トライアンフ・タイガー660新車試乗記|一言でいうなら「ヒョヒョイと振り回せるサイズ感」そんなスタンダードツーリングマシンです!

「タイガー」ブランドは紆余曲折してきた歴史がある。かつては前後17インチのオンロードツアラーだったこともあるし、今はフロントに21インチのオフロードタイヤを履いた巨大なアドベンチャーモデルだったりもする。よって「タイガー=オフロード性能も確保」ではないのだが、このタイガースポーツ660は「全くのオンロード車」である。

REPORT●ノア・セレン

トライアンフ・タイガースポーツ660……1,125,000円(消費税込み)

他のタイガーシリーズがみなアドベンチャー的/オフロード的なスタイリングをしているため、この660もタイガーの名前がついている以上はオフロードを連想してしまうが、そうではない。これはトライデント660をベースにツーリング性能を高めるべくハーフカウルとキャリアを純正装着した、いわば「トライデントS」的なモデルなのだ。同系列バイクと言えば、メジャーどころではホンダのCB400スーパーボルドール、マイナーどころではアプリリアのシバーGTといったところだろうか。優秀なネイキッドスポーツにハーフカウルをつけて、快適にツーリングしましょう、というアプローチである。
そしてこれが最高に良く機能する。全てにおいて無理のないトライデントに、さらに長距離も楽しめる要素をプラスしているのだ。良くないわけがない。

僅かな違いでちゃんとチューニング

カウルが付いたこととリアキャリアがついたことが一目でわかる変更だが、この他にタンク容量も17.2Lへと増やす(トライデントは14L)などツーリング性能を向上。ホイールベースは伸ばされてシート高がいくらか高くなった分余裕が生れていて、またタンデムも考慮してリアサスはリモートのプリロードアジャスターを装備。リアカウルの裏側にはパニアケースを着けられるようにステーも追加されている。
こうしてみるとシンプルに「トライデントにカウルを付けただけ」ではなく、本気で旅性能を確保していることを実感する。これで14万円ほどのプライスアップに留めたのは、リーズナブルなトライデントにもましてコスパが良いように思える。

トルクフルエンジンが活きる

トライデントのインプレッションにも書いたが、81馬力を発するこの660ccロングスロローク傾向トリプルはとても気持ちがいい。ストリートトリプルのような突き抜ける高回転域の代わりに潤沢な日常域を作り出していて、公道環境においてはむしろ扱いやすく親しみやすい。
より排気量が大きくパワーも大きいエンジンをベースにしているおかげで660版では設計に余裕があるのかどうかわからないが、振動が少なかったり、ミッションの入りがとてもスムーズだったりと、何の気なしにストリートを流す時に一切のストレスがないのが素晴らしい。信号待ちでニュートラルがスッと出せるのは気持ちの良いこと。国産車と同レベルで全く気兼ねなく付き合えるのだ。
とはいえ3気筒ワールドは健在だ。3000rpmから先ではツインでも4気筒でもない、独特のトルクフィールでビューっとフケ、必要十分以上の加速を見せる。トルクバンドが広いおかげでギアを選ばずに流していられるし、その気になって7000rpmほども回せば少なくとも公道環境においては何かに後れを取るということはまず考えにくい。そしてあらゆる回転域でアクセル操作に対してギクシャクするだとか、反応が意図と違うといったことがなく、ライダーとのシンクロ率はとても高いと感じた。

ただ、高速道路ではA2ライセンス対応の81馬力仕様だと感じる場面も無くはなかった。高い速度域から一気に追い越しをかけようと1速あるいは2速落としてパコッとアクセルを開けると、8000rpmから先はさほど盛り上がらないことにも気づいた。むしろ7000回転ほどでトルクに乗せてあげた方が力強く、上品な加速感が得られるのだ。これは同じエンジンを搭載するトライデントでは感じなかったため、タイガースポーツではカウルがあるぶんライダーの負担が減り、速度域が上がっているということだろう。

