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Aston Martin DBX707
「猫も杓子もSUV」な時代だけれど
世界の名だたるスポーツカーメーカーやプレミアムメーカーが、それまでは見向きもしなかったSUVをシレッとショールームに並べる状況が2022年のいまでも続いていて、「プライドや伝統やヘリテージとかは関係ないのかね?」と辟易としている人も少なくないだろう。自分だってロールス・ロイスやベントレー、ランボルギーニまでもが誇らしげに自社のSUVをアピールする様を冷めた目で見ていたひとりであった。そんなモヤモヤした雲に覆われた気持ちに光が差し込んだのは、アストンマーティン DBXに初めて試乗したときのことだった。
端的に言えば、彼らはDBXがSUVとしてどうあるべきかよりも、アストンマーティンとしてどうあるべきかにこだわって開発してきた。そんなメッセージがDBXを運転している最中のさまざまな動きや挙動から伝わってきたのである。それはサスペンションのセッティングであったりエンジンの特性だったりATのシフトプログラムであったり各種電子デバイスの介入方法であったりと細部に至り、いずれも「アストンマーティンだったらこうするだろうな」とこちらが抱く期待通りのものだった。
まるでSUVの皮を被ったDB11のようだ
ボディが大きくなって重量が増えて重心が上がりホイールベースが伸び、タイヤとホイールも大きくなってばね下が重くなって、2ドアのアストンマーティンと比べると設計要件がどんどん理想から離れていってしまうところを、ひとつひとつ丁寧に対処してネガを潰し、結果として「SUVの格好をしたDB11」みたいなところまで持っていったのである。
そこそこ売れて収益にも貢献するからというビジネスライクな商品企画や、既存のプラットフォームを流用して大きなタイヤを履かせただけのお手軽開発ではなく、アストンマーティンのまったく新しいモデルとしてイチから積み上げ、それがたまたまSUVだっただけと言わんばかりの完成度にいたく感銘を受けたのだった
最高出力707ps/最大トルク900Nmを発揮
そのDBXに新たに追加されたのが“DBX707”である。初めてそのニュースを見たのは寝起きでぼんやりスマホを眺めていた時だったので、“707”が“007”に見えてしまい、“ボンドカーかなんかの特別仕様車か”と早とちりした。“707”とはエンジンの最高出力の数値で、アストン・マーティン曰く“The world’s most powerful luxury SUV”だそうである。そのエンジン、基本的にはノーマルのDBXと同じ4.0リッターのV8ツインターボで、AMGから供給を受けてアストンマーティンが改良を施したユニットである。
このターボを大型化し制御プログラムを刷新することにより、これまでよりも+157ps/+200Nmを上乗せして707ps/900Nmを発生するに至った。トランスミッションも従来のトルコン付きATから湿式多板クラッチを使った9速ATに置き換えられている。これはAMGスピードシフトMCTと同型で、ブリッピング機能やシフトチェンジのレスポンスのよさが特徴であると共に、エンジンからの900Nmの入力にも耐えうる設計になっている。
強化エンジンの“伸びしろ”を最大限活かす改良
エンジンパワーを増強すると、当然のことながらエンジンの発熱量も増える。おそらく今回の場合だと20%前後はエンジンまわりの雰囲気温度が上昇するはず。だからしっかり冷やさなくてはならない。フロントグリルが大きくなり、左右の開口部の面積も増えているのはそのため(とブレーキの冷却)である。
せっかく絞り出したパワーとトルクは、なるべくロスを少なく4輪まで伝えたい。パワーロスの大きいトルクコンバータを止めたのもそれが理由だし、リヤに設置されているeデフも改良して最終減速比を3.07から3.27へ変更している。トランスミッションとeデフを繋ぐカーボン製プロペラシャフトも長さをわずかに短くして径を太くしたという。また、排気の抜けをよくするために70mm径のエキゾーストを新たに採用している。
停止状態から100km/hまでわずか3.3秒で加速
エンジンがいかんなくそのポテンシャルを発揮して4輪にしっかりとトラクションがかかれば、加速と速度に直接的にいい影響を及ぼす。実際、DBX707の0-100km/h加速は3.3秒、最高速度は310km/hと公表されている(ノーマルのDBXは4.5秒、291km/h)。ただこの数値も、パワートレインだけで導き出したものではない。DBX707のリヤの造形を見ても分かるように、フロントで受けた空気をいかに整流して後方へきれいに流すかを考慮したスポイラーやディフューザーを装着している。これらにより、高速域で優れたスタビリティと適度なダウンフォースを得ることに成功した。
