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シグナスX、大磯をゆく
平塚のホテルで目をさましたとたん、思わず叫びをあげた。全身めっちゃ筋肉痛になっている。シグナスXのガチガチのサスのせいか、前のめりポジションのせいか、あるいはタカハシ自身のせいなのか、科学的には説明できないのが残念だ。
平塚を出発してすぐ大磯の化粧坂(けわいざか)に立ち寄った。安藤広重が描いたことで知られる東海道の名所だが、今では観光用の看板がいくつか立っているだけのわびしい松並木にすぎない。景観保全を担ってきたNPOが2年ばかり前に解散してからは手入れもままならず、やや荒んで感じられる。
化粧坂から海沿いに西に進めば大磯港に行き当たる。釣り人に人気の港だが、釣りに興味がないどころか、生きた魚を素手で触りまくるレジャーなんて頭がどうかしてるとしか思えないタカハシには何の用もない。ちらっと見物しようと港に乗り入れたところで、フューエルメーターの目盛りは残り2つに。トリップメーターは80.2kmをさしていた。
東海道の難所、それは箱根
大磯あたりの国道1号は、だいたいいつも渋滞がひどい。やたらストップ&ゴーを繰り返すはめになるが、クラッチもシフトペダルもないスクーターなら楽ちんだ。おかげでたいした苦労もなく小田原を抜け、箱根の上り坂に取りついた。上り始めてしばらくすると、トリップ113.9km地点でフューエルメーターの目盛りは最後の1個になった。
長いくねくね坂を上りきれば、そこは芦ノ湖、箱根の心臓部だ。箱根神社の鳥居が青空に映え、観光客のクルマが詰めかけている。好天に誘われ、バイク乗りも集まっていた。
芦ノ湖の駐車場にシグナスXをとめて小休止。隣の大型バイクからシブめの熟年ライダーが降りてきてシグナスXのナンバーに目をとめ、「あんた、わざわざこんなモンで東京から来たのか?」と驚いていた。
箱根を発つころには正午をだいぶ回っていた。日没前にとっととガソリンを減らしきろうと、先を急いで昼メシ抜きで走ってるもんだから、けっこう腹もすいている。
それでも箱根から三島市へのダウンヒルは爽快そのもの、スカッとヌケのいい絶景ワインディングだ。
調子よくぶんぶん走っていたところ、だいたい三島スカイウォークあたり、トリップ137.0km地点でフューエルメーターの最後の一目盛りの点滅を確認。いよいよガス欠ウォーニングが始まった。
国道1号は、箱根を下りて沼津市内へ。シグナスXはフューエルメーターの目盛りをピコピコさせながら落日を追って西へと力走、富士市内に突入した。
千本松原の名で親しまれる広大な防風林を横目に海岸沿いを走るうち、さらりと眺望が開け、田子の浦港が近づいてきた。田子の浦橋を渡り、夕暮れ迫る港内へと進んだそのときだった。
ゴアッ、ゴアッとこすれるような音をたててエンジンが息継ぎをはじめた。その直後、距離にしてほんの200mほどで、シグナスXはあっけなくガス欠停止。ガタガタ振動するような反応をみせることもなく、すとんときれいに止まるジェントルなガス欠ぶりだった。
ガス欠時刻は17時半、田子の浦港は刻一刻と暮色に包まれてゆく。近くの店はもうほとんど閉まっている。編集者・モジャ山田ヒゲ男くんの「ガス欠地点の名物なら食べていい」というせっかくの許可が無駄になるのはどうにも悔しい。
でもまあ、うまいものなんて明日食えばいいだろう。
近場のガソリンスタンドで燃料をつぎ足し、手近な安宿に転がり込むと、空っぽの胃にコンビニ飯を詰め込み、泥のように眠り込んだ。
田子の浦に美食を探す
翌朝はわずかに小雨がパラついたが、すでにガス欠の義務を果たしているから多少の雨は気にならない。さっさと田子の浦港で名物を食い散らかして東京に帰ることにしよう。
田子の浦漁協にシグナスXをとめ、食い物を物色。この漁協食堂には、絶品のほまれ高い魚類の丼がいくつかあるらしい。だがあまりの大人気で、すでにズラズラ客が並んでいて待つのが面倒くさくなり、すぐ買えるコロッケで手っ取り早く済ませることにした。
田子の浦のコロッケは、普通のコロッケとは一味ちがう。このあたりの2つのご当地ブランド、田子の浦しらすと三島馬鈴薯が合体した驚異のダブルご当地コロッケだ。その名は「たみこちゃん」。田子の浦しらすの「た」、三島馬鈴薯の「み」、コロッケの「こ」から命名されている。
タカハシは、さっそくたみこちゃんを2つ買ってむさぼり食った。
うまい! めちゃくちゃうまい!
だが、たみこちゃんをひとつ食べ切ったところで、揚げ油がけっこう胃にクルことに気づいた。でも、チョーシこいてすでに2個買っちゃってるから、どうにか食べきるほかはない。
もしあなたが気分よくたみこちゃんを楽しみたいなら、けっして欲をかいてはいけない。
脳まで筋肉でできている22歳以下の体育会系学生なら3つ、40歳以下の働き盛りなら2つ、12歳以下の児童や後期高齢者、虚弱体質のAFOライダーなら1つを限度として、安全・安心なたみこちゃん摂取を心がけ、心ゆくまで田子の浦の美味を楽しんでもらいたい。