軽自動車の開発は寸法制約との戦いでもある。1998年10月の規格改定以降、全長は3400mm以下、全幅は1480mm以下に収める決まりだ。カタログ表記では全長3395mm、全幅1475mmとなる。軽自動車の全長と全幅はほぼ同一で、どんなカタチをしていても道路専有面積は変わらない。異なるのは高さだけだ。
全高は2000mm以下にすることが定められているが、目一杯使うクルマはない。高さを生かして開発し、ヒットを飛ばしたのが、1993年に発売されたスズキ・ワゴンRだ。全長3300mm以下、全幅1400mm以下の規格だった時代に、「乗用車ベースのワンボックスカー」をコンセプトに開発された。全高は1500mm以下が主流だった時代に、1650mm級の全高で登場。ハイトワゴンのブームを作った。
その後、高さ方向の拡大が続き、スーパーハイトワゴンと呼ばれるジャンルが登場した。スズキのラインアップでは、スペーシアがこれに相当する。全高は1785mmだ。ダイハツではタント、ホンダではN-BOXが同じジャンルに含まれ、いずれも販売台数の上位を占めている。背が高くて室内スペースに余裕があるのが、スーパーハイトワゴンが支持される要因だが、理由はそれだけではない。
スライドドアだ。スズキは「後席の乗り降りがしやすく、荷物の出し入れもしやすいスライドドア車は、利便性の高さから多くのお客様に選ばれ、近年では軽自動車販売の半数以上がスライドドア車」と説明する。全軽自協データに基づくスズキ調べによると、2012年に35.3%だった軽乗用車全体に占めるスライドドア車の比率は、2016年に43.0%、2020年には52.3%に増えている。軽ワゴン購入意向者のうち、スライドドアを希望する割合は全体で40%超、女性に限れば50%に達するとのデータもある(2017年スズキ調べ)。
さらに、スーパーハイトワゴンほどの高さは要らないとの声も、スズキは感じ取っていた。こうした状況を背景にスズキは、「高いデザイン性とスライドドアの使い勝手を融合させた、新しい軽ワゴン」を開発した。それが、ワゴンRスマイルだ。ヒンジドアで全高1650mmのワゴンRに対し、ワゴンRスマイルは両側後席スライドドアで、全高は1695mmとした。スライドドアなのは同じだが、全高1785mmのスペーシアより90mm低い。無駄に高くない、ちょうどいい高さを選択したことになる。
全長と全幅を使い切って室内スペースを確保しようとすると、角張ったデザインになりがちだ。といって丸みを帯びた処理を多用すると柔らかくなりすぎてしまう。ワゴンRスマイルは女性のパーソナルユースを第一のターゲットに据えているが、男性にも受け入れられたいと考えており、柔らかくなりすぎないように注意したという。ワゴンRやスペーシアと同様だが、ターボエンジンは設定せず、自然吸気エンジンのみの設定としたのは、街乗りが中心で、高速道路を使った遠出はあまりしない使い方を想定しているからだ。試乗時は1名乗車ではあったが、街乗り〜首都高速のドライブを通じて物足りなさを感じることはなかった。
エクステリアと同様にインテリアも丸みを帯びた処理が多用されており、雰囲気は柔らかい。インパネとドアトリムにステッチ風の模様を施し、革を手縫いしたような質感を表現している。よく観察すると、ドアの内張りはワンピースの樹脂成形品である。サイドウインドウ側のシボとステッチ、ステッチの内側にある織り模様は質感高く再現されており、安っぽさを微塵も感じさせない。軽自動車を作り慣れたスズキ(と協力企業)の技術力の高さを見せつけられる思いだ。
肘があたる部分の深いえぐり込みも上手に作り込んでいる。スズキは「小・少・軽・短・美」の基本方針を掲げてクルマづくりを行なっている。安く作って商品の競争力を確保するのが狙いだが、「美」をないがしろにしていないところがダシのように効いて、ユーザーの心をつかむのだろう。天井の内張りを単調にせず、キルティングのような処理にしたのも、インテリアを上質かつ柔らかいムードにするのに効果を発揮している。
有り体に言ってしまえば、ワゴンRスマイルはダイハツ・ムーブ・キャンバスを意識して開発されたクルマだ。ムーブ・キャンバスのウリのひとつは後席の下に引き出し収納を備えていること。スライドドアを開けてこのボックス状の収納に買い物袋などの不安定な荷物を載せると、走行中に倒れる心配が薄れる。
「ワゴンRスマイルには付いてないんですよね」とスズキの広報部員に水を向ければ、「荷物ならここに置けますよ」と助手席のヒンジドアを開け、座面を引っ張り上げた。そこにはシートアンダーボックスがあり、買い物袋に限らず、手持ちのバッグを置いておくのに便利だ。助手席の座面に載せておくより安定する。
幼少期をミニバンで過ごした人たちはスライドドアに抵抗がなく、というよりスライドドアに慣れており、それがスライドドアの支持を集める一因にもなっているという。そうした経験や意識がない人たちにとっても、スライドドアの使い勝手がいいのは確かだ。後席への荷物の出し入れがしやすいし、乗り降りも楽だ。後席にアクセスした後で前席に乗り込むようなケースでは、ヒンジドアに比べて導線がスムーズである。後席をテレワークのスペースとして使うにあたっても(必要に迫られて、使ってみた)、広い空間とアクセスのしやすさは便利だと感じた。
スズキとしてはソコを狙ったのだろうが、「こんなクルマがあったらいいなぁ」というユーザーの要望を具現化したのが、ワゴンRスマイルである。実用一辺倒に走らず適度に柔らかなイメージを漂わせ、充分に広く(そして、無駄に天井が高くなく)、とくに後席の使い勝手がいい。マルチに活用できそうな軽自動車である。
スズキ・ワゴンRスマイル Hybird X 全長×全幅×全高:3395mm×1475mm×1695mm ホイールベース:2185mm 車重:870kg サスペンション:Fマクファーソンストラット式/R トーションビーム式 駆動方式:FF エンジン 形式:直列3気筒DOHC 型式:R06D型 排気量:657cc ボア×ストローク:61.5mm×73.8mm 圧縮比:12.0 最高出力:49ps(36kW)/6500pm 最大トルク:58Nm/5000rpm 燃料供給:PFI 燃料:レギュラー 燃料タンク:27ℓ モーター 直流同期モーター(2.6ps/40Nm) トランスミッション:CVT WLTCモード燃費:25.1km/ℓ 市街地モード 22.6km/ℓ 郊外モード 26.2km/ℓ 高速道路モード 25.7km/ℓ 車両価格○159万2800円