「EU、35年にガソリン車販売禁止 50年排出ゼロへ」包括案はまだ決まっていない

「ICE(内燃エンジン)車禁止」? いや、それは決定ではなく、まだ草案の段階です

欧州連合(EU)の欧州委員会(European Comission)は7月14日、温暖化ガスの大幅削減に向けた包括案を公表した。
EU(欧州連合)の行政府であるEU委員会は、2035年にICE(内燃エンジン)搭載車の販売を事実上禁止する規制案を7月14日発表した。これを受けてわが国の新聞やテレビは「ヨーロッパでエンジン車販売禁止が発表された」と報じた。せめてもう少し正確に伝えてほしい。これはまだ「規制案」であり、これから議論され、委員会などでの採決を経て初めて法的拘束力を持つようになる、と。筆者は、少なくとも決定までに2年はかかると予想する。議論も紛糾するだろう。おそらく、反対するのはドイツとフランスだ。
TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)PHOTO◎ European Commission

これまでにも日本の新聞とテレビは誤報を繰り返してきた。ICE車禁止問題について言えば、最初は2017年7月の、エマニュエル・マクロン仏大統領による「2040年までにガソリン車とディーゼル車の販売を終了することを目指している」との発言だった。サミット直前だったため、この件はあたかも「決まっている」かのうように伝えられた。いくら大統領でも、こんな大事なことはひとりでは決められない。

英国がこのマクロン発言に同調する姿勢を見せると「英も追随」と報道された。べつにテリーザ・メイ首相(当時)が「法制化を検討する」とい語ったわけでもないのに、反応だけは素早かった。メイ首相の跡を継いだボリス・ジョンソン首相がこの件を口にしたとき、英・ガーディアン紙は「私は、ただそう言っただけ」とフォローしたが、日本のメディアはそこを報じなかった。

今回のEU委の「草案」は、これからEU委員会とEU議会で議論される。

今回のEU委の「草案」は、これからEU委員会とEU議会で議論される。EUでの過去の立法化スケジュールを少し調べてみれば、1年半から2年以上かかる例は少なくない。産業構造を変えるインパクトのあるこの規制案なら、確実に2年以上かかるだろう。

欧州自動車工業会(ACEA)はすぐに、オリバー・ツィプセ(Oliver Zipse)会長(BMWグループのCEO)名でコメントを出した。「すべてのEU機関に対し、特定の技術を義務付けたり禁止したりするのではなく、イノベーションに焦点を当てるよう要請する」「この提案を実現するには、短期間にBEV(バッテリー・エレクトリック・ビークル)を大量普及させる必要があり、EU加盟国とすべての関係部門を含むすべての利害関係者による膨大な努力が必要だ」と。

日本でも昨年、これを似た出来事があった。菅首相が突然のように「カーボンニュートラル(炭素均衡=新規に排出される二酸化炭素がないこと)を言い出した直後に、日本自動車工業会(JAMA)の豊田章男会長がコメントを発した。以下に要約する。

「菅総理の言うカーボンニュートラル2050は、国家のエネルギー政策の大変化なしにはなかなか達成は難しいという点をご理解いただきたい。日本では火力発電が約77%、再エネ(再生エネルギー)および原子力が23%だが、ドイツは火力6割弱、再エネと原子炉47%、フランスは原子力中心だが89%が再エネ&原子力であり火力は11%にとどまる」

「あえて言うが、日本で販売される乗用車400万台をすべてEV化したらどういう状況になるかを試算した。夏場の電力ピーク時には発電能力を10~15%増やさなければならない。原発でプラス10基、火力発電であればプラス20基必要な電力規模だ。また、保有自動車のすべてをEV化した場合、充電インフラへの投資コストは約14兆円から37兆円になる。個人住宅の充電機増設は約10〜20万円、集合住宅では50〜150万円、急速充電器の場合は平均600万円かかる」

ACEAの主張もJAMAと同じだ。ただし規制内容がICE車販売禁止なので「mandating, or effectively banning, a specific technology」という表現を使った。「特定の技術を禁止したり、義務付けしたりではなく」である。同時にICEについては「再生可能燃料を使えばICE車はカーボンニュートラルであり、BEVも再エネ発電で充電されればカーボンニュートラルになる」と釘を刺した。

フォン・デア・ライエン委員会は、「化石燃料に依存する経済は限界に達した」と述べた。「We know, for example, that our current fossil fuel economy has reached its limits. And we know that we have to move on to a new model – one that is powered by innovation, that has clean energy, that is moving towards a circular economy」

本件はEU委員会(フォン・デア・ライエン委員会)だけでは決まらない。最終的には751人の議員を抱えるEU議会に諮られるはずだ。つまり議員の勢力図が採決を左右する。VW(フォルクスワーゲン)による2015年9月のディーゼルスキャンダル以降、EU議会では緑の党が勢力を伸ばした。選挙で落ちないようにするためにはICE車を悪者にするのが一番であり、このムードはドイツだけでなくEU内の「政治の空気」を一時期支配した。しかし、ICE車禁止が生活に直結した問題になる労働人口は、どの国にも多い。なかでもドイツとフランスである。

水素を燃料に使うICEや大気中のCO2を再エネ発電で得た水素と反応させる合成燃料「e-Fuel」の研究はドイツやオーストリアで盛んだ。ICE車禁止というEU委員会案は、こうしたカーボンニュートラル燃料を否定するものであり、反発が予想される。ポーランドなど旧東欧圏諸国は、BEV推進によるEUの経済支援と産業補助金に期待している。ポルトガルはリチウム鉱山開発に対して支払われるEUの補助金に期待している。思惑はそれぞれだ。

2019年12月、欧州委員会の委員長に就任したウルズラ・ゲルトルート・フォン・デア・ライエン女史は、元ドイツ国防相である。就任演説の中では「ふたたび強い欧州を」と鼓舞し、「アメリカの巨大なIT企業や中国の製造業に対抗できるだけの競争力を政治主導で獲得する」と宣言した。同時に、それまでは「政府による補助金が公正な競争を邪魔する」と主張してきた特定業界への補助金交付を大々的に打ち出した。バッテリー(蓄電池)業界への補助金である。

EUが描くシナリオは、EU域内での自動車産業完結であり、車両もバッテリーも域内で生産するように、さまざまな規制を使って誘導するだろうと筆者は考える。CO2うんぬんは、これを実現するための手段に過ぎない。要は「繁栄」が欲しい。その繁栄を「政治主導で獲得する」とフォン・デア・ライエン委員長は就任演説で宣言した。この目標に向かってEU内の企業とファンドは一斉に動き出した。これがICE車禁止を目論む背景である。

フォン・デア・ライエンEU委員長は、委員長選挙では383対327票という接戦で地位を獲得した。EUといえども、一糸乱れぬ一致団結ではない。そこをまとめるには繁栄への目標がいる。CO2も政治だということを、心の片隅にお留め置きいただきたい。

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…