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ヤマハYZF-R1M……3,190,000円
最高出力を追求しない姿勢は、あえて?
2020年型でマイナーチェンジを受けたYZF-R1/Mの広報資料を見て、僕が意外な気がしたのは、最高出力が200psのままだったことである。と言っても、最新の排出ガス規制であるユーロ5をクリアしながら、先代と同じ最高出力を維持しているのだから、それはそれで賞賛するべきことだと思う。でも2020年型でフルモデルチェンジを受けたライバルのCBR1000RR-Rは、先代+26psにしてYZF-R1/M+18psとなる、218psなのだ。もしかすると、MotoGPで数々の栄冠を獲得しながら、長きに渡って最高出力と最高速ではライバル勢に及ばない……と言われている、YZR-M1を意識したのかもしれないが、量産車でそんなことをする必要はないだろう。
広報資料によると、2020年型YZF-R1/Mはフェアリングや燃料供給用のインジェクター、エンジンのロッカーアームや潤滑系などが刷新され、前後ショックや電子デバイスもアップデートを受けている。となれば、普通に考えるとインプレのテーマは先代との相違点にするべきだが、現時点で多くのライダーが最も知りたいことは、CBR1000RR-Rとどう違うのか?、CBR1000RR-Rより遅いのか?、ではないだろうか。幸いなことに、僕は一ヶ月ほど前にCBR1000RR-R SPをガッツリ乗り込んでいるので、今回はR1M vs RR-R SPという図式で、一般公道を舞台とした脳内比較インプレを記してみたい。
ギリギリで日常域にも対応
初対面の2020年型R1Mで、ちょっと驚きつつも相変わらずだと思ったのは、シートである。RR-R SPが近年のリッターSSのほぼ平均値、830mmという数値を公表するのに対して、R1Mは近年のリッターSSでダントツトップの860mm。おそらく、身長170cm以下のライダーは、シートに跨った時点で厳しさを感じるだろう。
でも実際に市街地を走り始めると、R1MはRR-R SPより快適だった。その原因はハンドルとステップだ。サーキットに特化した乗車姿勢のRR-R SPと比較すると、ハンドルがやや高くて絞り角が一般的で、シート~ステップ間の距離が広いR1Mは、常用域で身体にかかる負担が少ない。もちろん他のジャンルと比べれば、R1Mの乗車姿勢だって相当にサーキット指向だが、僕の中ではギリギリで日常域にも対応?と思えなくはなかった。
とはいえ、しばらく市街地を走っているうちに、スイッチの使い勝手に疑問を抱いた僕は、やっぱりR1Mにとって、ストリートでの扱いやすさは二の次なのかと感じた。右側のホイールスイッチと左側のウインカースイッチを操作する際は、相変わらず親指を大きく動かさなくてはならないし、ウインカーのキャンセルは依然として手動式。しかも多種多様な電子制御を一括して切り替えるモードスイッチは、停止時しか使えないのである(各項目の変更は走行中でも可能)。このあたりの操作性はRR-R SPの圧勝で、マン・マシン・インターフェイスという面では、R1Mにはまだまだ熟成の余地がありそうだ。
クロスプレーンクランクならではの魅力
高速道路で感心したのは、R1Mの守備範囲の広さ。もっともRR-R SPの守備範囲が狭いのかと言うと、必ずしもそんなことはない。100km/hでもツラさを感じるライポジだけはどうにかしたかったけれど、エンジンは至って従順だし、車体はどんな領域でもすこぶる安定していた。ただしRR-R SPで行う常識的な速度での巡航は、助走区間、あるいは移動区間という印象で、端的に言うと味気がなかったのだ。あのバイクを楽しむには、最低でも150km/hのスピードが必要だと思う。
一方のR1Mは、非常識な速度で飛ばしたときだけではなく、常識的な速度でも高速道路が楽しめた。その最大の原因は、YZR-M1から譲り受けたクロスプレーンクランクだ。この機構の最大の美点は、ライダーにとってノイズになる“慣性トルク”が解消できることで、真価が味わえるのは高回転域と言われている。でも低中回転域だけを使っていても、R1Mは不等間隔爆発ならではの躍動感を味わわせてくれるので、ちょっとした加減速でも気分が高揚して来る。伏せ姿勢ではなくても頭部付近に当たる走行風が適度に緩和されること、直進状態から車線変更しようとした際のマシンの動きが軽快なことも、RR-R SPとは一線を画するR1Mの美点で、この感触ならロングランもそれなりに楽しめそうだ。
