ヤマハ「Y-AMT」の自動変速で本当に速く走れるのか!? サーキット試乗レポート

ヤマハのMT-09に搭載された、「Y-AMT」はマニュアルトランスミッションのシフト機構やクラッチ構造、さらにはエンジン内部の構造に大きく手を加えることなく、左手のレバー操作だけでシフトチェンジを完結させる構造だ。サーキットでの試乗を通してその実力に迫る。

TEXT :西村直人(NISHIMURA Naoto)  PHOTO:山田俊輔(YAMADA Shunsuke)/小林和久(KOBAYASHI Kazuhisa)

Y-AMTはサーキットでも安全に速く走れる?

晴天、外気温33度。残暑厳しい「袖ケ浦フォレストレースウェイ」(千葉県袖ケ浦市)の最終コーナーを3速全開で立ち上がる。短めのストレートではレッドゾーン直前までひっぱり4速、5速へ。ほどなくしてフルブレーキング、そして4速、3速へのシフトダウン。姿勢を整えスロットルをあてがいながら1コーナーへ進入する。

慣れ親しんだコースとはいえ、直列3気筒888cc/120PS/9.5kgf・m/車両重量196kgのスポーツバイクだ。高めの路面温度から周回数が10周を超えた頃からフルブレーキングでは後輪がむずむずと動き出す。

そんな場面でも「CFアルミダイキャストフレーム」によって車体の捩れはほとんどないし、適切なニーグリップを心掛ければ車体は高い安定感を維持する。2024年モデルの「MT-09シリーズ」ではフロント荷重を増やし接地感を高めるため、若干ハンドル位置を下げて、ステップ位置を後方/上方へと移動した。その効果もあり車体の抑えが効きやすい。が、ハイスピードコーナリングでは丁寧なブレーキング操作やライディング姿勢が求められることに変わりはない。

ヤマハ・MT-09 Y-AMT

わかりやすく緊張感を伴う場面だが、「Y-AMT」を搭載した「MT-09 Y-AMT」はこの上なく正確なオートブリッピング機構(シフトダウン時の自動的なエンジン回転アップ)に支えられ車両挙動を一切乱すことなくシフトダウンを終える。よってライダーは迫り来るコーナーだけでなく、クリッピングポイントからその先の走行ラインにいたるまで平常心のまま目線(と頭)を向けることができる。また、これが本番のレースなら自車周囲のマシン挙動へも意識を振り分けられる。安全に、速く……。これがY-AMTの姿だ。

ヤマハ「Y-AMT」クラッチ操作不要! 0.1秒で変速のメカニズム解説

ヤマハのMT-09に搭載された、「Y-AMT」はマニュアルトランスミッションのシフト機構やクラッチ構造、さらにはエンジン内部の構造に大きく手を加えることなく、左手のレバー操作だけでシフトチェンジを完結させる構造だ。その仕組や歴史について迫ってみよう。 TEXT :西村直人(NISHIMURA Naoto)  PHOTO:山田俊輔(YAMADA Shunsuke)/小林 和久(KOBAYASHI Kazuhisa)

ATモードの制御も優秀

筆者は16歳からバイクに乗り始め、過去には125ccクラスでアマチュアレースにも参戦していた。現在もサーキット走行用として2010年式ホンダ「CBR1000RR ABS」に乗るが、最近はもっぱらもう一台の愛車である2014年式ホンダ「VFR1200X DCT」に乗り、各地で行われる取材地への移動、年に数回の長距離ツーリングを楽しんでいる。
MT-09 Y-AMTのメディア試乗会がなぜサーキットで行われたのかといえば、Y-AMTの搭載技術やその使い勝手を左右するHMIについて日常走行から限界走行まで、幅広い領域で安全に体感するためだ。

冒頭の走行シーンはATモードのDレンジ、D+レンジ(詳細は後述)での相違を体感した後の、いわば解き放たれた“本領発揮MTモード”での一コマだ。それにしても、筆者命名「ひとさし指シフト」は見ると乗るとでは大違い。

人差し指で手前に引く、前方に弾く。の動作でシフトチェンジできる。シフトレバーは無い。筆者は「ひとさし指シフト」と命名。

秀逸なのは高い減速度を伴う際のシフトダウン操作で、ハンドルを握る左手の力と、両足でタンクを挟み込むニーグリップにまったく影響を与えずに、思った瞬間、電光石火のシフトダウンが行えること。レーシンググローブでこの優れた操作性だから、厚手のウインターグローブでも操作性は保たれるだろうし、薄手のグローブならば人機一体感がさらに高まるだろう。

前回のメカニズム編でもお伝えした通り、自動変速機構であるY-AMTはクラッチレバーやシフトペダルがない。ATモードではスロットル操作とブレーキ操作を行えば、エンストからの立ちゴケを心配することなくスルスルと走らせることができる。加えて現在の免許制度では、AT限定大型二輪免許があれば運転可能だ。ただ、こうした利便性はY-AMTの一面に過ぎない。このことが今回のサーキット試乗で手に取るように理解できた。

