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これじゃあ『蒸れックス』だ
陸上自衛隊員が日常訓練や作業時に履くブーツは「半長靴(はんちょうか)」と呼ばれる。
半長靴とは、脛の中間あたりまでを覆う長さのブーツのことで、諸外国軍などではコンバットブーツと呼ばれているもの。
個人用装備として支給されるもので、戦闘服または作業服を着用している場合にはセットで必ず履くものだ。
その昔の自衛隊の半長靴に使われた革は固く、足に馴染むまで長期間かかり、靴擦れやマメなどの発生に悩まされたという話を聞くことは多かった。靴としてのデキはあまり良くなかったと思われる。
そして1990年ごろ待望の新型半長靴が登場した。「半長靴Ⅱ型」と呼ばれる透湿防水フィルムを仕込んだ布地を内装に使用したものだ。
透湿防水フィルムとは内側の湿気(水蒸気)を逃がし、雨水を通さない多孔質薄膜素材のこと。この機能を持つ素材で有名なものには「ゴアテックス」がある。この透湿防水素材を内蔵したことにより防水で蒸れず、足への馴染みも早い優れたブーツだと期待された。
しかし、半長靴Ⅱ型の支給が始まると隊員たちから「いや、蒸れる」との声があがり始めた。防水で蒸れない性能を謳った新型ブーツは、残念なことに旧型よりも快適性で劣ったものであった。
「ゴアテックスならぬ、これじゃあ『蒸れックス』ですよ」と苦笑しながら話してくれた隊員を筆者は気の毒に思った。蒸れるブーツは大問題だ。
陸自隊員らは演習などの連続状況になり長期間履きっぱなしになることも多い。蒸れるぐらいで……と思うのは早計、そうした状況下で蒸れるブーツを履き続けると「水虫」など足の皮膚疾患を誘発する。水虫は悪化させると歩行困難な状態にもなるから厄介だという。
たとえば歩けなくなった隊員が多数出れば、部隊行動に支障をきたし、全体の戦力低下につながる。
そうならないよう、長期演習や長距離の行進訓練などでは休憩のたびに靴下を替えたり、足のケアを適切に行なう優秀な隊員が多いが、それ以前に、足を守るはずのブーツが蒸れてしまうのでは気の毒すぎる。
では、なぜ蒸れるのか? 先の『蒸れックス』と苦笑した隊員によるとふたつの理由が推測できるという。
ひとつは、透湿防水フィルムを表裏逆に貼ったのでは? というもの。もうひとつはフィルム全面を布地に接着させたことで、通気性が根こそぎ失われたのでは? というもの。
このどちらかなのか、どちらもなのか、別の理由があるのかは定かではないのだが、この推測どおりだとすれば身もフタもない話である。
蒸れるブーツに悩んだ末、支給品より高性能な透湿防水ブーツを自費で購入し日常使いする隊員も現れた。会社支給の装備がポンコツなので自腹でより良いモノを調達して使う……こうしたことは我々にも思い当たることだが、考えてみれば本末転倒だ。
そして自衛隊にはこうした物事が多い。戦闘機や戦車、護衛艦など正面装備の充実に注力して何十年、個人装備方面は旧態依然としたままであることが多かった。
防衛費の増額・増税に関心が集まる現在だが、増額・増税ありきではなく、たとえば怪しいNPOへの不可解なカネの流れなど無駄遣いの停止・精査を優先するべきだ。そして本当に必要なところへ充てる方が全体で幸福になるはず。
さて、話を蒸れるブーツに戻そう。
透湿防水性能を謳った半長靴Ⅱ型は問題視され、登場して数年で改良が加えられた。しかし、蒸れ問題の改善は捗々しくなく、それからも数度の改良が施されたという。そして現行モデルは「半長靴Ⅲ型」となっているはずだが、それでも蒸れ問題を解決できていないと聞く。
開発・改良の過程で透湿性や通気性・防水性などは数値として計測され、対策されていると思うのだが、人間が身につけるものは難しいということなのだろうか。