そして、310km/hの最高速度を試すには310km/hから確実に制動できるブレーキシステムも必要となる。フロント420mm、リヤ390mmのディスクと6ピストンのキャリパーを装備するが、そのままだとばね下の重量が増加してしまうので、ディスクをカーボンセラミックとすることで、結果的には40.5kgもばね下重量を軽減している。
あえて味を変えないという慧眼
こうして出来上がったDBX707の操縦性や乗り心地は基本的にノーマルのDBXと大きく変わらない。というよりも、あえて変わらないようにしたのだと思う。エンジンがパワーアップしてもDBXとしての乗り味はキープすることで、商品の価値やイメージを大切にしている彼らの想いが伝わってくる。
もし、DBX707がやたらと向きを変えたがるナーバスな操縦性や、身体が細かく揺すられる乗り心地になっていたら、きっと少し興醒めしていたかもしれない。そもそもDBXの操縦性は、どこまでもドライバーの入力に対して正確かつ瞬時に反応するダイレクト感が魅力だった。そうするために、eデフやeARCと呼ばれるアクティブスタビライザーなどの電子デバイスが働いているのだけれど、介入の深さやタイミングがドライバーの運転リズムを絶対に邪魔しない、見事な塩梅なのである。
「スムーズで気持ちいい」を踏襲
フロントがダブルウィッシュボーン、リヤがマルチリンクで、電制ダンパーと空気ばねを組み合わせたエアサスペンションはノーマルと同一だが、作動パラメーターを707専用としたという。これは707独自の操縦性を作り出すことが目的ではなく、パワーアップにより想定される例えば加減速時のばね上のピッチ方向の動きの増加を抑え、DBX本来の操縦性を損なわないようなセッティングと見るべきだろう。
DBXは、コーナリング時のピッチからロール、そしてヨーが立ち上がるまでの過渡領域での繋がりが速度を問わず常に極めてスムーズですこぶる気持ちがいい。相対的な速度域がノーマルよりも上がっている707でもその部分に関しては同じテイストを引き継いでいる。
手の入れ方が玄人流
もちろん、707はノーマルと比べると圧倒的に速いのだけれど、それをことさらに意識させない。気が付くととんでもない速度になっている。そんな加速感である。ノーマルのDBXでもSUVにしては猛烈に速いが、とてもジェントルに速度を上げていくから危険な香りはいっさいしない。この部分に関しても、707は踏襲している。ターボを大型化して出力とトルクを大幅に増強したはずなのに荒々しさは感じられない。
こういうクルマはたいてい、4輪の接地感が高くタイヤにしっかりとトラクションがかかり、ばね上の動きがコントロールされている場合が多く、707はまさにそうなっている。前後の駆動力配分は通常は47:53、状況によって0:100まで可変するがドライバーにはほとんど分からない。これはつまり駆動力配分が常に最適である証だと思う。
ベースのモデルがあって、パワフルなパワートレインを搭載したモデルを追加する手法自体はどこのメーカーでもやっているよくある手法である。ただ、アストンマーティンの場合は、パワーアップに伴う手の入れ方が(前述のように)玄人流というか、クルマのことを本当に分かっているエンジニアが妥協せずに煮詰めていったんだろうなと思えて、そこにいたく感心し納得できるのである。「DBXだから、DBX707だからではなく、アストンマーティンはどのモデルでも同じように接しています」というエンジニアの言葉が妙に心に響いた。
REPORT/渡辺慎太郎(Shintaro WATANABE)
【SPECIFICATIONS】
アストンマーティン DBX707(欧州仕様)
ボディサイズ:全長5039 全幅1998 全高1680mm
ホイールベース:3060mm
車両重量:2245kg
地上高:190-235mm
エンジン:V型8気筒DOHCツインターボ
総排気量:3982cc
ボア×ストローク:83.0×92.0mm
圧縮比:8.6:1
最高出力:520kW(707ps)/6000rpm
最大トルク:900Nm/2600–4500rpm
トランスミッション:9速AT
駆動方式:AWD
サスペンション形式:前ダブルウィッシュボーン 後マルチリンク
ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク
ディスク径:前420 後390mm
タイヤサイズ:前 285/40YR22 後325/35YR22(ピレリ Pゼロ)
最高速度:310km/h
0-100km/h加速:3.3秒
【問い合わせ】
アストンマーティン ジャパン
TEL 03-5797-7281
【関連リンク】
・アストンマーティン 公式サイト
https://www.astonmartin.com/ja