「天使のサイクル」「本当にそれって必要なんですか?」の鈴木社長の言葉には肯かされた【スズキの技術戦略】

スズキは2024年7月17日に技術戦略説明会を行ない、「10年先を見据えた技術戦略」を発表した。10年先を見据えて技術をどうするのかというと、2050年カーボンニュートラルに向けて「エネルギーを極少化させる」ために活用するという。スズキならでは技術戦略、鈴木俊宏社長は、何をどう語ったか?
TEXT:世良耕太(SERA Kota)

「天使のサイクルを作り出します」

鈴木俊宏・代表取締役社長

鈴木俊宏・代表取締役社長は次のように説明した。

「排出するCO₂が少なければ、取り返す量が少なくて済みます。スズキは小・少・軽・短・美の理念に基づき、使うエネルギーを極少化して、出すCO₂を極限まで小さくします。これが、私たちの考える技術哲学です」

スズキの社是でもある「少・小・軽・短・美」
スズキの技術戦略

エネルギー極少化を実現する手段のひとつが、軽量化だ。スズキは伝統的に、小さくて軽いクルマを作ってきた。例えば車重が200kg軽いと、そのぶん材料は少なくて済むため、製造時のエネルギーは約20%少なくて済む。また、軽いので、走行に必要なエネルギーは6%少なくて済む。製造に必要なエネルギーも、走行に必要なエネルギーも小さくて済み、CO₂排出量の低減につながる。さらに、軽いクルマは道路や埋設された水道管・ガス管などへのダメージも小さくでき、インフラ整備のためのエネルギーも少なくて済む。

「軽いということは、さまざまな良いことにつながる天使のサイクルを作り出します」と、鈴木社長は話した。

乗用車の業界平均とスズキ平均の車重比較(販売加重平均)
日本:国土交通省の「自動車燃費一覧令和6年3月」に掲載された前ガソリン乗用車(普通・小型・軽)の車両重量の中間値の平均
欧州:2022年のCO₂規制の認可値を基に算出
インド:2023年インド政府公表値(2021年度)を基に算出
今回の技術戦略では軽量化を加速させて7世代前に相当する大幅な軽量化を目指すという。

再加速させる軽量化の代表として引き合いに出したのが、スズキを代表する軽自動車のアルトだ。初代が1979年に発売されたときの車両重量は545kgだった。ところが、安全・快適装備の充実化や法規対応など、時代の要請に応じるうち、代を重ねるごとに重くなっていった。2009年に発売された7代目アルトの車重は740kgだった。

原点回帰し、全社を挙げた軽量化プロジェクトにより大幅な軽量化を果たしたのが2014年に発売された8代目アルトで、車重は620kgだった。120kgもの軽量化を果たしたことになる。しかし2021年発売の9代目に揺り戻しがあり、車重は680kgになった。

「今回の技術戦略では軽量化を再加速させて、7世代前(1988年発売の3代目)に相当する大幅な軽量化を目指し、開発を進めていきます」と、鈴木社長は言った。社長の後を受けて壇上に上がった加藤勝弘・取締役専務役員は技術統括の立場で、「今後はさらなる10年を見据え、もう一段の軽量化、100kgに挑戦します」と話した。

9代目アルトから単純に100kg引くと車重は580kgになる。軽量化の大号令を掛けたのは当然、鈴木俊宏社長で、「600kg切れないか」と提案したのだという。「100kgくらいを目標にしないと、600kgは切れないと思い」との思いからの号令だった。

質疑応答での鈴木社長は「鈴木節」全開で淀みなく応えていた。

プレゼンテーションでは用意された原稿を読み上げるだけだったが、質疑応答での鈴木社長は前段とは異なり、鈴木節全開だった。鈴木修相談役の現役時代を彷彿とさせるほどに。

初代アルトは鈴木修相談役が社長になって初めて発売するクルマだった。気合いの入りようは半端ではなく、「エンジンを取ってしまえばいい」と開発陣に提案した。軽自動車が売れなくなっている時代にありきたりの商品を開発しても仕方ない。だから修相談役は当時、できないことを承知でそう言ったのである。「タイヤを外せ」「シートはなくてもいい」とも言ったという。徹底的なコストダウンを図るためには、商品企画を一から見直す必要があったからだ。

初代アルトは当時の軽自動車の相場より大幅に軽い545kgに仕上がった。インパネを樹脂一体成形にしたり、計器類をオプションにしたり、後席シートバックを合板にしたり、さまざまな策によってコスト削減を図った。軽くすれば、材料費が少なくて済み、コストダウンにつながる。こうして47万円という当時としては衝撃的な価格でデビューを果たし、ヒットした。

