨタ技術会の「トヨタミライドン」が発したメッセージが、

「大人の本気が子どもの夢になる」

なら、こちらホンダの「ホンダコライドン」のスローガンは、

Hondaの本気が子供の夢になる」

だ。

「ホンダコライドン」が私たちの世界で飛び交う日をみんなで待とう。

もうすぐお別れとなるホンダウェルカムプラザ青山。今回のお披露目は、どうしてもこの建物で行ないたかったという。念願叶った!