1971年に登場した4代目「ダットサン・ブルーバードU(610型)」

日産(ダットサン)「ブルーバード」は1959年に登場し、2001年までに10世代が生産された日本を代表する中型セダンである。その中でも特にファンの記憶に残っているのが、1971年に登場した4代目「ダットサン・ブルーバードU(610型)」だ。

「U」はUser-oriented(ユーザー志向)の略で、当時の日産が掲げた新しいマーケティングコンセプトを意味していた。

この610型の中でも、ハードトップやクーペを中心としたスポーティグレード(SSS系・2000GTなど)の鋭いフロントマスクがサメのようだと話題になり、愛好家の間で「サメブル(サメのブルーバード)」と呼ばれるようになった。

つまり、サメブルの呼称は610型全体を指すこともあるが、特にクーペ系グレードのデザインを象徴する通称なのである。

サメブルが登場した1970年代初頭の日本社会

1971年当時、日本は高度経済成長の真っただ中だった。モータリゼーションが進み、「一家に一台」のマイカー時代が到来。トヨタ「カローラ」、日産「サニー」、マツダ「ファミリア」といった国民車が街を走り、車は単なる移動手段ではなくライフスタイルの象徴として位置づけられ始めていた。

デザインのトレンドも急速に変化していた。戦後の丸みを帯びたフォルムから脱却し、直線的で力強いラインを持つ“ワイド&ロー”デザインが世界的に流行していた。

アメリカ車の影響を受けた「ロングノーズ・ショートデッキ」スタイルが人気を集め、ブルーバードU(610型)もその流れをいち早く取り入れた。

この変化は単なるデザイン刷新ではなく、当時の日本社会にあった「未来志向」「スピード感」「都会的カッコよさ」への憧れを象徴していたといえる。

スポーティでありながら上品さを狙ったデザイン

スポーティでありながら上品さを狙ったデザイン

610型ブルーバードUのデザインを手がけたのは、当時の日産スタイリング部門だ。「スポーティでありながら上品さを狙ったもので、そのために取り入れられたのが、流れるようなクーペラインと低いノーズ、そして後方にかけて引き締まるフォルムだった。

とりわけ人気を集めたのがハードトップクーペモデル。クーペらしい流線形のシルエットはアメリカンファストバックの影響を色濃く受けており、若者の間では「大人のスポーティカー」として憧れの的となった。

こうした造形こそが、サメが海面を滑るように走るという印象を与え、「サメブル」という呼称を生んだのだ。

時代の空気を切り裂くように登場した、カルチャーアイコン

1970年代初頭の日本は、経済だけでなく文化の面でも勢いに満ちていた。音楽ではグループサウンズからロック・ニューミュージック・フォークへと時代が移り変わり、テレビでは1972年に放送開始した『太陽にほえろ!』がスピード感と都会のクールさを象徴した。

ファッションではフレアパンツやワイドカラーが流行し、若者たちは「スマート」「モダン」といった価値観を追い求めていた。

そんな時代に登場したブルーバードUは、単なる車ではなく当時の日本人が憧れた未来を体現したデザインだったといえる。サメブルはまさに、時代の空気を切り裂くように登場した、カルチャーアイコンのひとつだった。

旧車ファンの心を掴み続けるサメブルの存在感

「サメブル」という愛称には、1970年代の日本の勢いと洗練が凝縮されている。その鋭く滑らかなデザインは、のちの国産スポーティセダンの礎となった。

610型以降、ブルーバードは810型、910型へと進化し、直系の系譜は2000年登場の「ブルーバード シルフィ」に継承される。

さらに、より上級志向のセダン市場では「ティアナ」がその役割を引き継ぎ、ブルーバードが象徴した上品で頼れる日産セダンの系譜を現代へとつないでいる。

サメブルは単なる通称ではなく、日本の高度成長期が生んだスピードとスタイルの象徴だ。時代を切り裂くように走ったその姿は、今なお旧車ファンの心を掴み続けている。