「時代とともに贅沢に高価になってきた自動車。本当にそれって必要なんですか」

鈴木俊宏社長は100kgの軽量化にあたり、自身の思いを吐露した。

「クルマも非常に豪華になってきました。そんななかで、クルマに要求されるものをもう1回考え直してもいいんじゃないかと思っています。樹脂部品(樹脂トリム)は取れないのかと。100kg(の軽量化が)できなきゃバッテリー取ってもいいと思っています」

修相談役が初代アルトの開発陣に「エンジンを取ってしまえばいい」と言ったように、俊宏社長も本気で「バッテリー取ってもいい」とは思っていない(に違いない)。10代目にあたる次期アルトが600kg以下の車重を実現するには、それくらいの思い切りが必要だと発破を掛けているのである。

「(クルマは)時代とともに贅沢になってきて、非常に高価になってきています。本当にそれって必要なんですかと。安全装置のスイッチってどうですか? みなさん、触ります? 僕はスイッチ屋さんに儲けさせているだけじゃないかと思っているんですよ。それだけ触らない。最初に設定したらそのままでいいよねと。

リヤワイパーって、うちの役員に向かって、お前ら使っているのかと。雨の日に動かしているのなんか見たことないよと。本当に必要なもの、あるいは移動に必要なものを見直していくと。樹脂トリムを取っちゃえと言いましたけど、ボロ隠しのためにトリムを使っているんじゃないの?と。鉄板で美しいものができれば着飾る必要ないよねと。

クルマの使い方ひとつひとつみなさんにも考えていただきながら、僕らもどんどん提案していきます。例えば、通勤に使っているクルマを見ていると、ウチの社員だって1日20km走っていない。通勤してきて8時間会社の駐車場に止まっている。で、帰っていく。そのときにガソリン車を満タンにすると400km、500km走れます。(電気自動車で)それと同じ性能が欲しいです、というのは短絡的すぎるかなと。

普段使いは必要最小限のクルマでいいんじゃないのと。クルマじゃなくてもいいかもしれない。モビリティでいいよねと。というようなことも含めて、しっかり対話しないといけない。僕は小・少・軽・短・美はユーザーの負担にはならない。むしろ軽減の方向に行くんじゃないかと思って、日々仕事をしています」

省略した箇所もあるが、鈴木俊宏社長は、おおむね以上のような内容を一気にまくし立てた。用意された原稿を読み上げるのではなく、自分の言葉で。

加藤・取締役専務役員は軽量化の具体例として、次のような話をした。

「ボルト1本、5mm余分に飛び出していたらほんのちょっと重い。(そのぶん)材料の値段も上がる。(ボルトを)回している時間が長いから、組み立ての値段も上がる。そういうことも含めて、軽量化を全体に対してやります。小さな積み重ねをやってきます。1部品1グラムやれば、10万部品で100kg。そんな気持ちでやっていきます」

並行して、構造の合理化も進めていく。例えば、以前はマフラーが車体下左右の真ん中を通り、他の部品がマフラーを避けるように設計していた。関係する部署がお互いに譲り合い、一から検討し直し、サスペンションフレームを真っ直ぐにして、マフラーがフレームを逃げる構造にした。このほうが剛性は高く、軽量で、走りも良くなった。

“全社団結”による合理的な設計によって、100kgの軽量化を推し進めていく。スズキには、四輪パワートレイン技術、四輪電動車技術、四輪電気電子技術、四輪車両技術、技術戦略、法規・認証の各本部があるが、このうち四輪車両技術の本部長が軽量化について全権限を握り、機能を統合し、全体最適を図りながら軽量化を進めていくという。

100kgの軽量化を実現するのは、2030年がひとつの目安だという。衝突安全の基準はどんどん厳しくなるし、先進運転支援システムは入れていかなければならない。そのため、コストは上がる方向だ。「価格は競合車と同じレベルでないとだめだと思っているので、そのレベルでどれだけ軽量化のアイテムを入れられるか。例えば、ドアは5枚ではなく、昔にように3枚にすることもあるかもしれない」と、技術者のひとりは語った。

日常使いの軽自動車に、本当に必要な機能は何か──。鈴木俊宏社長の身の入った話を聞き、実際にアイデアを出し、手を動かす技術者の話を伺っていると、次期アルト、「本当に600kg切ってくるんだろうな」と予感させる。それも、「そう来たか」と思わせる内容で。もちろん、軽量化はあくまでも手段で、目的ではない。鈴木俊宏社長はこんなことも言った。

「出たときに、『こんなのが欲しかったんだ』と言われるクルマを出したいと思っています」

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著者プロフィール

世良耕太 近影

世良耕太

1967年東京生まれ。早稲田大学卒業後、出版社に勤務。編集者・ライターとして自動車、技術、F1をはじめと…