【自動車ブランドエンブレム秘話06:ロータス】"チャップマン"の伝統と消えた英国のグリーン

引き継がれるロータスの“レガシー”「ブリティッシュグリーンが消えた理由とは?」【自動車ブランドエンブレム秘話06:ロータス】

2023年に登場した電動SUVの「ロータス エレトレ」。
2023年に登場した電動SUVの「ロータス エレトレ」。
スーパーカー世代にとって、ロータスは思い出深いブランドのひとつではないだろうか。漫画『サーキットの狼』で主人公がドライブした「ロータス ヨーロッパ」に憧れたファンは多いだろう。今では中国ブランド「ジーリー」傘下の電動スポーツカーメーカーとなったロータスだが、創立者であるコーリン・チャップマンのレガシーは受け継がれているようだ。今回は、そのロータスのエンブレムにスポットライトを当てる。1940年代と基本的構成は同じだが、ひとつだけ大きく変わった点とは?

コーリン・チャップマンの哲学

エンブレムの中心にはアルファベットが重ねて書かれている。これは、創立者アンソニー・コーリン・ブルース・チャップマン(Anthony Colin Bruce Chapman)のイニシャルである「A・C・B・C」の4文字。ロータスのクルマづくりには、1948年の会社設立以来チャップマンの哲学が受け継がれていることを表していると言えるだろう。

「パワーアップすればストレートで速くなり、車重を減らせばどこでも速くなる」(Adding power makes you faster on the straights, subtracting weight makes you faster everywhere.)という言葉をチャップマンは残している。

このイニシャルとLOTUSの文字は、角が丸いおにぎり型の中に配置されている。公式な記録は残っていないようだが、一般的にこのカタチは「LOTUS=蓮」の花を象徴したものだと言われている。黄色い円(時代によっては楕円)で囲み、おにぎり型を際立たせているのが伝統的なロータスのエンブレムだ。現在まで使われている黄色には、エネルギーや繁栄といったメッセージが込められているという説がある。

波乱の運命とエンブレムの変遷

基本構成は一時期を除いて変わらないロータスのエンブレム。
基本構成は一時期を除いて変わらないロータスのエンブレム。

基本的な構成は変わっていないロータスのエンブレムだが、一度だけ、大きな変化が起こったことがある。1982年12月、創業者であり革新的なエンジニアでもあったチャップマンが心臓発作によって54歳で急死する。カリスマの死によって経営難が顕在化すると、ロータスの経営を実業家のデビッド・ウィッケンスが取得する。

ウィッケンスによる経営権取得後、エンブレムからチャップマンのイニシャルが消えた時期がある。この時は、もうひとつの特徴であるおにぎり型も姿を消し、エンブレム全体が楕円形に変更されている。1986年にゼネラルモータース(GM)に株式が売却されると、「A・C・B・C」の文字が復活。ほどなくして、全体のイメージも含めチャップマン時代に戻る。

この時代のGMは、「シボレー コルベット」などの開発やブランド訴求にロータスを積極的に活用。当時、日本のいすゞもGM傘下で乗用車生産を行っていた。同社の「ピアッツァ」にロータスが足まわりのチューニングを施した「ピアッツァ XE ハンドリング・バイ・ロータス」が1988年に販売されたのを覚えている読者もいるだろう。

ここからは筆者の個人的な見解だが、GMはロータスの技術だけでなくブランド価値を最大限に活用するためにチャップマン時代のイメージを復活させたのだろう。一方、ウィッケンスは企業家としてのプライドもあり、買い取ったブランドから強烈な創業者のイメージを払しょくしたいと考えたのではないだろうか。いずれにしても、企業としてはGMの判断が正解だったようだ。

時代に対応した二次元デザインへ

ジーリー傘下で登場した「ロータス エヴァイヤ」。
ジーリー傘下で登場した「ロータス エヴァイヤ」。

2017年にロータスは中国のジーリー・ホールディング・グループ(吉利汽車)傘下に入る。2019年に初のEV「エヴァイヤ」を発表すると、エンブレムにも変更が加えられる。これまでと構成要素や色は同じだが、チャップマンのイニシャルや「LOTUS」の文字がシンプルな書体に変わった。全体のイメージも、これまでの立体的なデザインから平面的な表現になった。

ロゴを2Dにするのは世界的な傾向で、BMWや傘下のMINI、フォルクスワーゲン、日産など多くのブランドロゴが二次元的なデザインに変更されている。影やグラデーションで立体感を表現したデザインよりも、スマートフォンなどの小さな画面で認識しやすいためだ。ロータスのアイデンティティを大切にしながらも、時代の変化に対応した進化と言えそうだ。

“ブリティッシュグリーン”との決別で世界へ?

時代に合わせてエンブレムのデザインも微修正が加えられたが、チャップマンのレガシーは残されているようだ。
時代に合わせてエンブレムのデザインも微修正が加えられたが、チャップマンのレガシーは残されているようだ。

ただ1点、チャップマン時代の伝統が失われたことがある。「A・C・B・C」の文字が消えた時代も途絶えることのなかった緑、ブリティッシュレーシンググリーンが2022年から黒に変更されている。モータースポーツファンには、ロータスの名はF1などのレースシーンでも印象が強いだろう。1960年代に伝説の天才ドライバー、ジム・クラークを擁して世界チャンピオンを獲得。1970年代後半にはグランドエフェクトカー※を発明して当時のF1界を席巻した。

チャップマンのクルマづくりがモータースポーツ車両の開発から始まったこともあり、ル・マン24時間やインディ500でも活躍。エンブレムは黄色に加えて常にブリティッシュレーシンググリーンが使用されてきた。これが、2022年に黒に変更されて現在に至る。緑に比べると洗練され締まった印象を受けるが、ロータスのレガシーを考えると少し寂しい気がするファンもいるのではないだろうか。

とはいえ、蓮をモチーフにした(と言われている)おにぎり型と、「アンソニー・コーリン・ブルース・チャップマン」の頭文字によって、彼のクルマづくりに対する哲学を維持する意志は感じられる。「緑=イギリス」にとらわれず、グローバルな視点をもったロータスへの進化の表れだと考えれば、納得できるエンブレムの変更と言えそうだ。

※ウイングカーやベンチュリーカーとも呼ばれ、車体の下を流れる空気を利用してダウンフォースを発生する構造。

PHOTO/Lotus Cars

最後のアルピナ製モデルとなる「BMW アルピナ B8 GT」のエクステリア。

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著者プロフィール

石川 徹 近影

石川 徹

PRエージェンシーやエンジニアリング会社、自動車メーカー広報部を経てフリーランスに。”文系目線”でモビ…