ただし、ここぞいう場面でアクセルをワイドオープンしたときの爽快感は、RR-R SPが上だと思った。クロスプレーンクランクのR1Mが、吹け上がり方にコレといった抑揚を感じることなく、高回転域まであっさり回るのに対して、オーソドックスなフラットプレーンクランクのRR-R SPは、高回転域では過給器装着車を彷彿とさせる、暴力的な加速が堪能できるのだから。この要素に対する評価は乗り手によりけりで、臆することなく高回転域が使えるR1Mに軍配を上げる人もいるはずだが、誰もがスゴい!と素直に感じやすいのはRR-R SPだろう。
低中速域でも感じる、操る手応え
続いては峠道の話。ここでは高速道路と同様に……と言うより、高速道路以上にキャラクターの差異をハッキリ感じることとなった。まず見通しと路面状況が良好な高速コーナーが続く道では、絶大な安定感を誇るRR-R SPのほうが優勢。このバイクに乗っていると、何があっても転ばないという自信が持てるので、いろいろなことにチャレンジしたくなる。もっともR1Mだって、十分以上の安定感を備えているのだけれど、こちらは多少なりともマシンの特性に合わせようという意識が必要で、RR-R SPのように、乗り手のあらゆるわがままを受け入れるほどの包容力はない。ベタな例えで恐縮だが、R1Mが若くてスタイル抜群でちょっと気が強い彼女なら、RR-R SPはドッシリ構えたお母さん、という感じだろうか。なおクイックシフターの操作感とフロントブレーキタッチもRR-R SPのほうが良好で、この2点でもR1Mは、マシンの特性に合わせようという意識が必要だった。
では低中速コーナーがメインの峠道、日本のどこにでもある3ケタ国道や県道などでの印象はどうかと言うと……。個人的には断然R1Mだ。RR-R SPの場合は低中速域で走っていると、視線を出口方向に向けて少し荷重移動をするだけで、サクッと旋回が完了してしまうのだが、R1Mは低中回転域だけを使って低中速域で走っていても、操る手応えが存分に感じられるのだから。
R1Mで走る低中速コーナーの何が面白いって、まずは進入時の軽快感、マシンが曲がりたがる感触だ。その感触の背景にあるのは、高めのシートと重心、短めの軸間距離などだが(R1M:1405mm、RR-R SP:1455mm)、超高速域での安定性に寄与するウイングレットを装備しないことも、R1Mの軽快感を語るうえでは大事な要素かもしれない。そしてコーナーの立ち上がりでアクセルを開ければ、R1Mは回転数がどんなに低くても、極端に言うなら2000~3000rpm近辺でも、クロスプレーンクランクならではの濃厚でわかりやすいトラクションが伝わって来る。もっともヤマハは、トラクションのためにクロスプレーンを開発したわけではないのだが、ダカダカダカッという独創的な排気音と共に後輪が路面を蹴って行く感触は、ヤミツキになるほど気持ちがよかった。
一般公道での速さはRR-R SPと互角
さて、ここまでの文章を振り返ると、R1M=低中速向き、RR-R SP=高速向き、みたいな展開になってしまったけれど、それは僕の筆力の問題で、実際のR1Mはまったく遅くなかった。ストレートが長いサーキットなら、18psの差を感じるのかもしれないが、一般公道での速さはRR-R SPと互角だろう。それどころか前述したように、R1Mは臆することなく高回転域を使えるし、操る手応えが得やすいので、乗り手の技量や走る場面によっては、RR-R SP以上に速く走れるのかもしれない。
とはいえ、僕がR1Mで速さよりも感心したのは、守備範囲の広さだった。高回転&高速域に特化したRR-R SPを否定するつもりはないし、そもそもR1Mの低中回転&低中速域の楽しさは、開発陣が意図した特性ではないような気がするけれど、楽しめる速度域を30cm定規で示すなら、RR-R SPは20~30cm、R1Mは10~30cm(最高出力を考えると29cmかも)という印象。近年のリッターSSは非常にハードルが高く、一般公道で真価が味わえる場面はほとんどないのだが、R1Mは真価が味わえなくても、十分以上に楽しいバイクだったのである。