漆蒔絵/螺鈿装飾トリムや川島織物セルコンのフロアマットを専用装備
BMWのブランドスローガンである「駆け抜ける歓び」に加え、所有する歓びや感動を追求するためにドイツのクラフトマンシップと日本の優れた伝統工芸を融合させた「BMWと日本の名匠プロジェクト」。その第5弾となる「X7 BLACK-α(エックスセブン・ブラック・アルファ)」が登場した。

その発売に伴い、BMWのブランドストアである「FREUDE by BMW(フロイデ・バイ・ビーエムダブリュー)」では5月8日(木)に先行お披露目会を実施。当日併催されたトークセッションの模様をお届けしよう。

BMWの最上級SUVであるX7をベースに、日本の顧客のために100台限定で販売されるBLACK-α。企画したのはBMWジャパンの御館康成さん(ブランド・マネジメント・ディビジョン プロダクト・マーケティング プロダクト・マネジャー)だ。
御館さんがこのクルマで目指したのは「究極のブラックエディション」だという。これまで名匠プロジェクトでは、前作の「錦ラウンジ(NISHIKI LOUNGE)」のようにカラフルなクルマが多かった。しかし、今回のBLACK-αではその名前どおり、徹底的にブラックにこだわったという。

海外でも黒いボディカラーを纏った限定車は存在するが、それはあくまでもパワフルさやスポーティさの象徴。BLACK-αでは光沢を排除したマット仕様の「フローズン・ブラック・メタリック」を採用し、ブラックという無彩色にエレガントやラグジュアリーを感じる日本人独特の感性に訴えかけるものとなっている。

パネル類には「時つ風」をモチーフにした研出蒔絵をあしらう
そんなフローズン・ブラック・メタリックに身を包んだBLACK-αのインテリアに取り入れられたのが漆である。海外では漆器のことを“Japan”と称することからもわかるとおり、漆は日本を代表する伝統工芸のひとつ。その漆が助手席前のダッシュパネルとセンターコンソールパネルの加飾にあしらわれているのだ。

この装飾を担当したのは京都の漆芸家、服部一齋さんである。漆で絵を描いた上に金銀粉を蒔いて装飾を施す「蒔絵(まきえ)」、真珠貝を薄く削って模様として漆地に張り込む「螺鈿(らでん)」といった伝統技法を用いながら、現代的かつ独創的な作品を生み出し続けている服部さんは、今回のプロジェクトに参加した経緯を次のように語った。

「漆とは、漆の木に傷をつけて樹液を採取し、精製して塗料や接着剤として使われる天然素材です。漆の木は、植えてからおよそ10年かけてようやく樹液を採ることができるようになります。しかし、1本の木から1年間に得られる漆の量はわずか200〜300mlほどで、大変貴重な資源です。
近年では、その漆を採る『漆掻き(うるしかき)』の職人たちも高齢化が進み、後継者不足が深刻な課題となっています。それでも、こうした本物の素材が正当に評価され、適切な形で製品に活かされることで、『自分もこの仕事に携わってみたい』と思う人が現れるきっかけになれば、という願いも込めて、今回のプロジェクトに参加させていただきました」
“漆黒”という言葉があることからもわかるとおり、黒は漆を代表する色である。服部さんはBLACK-αに漆黒を取り入れるにあたって思案をめぐらせたそうだが、その結果、デザインモチーフに選んだが、自身の作品にも使われている「時つ風」だ。

「最初に車内で見せていただいたピアノブラックのパネルの仕上がりは、それだけでも十分に美しく、深みのある黒と滑らかな艶が印象的でした。その中に、1200年以上の歴史を持つ蒔絵という伝統技法──現代でも一切機械化されず、すべて手作業で施される装飾──をどのように融合させるかが、今回の大きな課題でした」
「『時つ風』は、日本古来の言葉で“ちょうど良い時に吹く追い風”を意味します。伝統工芸の世界では、意匠や文様に吉祥や無病息災といった意味合いを込めることがよくありますが、『時つ風』という美しい言葉には、そうした願いや象徴が自然に重なります」

“駆け抜ける歓びと共にある風”という意味も込めて採用された「時つ風」。今回は服部さんが使うことが多い金蒔絵ではなく、銀蒔絵で仕上げたのがBLACK-αの特徴となっているが、その作業も特別なものだったという。
「今回の仕事は、ふだん自分の作品をゼロから生み出す場合とはまったく違いました。すでに完成された高級な空間の中に、自分の技術を加える。しかも、その空間の質を損なうことなく、むしろ高める必要がありました。
蒔絵の工程では、銀粉を蒔いたあとに漆で覆い、さらに炭で研ぎ出すのですが、隣にあるピアノブラックに万が一でも傷をつけてしまえば、もう元には戻せません。だからこそ、通常以上に神経を尖らせ、細心の注意を払って作業しました」

