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[Day 1] タカハシ日本橋を発つ
ぐだぐだ始まった旅は、たいてい旅全体がぐだぐだになるものだ。
正午前にのろのろと日本橋を出発すると、すぐにじゃーじゃー雨が降り始め、あわててレインウエアを着ると、今度はカンカン照りに見舞われてそれを脱ぐというムダな儀式を繰り返していたら、たった1km進むのに半時間もかかった。なんとも情けない旅の幕開けだ。
東京都心は東海道っぽい風情なんぞ全然ない無機質なビル街だ。おまけにいつも渋滞まみれでノロノロ運転が続く。
日本橋を出て最初の宿場は品川宿だが、現代では日本橋・品川間で一泊するバカはほぼいない。そのうえこのあたりはグチャグチャに開発されきって、往時の宿場のおもかげなんぞカケラほどしか残っていない。かつての宿場は国道1号からちょっと離れた国道15号沿いにあって、いちいち立ち寄るのも面倒くさい。少しでも距離を稼ぎ、少しでもよけいにガソリンを減らそうと、宿場は気にせずどんどん先を急ぐことにした。
東京から神奈川に入ると、渋滞は少しマシになったが、代わりに雨脚が強まった。神奈川県・川崎宿あたりのファミレスでバイクを停めて休憩をとる。やたら雨が降るし風景は退屈だしで、ほとんど走ってないうちからすっかりヤル気をなくし、ドリンクバーの茶をすすりながらしばらくウダウダすることに。
だが、いつまでもサボっているわけにはいかない。走らなければガソリンは減らず、ガス欠旅も終わらないのだ。いっそここでアイドリングし続けてガソリンを空っぽにしようかなどと、急進派エコロジストが聞いたら脳血管をブチ切らせそうな着想をなんとか断ち切り、しぶしぶ出発。西を目指した。
都内よりはマシになったものの、国道1号はあいかわらず混んでいる。それでも神奈川宿、程ケ谷(保土ヶ谷)宿、戸塚宿、藤沢宿をじりじりとクリアし、湘南海岸にさしかかった頃、クルマの流れはすっかりスムーズになった。
平塚宿を過ぎ、雨上がりの国道1号を大磯まで走る。古くから金持ち連中の避暑地として知られ、華やかなイメージの大磯も、この日はただ鉛色の海がべったり広がっているだけの陰鬱な浜でしかなかった。
夕暮れ迫る大磯を去り、少し東に戻って平塚のビジホに宿泊。オドメーター5242km、日本橋からの走行距離77km、フューエルメーターは残り5目盛りになっていた。
小さな長距離ランナー CT125 ハンターカブ
さて、この旅でタカハシが乗るCT125ハンターカブは、2020年の発売とともに一大旋風を巻き起こし、すでに名車として確固たる地位を築いたバイクだ。
タカハシもバイクメディア業界の末席を汚す一員として何度か試乗のお相伴にあずかったが、ただ短距離をぶんぶん飛ばして性能を調べるだけの試乗の印象と、実際に長旅で乗ったときの印象は大きく違う。CT125ハンターカブは、短距離でも悪くはない。だが、やはり長距離でこそ、その真価を発揮する。
たとえばやたらアップライトなポジションも、短距離ならさしてなんとも思わず、実用車ならまあこんなものかと納得するだけだが、長距離を走ればその意味と凄さがはっきりわかる。小型バイクで長距離を走れば、ライダーの肉体的負担は苦痛となってじわじわ現れてくるものだが、CT125ハンターカブにはそれがない。恐ろしいことに、いくら走ってもほとんど疲れず、北欧製高級家具あたりのクオリティを感じさせるゆったりした乗り心地……というか座り心地が続く。これはもうバイクというより「よく走る椅子」だ。
言葉にすれば「長距離走行がめっちゃ快適」というだけの、わりとつまんない性能かもしれない。だがそれは、バイクを構成するおびただしい数のパーツひとつひとつがこまやかに設計され、高精度で作られ、丹念に組み上げられているからこそ実現できる、いぶし銀の高性能でもある。たいていのクルマやバイクには「乗んなきゃわかんない」ことがあるものだが、CT125ハンターカブには、東海道を走破するくらいの気合いで「めっちゃ長く乗んなきゃわかんない」ことが、それよりもっとたくさんあるようだ。