ヒョイヒョイと振り回す

実はネイキッド仕様以上にハンドリングが良く接地感も高い、というのはこういったハーフカウル車ではよくあること。ライトやメーターといった重量物がフレームマウントのカウルに移設され、かつそのカウルのおかげで前輪荷重が高まるということなのだと思うが、タイガースポーツ660もまたその傾向だった。ワインディングを走ると、トライデント以上に意のままに操れたのだ。
フレキシブルなエンジン特性やしなやかなフレーム/サスペンションといった特徴は同様ながら、着座位置が高まったことでトライデント以上に股の間で振り回す感覚が強まっている。上体が起きているおかげで先の路面状況を良く良く見わたせ、コーナーに放り込んで何とでもなってしまうという、ある種モタードみたいな無敵感があるのだ。加えてトルクフルなエンジンだ。パワーバンドを特別意識せずとも、アクセルを大きく開ければ力強く加速してくれる。これは本当に楽しい!
ハーフカウルが付いてツーリング向きになったはずだが、加えてツーリング先でのワインディング性能も高まり、なお楽しめる場面が増えているのではないだろうか。

ライバル不在のベストバイ

タンク容量が増えたことで、ツーリングペースならワンタンク300kmは余裕で走るであろうタイガースポーツ660。加えてシートも広くて快適、スクリーンは簡単に手動で上下もできるし、またキャリアと一体のタンデムグリップは取り回し時にも重宝する装備。タイガーという名前ではあるもののオフロード性能は切り離しているため足つきも良いし、ツーリング前提の温度依存が低いタイヤを装着していることなどからも、季節を選ばず長距離を走りたくさせてくれる。
こういったナイスバランスなバイクって、実は少ない。かつてのCB400スーパーボルドールが近かったと思うが今やもう絶版。スズキのVストローム650も似てはいるが、あちらはアドベンチャーモデルとして車格の大きさからライダーの体型もある程度選んでしまう。ヤマハのMT09トレーサーが近いかもしれないが、排気量やパワー的に別クラス。海外にあるMT07ベースのトレーサーが最も近いかもしれない。よって国内ではほぼライバル不在と言えるだろう。
何にでも使える実用的性能と日々ストレスなく乗れるような汎用性があり、かつ3気筒という個性もちゃんとあるバイク、としてトライデントも大変魅力的だ。それに加えツーリング性能、タンデム性能、荷物の積載、また対候性といった項目をプラスしたのがこのタイガースポーツ660である。
これは誰にでも薦められる素晴らしいオールラウンダーである。

足つき性チェック(ライダー身長185cm/体重72kg)

クラシカルなイメージもあるトライデントと兄弟車種とは思えないほど、モダンなスポーツモデルへとイメージチェンジしたタイガースポーツ660。トライデントよりもかなり大柄に感じるものの、ライディングポジションはコンパクトで手の内感は高い。ステップはトライデント比でかなり前方に移動されていて、スポーティな走りを楽しみたい人はトライデントのものに付け替えるというモディファイを楽しんでも良いかもしれない。同様にタンデムステップも前方・下方に移動されており、パッセンジャーの快適性が確保されている。足つきは良好ながら、足を降ろした時にふくらはぎがステップに当たる感覚もあった。ライダー身長185cm体重72kg

フロント・リア足周り

フロントは調整機構を持たないシンプルなショーワ製正立フォークにピンスライドキャリパーという構成ながら、ワインディングでの作動性及び制動力に不満はない、バランスの良いセットアップだった

アルミの湾曲スイングアームや腹下マフラー、ミシュランのパイロットロード5タイヤといった装備はトライデントと共通。リアサスにはリモート式のプリロードアジャスターが装備され、タンデムや荷物の積載に即対応可能。

エンジン

ボアを小さくして660としたエンジンは結果としてベースモデルよりもロングストロークとなり、3気筒らしいトルクフルなフィーリングを堪能できる。3000~7000rpmを得意とするためストリートユース/ツーリングユースにピッタリである。なおエンジンキャラクターに加え、クラッチの軽さやシフトの正確さ、ニュートラルの出しやすさといったところがとても洗練されていてこれも好印象だった。