京都の職人が手作業で織り上げたモノトーンのフロアマット

BLACK-αのインテリアでもうひとつ見逃せないのがフロアマットだ。乗員の足をそっと包み込むようなパイルの感触が心地良いモノトーンのフロアマットを担当したのは、京都の老舗織物メーカー、川島織物セルコン。BMWジャパンからプロジェクト参加の打診を受けた際の様子を磯 卓さん(川島織物セルコン 商品本部 商品開発部 チーフ・プロジェクト・マネジャー)が振り返った。

「BMWの御館さんから『当社のマット絨毯をクルマに採用したい』とお声がけいただいたときは、正直とても驚きました。というのも、我々にはこれまで自動車業界との接点はなく、そうした発想自体が新鮮だったからです。しかし、クルマのコンセプトを伺ううちに、『その内装のグレードに見合うマットをつくってほしい』という明確な意図を感じ、大変光栄に思いました」
「我々が普段手がけている絨毯は、ホテルのスイートルームや劇場など、空間全体の格調を高めるための特別なものです。BLACK-αのインテリアにそれが求められたことは、まさに我々の本質に重なるものでした」
フロアマットの意匠に選ばれたのは、川島織物セルコンの中でも定番のひとつである「アサナギ(朝凪)」。この選択はパネルにあしらわれた「時つ風」の柄からインスパイアされたもので、風がふと駆け抜けた瞬間に微かに揺らいだ水面の様子が図案化されている。

また、このフロアマットはハンドタフトという技法を用いて製作されたのもトピックだ。これは手織りと機械織りの中間にあたる手法で、職人がタフティングガンを使って糸を打ち込んでいくもの。緻密かつ多彩な表現が可能で、かつて緞帳の製作などで使われていた技法を久しぶりに復活させたのだ。
「一度は大量生産に押されて休止していたのですが、機械織りでは再現できないハンドタフトの技法の価値を改めて見直し、文化として継承していく必要性を強く感じています」

さらに、ドイツのレッド・ドット・デザイン賞を2025年に受賞したラグコレクションの「KOTOSOME(コトソメ)」の技術を応用し、自動車用フロアマットに必要な厳しい品質基準(防火性能やシックハウス対策など)もクリアすることができたのも、川島織物セルコンとしては大きな挑戦だったという。

「そしてもうひとつ、私たちが大切にしているのが“持続可能性”です。私たちのつくるものは生活必需品ではありません。ある意味『贅沢品』かもしれませんが、こうしたものが失われていくと、暮らしは味気ないものになってしまう。たとえ最後の一本の帯になっても、それを誇りを持って売る会社でありたい。私たちは、そんな信念でものづくりを続けています」

本質を守りつつ、時代に応じて変化することが文化を高める
今回のトークセッションでゲストとして迎えられたのが、演出家の宮本亜門氏だ。日本の伝統に深い敬意を持っていて、日舞、茶道、仏像鑑賞といった文化に親しむ宮本さんは、BLACK-αにどんな印象を抱いたのだろうか。

「黒という色は、能舞台の蝋燭一本の明かりの中に浮かび上がるような、闇の中にこそ光が生まれる——そういう美しさがあって、日本ならではの感性だと思っています。その漆の輝きが車の中に取り入れられているのを拝見し、まさに空気が変わるような感覚を覚え、鳥肌が立ちました。これは日本の本質や根源に触れるような体験です。
実際にクルマを拝見して、伝統芸能的な要素がありながらも、同時にモダンで、非常に驚きました。伝統を無理に押し込むのではなく、自然に融合していて、『おお、こう来たか』と思わず声が出ました」

宮本さんは、「不易流行」という言葉を例に挙げ、本質を守りつつ、時代に応じて変わるべきところは変えることの大切さを語った。
「私もオペラの演出などでそれを心がけています。例えば『蝶々夫人』をドイツで演出していますが、昔ながらのスタイルではブーイングが起きる。しかし本質を活かしながら新しい表現を提示すると、観客の心に届く。それが文化を高めていくことに繋がると思います。
今回のクルマには、そうした日本独特の繊細さや丁寧さがあらゆる部分に込められており、どこを見てもため息が出るほどの美しさでした。これはもう、ニューヨークのMoMAやロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館に収蔵されてもおかしくない、そう思えるほどの一台でした」


「BMW X7 M60i xDrive BLACK-α」は6月25日(水)まで展示中
そんな宮本さんの言葉で称えられたX7 BLACK-αは、日本全国100台の限定モデル。2グレードが用意されており、90台の「xDrive40d BLACK-α」は全国のBMWディーラーで先着販売、9台の「M60i xDrive BLACK-α」が専用Webサイトでの先着注文となる(残り1台は6月開催の「BMW日本ゴルフツアー選手権 森ビルカップ」の優勝副賞)。価格は「xDrive40d BLACK-α」が1625万円、「M60i xDrive BLACK-α」が2140万円。
「FREUDE by BMW」では、「M60i xDrive BLACK-α」が6月25日(水)まで展示されている。ぜひ、ドイツのクラフトマンシップと日本の伝統工芸が融合した姿をご自身の目で確かめてみていただきたい。

BMW X7にマットブラックの特別塗装を施した日本専用限定車「ブラックアルファ」が登場!