シート周り

トライデント以上に自由度のあるシートは快適そのもの。座る位置を限定しないため長距離でも気楽でリラクシングだ。タンデム部の面積自体はトライデントと大差ないものの、大型のキャリアがついたことでパッセンジャーを落としてしまうんじゃないかといった不安は大幅に軽減された。またキャリア横のグリップは取り回し時にも重宝したし、タンデムシート部を含めた荷物の積載も実際に行ったが非常に安定していて固定もしやすかった。シート下はトライデント同様にミニマムな設定でETC車載機搭載がやっとといったところ。

ヘッドライト

伝統的なスタイリングも感じさせるトライデントに対して、タイガースポーツ660はシャキンと近代的なツリ目。ライトは右側のみがロービーム。スクリーンは手動でワンタッチで上下できるわかりやすい設定で、走行する場面によってすぐに高さ調整ができた。

テール周り

ナンバーやウインカーがスイングアームについているトライデントに対して、こちらは一般的なテールカウルについている仕様。軽快な運動性はこのバネ下荷重低減も効いているのかもしれない。テールカウル裏にはパニアケースが装着できるよう工夫がされている。

ハンドル周り

アップとなったハンドルは適度な垂れ角もあって自然に乗れる設定。キーシリンダーがトライデントのタンク前方からハンドルライザーの向こうに移動していて、若干アクセスの悪さが気になったか。

左右スイッチボックス 

左側はジョイスティックではなく十字キーを備える。モードはロードとレインのみに絞られているため、メーター操作に複雑さはない。なおどちらのモードでも十分に扱いやすくかつトルクフルだ。電子制御スロットルは入力に即座に反応するため、走り始めてすぐはギアチェンジ時にクラッチを繋ぐタイミングがずれてしまうことが多かったが、慣れてくれば瞬時に決まるその感覚が快感になっていった。

メーター

速度と回転数、時計とギア、と必要最低限の情報を明確に示してくれるため、一目で見られて理解しやすいメーターは好印象。カウルの影に隠れて良く見えたし、手前のワイヤー類の処理もスマートだった。潤沢な各種電子制御システムを持っているわけではないが、このような好バランスバイクにおいてはそういったモノは不要だと実感する。

主要諸元

●エンジン、トランスミッション
タイプ水冷並列3気筒DOHC12バルブ
排気量660 cc
ボア74.0 mm
ストローク51.1 mm
圧縮比11.95:1
最高出力81PS (60 kW) @ 10,250rpm
最大トルク64Nm @ 6,250rpm
システムマルチポイントシーケンシャル電子燃料噴射、電子制御スロットル
エグゾーストシステムステンレス製3 into 1ヘッダーシステム、ステンレス製ロータイプシングルサイドサイレンサー
駆動方式Xリングチェーン
クラッチ湿式多板、スリップアシストクラッチ
トランスミッション6速

●シャシー
フレーム:チューブラースチール ペリメーターフレーム
スイングアーム:両持ち式、スチール製
フロントホイール:鋳造アルミニウム、17 x 3.5インチ
リアホイール:鋳造アルミニウム、17 x 5.5インチ
フロントタイヤ:120/70 ZR 17 (58W)
リアタイヤ:180/55 ZR 17 (73W)
フロントサスペンション:Showa製41mm径倒立式セパレートファンクションフォーク、トラベル量150mm
リアサスペンション:Showa製プリロード調整機能付きモノショックリアサスペンション、トラベル量150mm
フロントブレーキ:Nissin製2ピストンスライディングキャリパー、310mm径ダブルディスク、ABS
リアブレーキ:Nissin製シングルピストンスライディングキャリパー、255mm径シングルディスク
インストルメントディスプレイとファンクションマルチファンクションメーター、TFTカラーディスプレイ

●寸法、重量
ハンドルを含む横幅:834 mm
全高(ミラーを含まない):1398 mm / 1315mm (ハイ / ローのスクリーンポジション) mm
シート高:835 mm
ホイールベース:1418 mm
キャスターアングル:23.1 º
トレール:97.1 mm
燃料タンク容量:17.2 L
車体重量:207 kg

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著者プロフィール

ノア セレン 近影

ノア セレン

実家のある北関東にUターンしたにもかかわらず、身軽に常磐道を行き来するバイクジャーナリスト。バイクな…