ATモードでは低速走行でもギクシャクすることなく自然にギアが繋がる。

二輪車に乗る機会のない読者からすれば、「四輪車なんて、すごく前から多段式のスポーツATがあったし、最近じゃ世界各国のスポーツモデルはほぼATで、しかも速い。二輪車は遅れてるのかな……」と思われるかもしれない。確かに、日本を走る四輪車のAT比率が90%を超えて20年以上が経過するし、二輪車のATは四輪車の普及率からすれば未だ非常に低い。

しかし、AT二輪車でDCT(デュアルトランスクラッチミッション)を搭載したバイク(ホンダVFR1200F DCT→VFR1200X DCT)を愛車とし14年以上、乗り続けるライダーの一人としてAT二輪車は乗り物としての奥深さを改めて世間に示したのではないかと考えている。

ヤマハのスポーツAT二輪車については、メカニズム編で解説した2006年に「FJR1300AS」に搭載された「YCC-S」が原点だ。今回試乗した2024年のMT-09 Y-AMTにいたる18年のなかで、ヤマハ独自のスポーツAT二輪車に関する知見は蓄積され、技術は大幅に昇華された。


Y-AMTの基本的な構成はMTだから、ATといえども加減速や走行フィールはMTそのもの。MTとの違いはクラッチレバーとシフトペダルがないところだがY-AMTでは電子制御化されたシステムにより「ATモード」と「MTモード」を備える。MTモードでのギヤ段選択は左手の「シーソー式シフトレバー」でライダーが任意で行い、ATモードではギヤ段の選択を含めY-AMTのシステムが行う。

MT、AT両モードとも減速操作から停止を行うと1速へ自動シフトされる。またATモードで走行していてもオーバーレブに入ったり、スナッチが出ない領域であったりすれば左手のシフトレバー操作を受け付けるので、変速ポイントを早めたいときには有効だ。

自動シフトダウン制御に思わず唸る

コースでは慣熟走行としてATモードのDレンジから試した。最高速度を60㎞/h程度に抑え、いわゆる市街地を走るようにスムースにカーブを曲がり、ときに加減速を試す。ベテランライダー顔負けのクラッチミートで発進する。エンジンサウンドだけでY-AMTとMTの違いは判断はできない。

速度とスロットル開度、ギヤ段にもよるが最高出力を発揮する10,000回転の半分にも満たない4,000回転あたりでシフトアップを繰り返しつつ、下限を2,000回転前後に定めてしずしずと走る。スロットルを戻せばMTと同じ減速度が生まれ、逆にスロットルを大きく捻れば自動的にシフトダウンが行われる。

D+レンジでは上限を100㎞/hとして高速道路やワインディングロードを模した走り方に徹した。発進時に大きくスロットルを捻るとDレンジよりも高い回転域を保ちながら無駄なくクラッチをミートさせ、ぐんと高い回転域で2速へシフトアップする。Dレンジとの違いはものすごく明確でシフトアップ&ダウンのしきい値がまるで異なるし、パワーバンドを外しにくいからリズム良く走れた。

思わず唸ったのは強めの減速時に介入しする自動シフトダウン制御だ。じつは比較試乗としてY-AMTをもたない2024年モデルの「MT-09」(MTモデル)に試乗していたのだが、「そろそろ中回転域のパワーバンドを下回るからシフトダウンするかな~」と、筆者が思ったほぼ同じタイミングでY-AMTモデルはブォーンとエンジンを唸らせ→ガシャと瞬時に変速しシフトダウンを完了させた。以心伝心とまではいかないが、筆者の愛車であるDCTよりもスマートな変速だ。

シフトペダルも廃止されている。

一般的に街中では自車周囲の車両や自転車、歩行者に気を配りながらライディングするわけだが、ほとんどのライダーがシフト操作に対してもいくばくか注意を払っている。Y-AMTのATモードではそれがいらない。だから、安全に走らせるために全神経を振り分けることができる。Dレンジではスルスルと静かに、D+レンジではメリハリの効いた痛快な走りが楽しめた。

続いてATモードのD+レンジで全開スポーツ走行を試した。こちらもイメージ通りの変速プログラムで走行テンポが崩れない。3速で最終コーナーを立ち上がり全開、1コーナへ向けてフルブレーキング。すると落ちて欲しいところで自動シフトダウン制御が介入してくれた。ただ、コーナーによってはもうちょっと手前、もしくは後に介入してくれると良いなと思えたシーンも多々あった……。

Y-AMTと6軸IMUが連動がすれば人機官能が進化する?

Y-AMTのカットモデル。

そのあたりを走行後、会場にいたヤマハの技術者に伺ってみた。MT-09 シリーズは慣性力を検知し車体姿勢を推定する「6軸IMU/Inertial Measurement Unit」を搭載し、センサーから得られた情報を各種制御に活用しているが、現時点ではY-AMTとの連動を行っていないという。よって、「走行状況によってわずかな変速ポイントのズレを感じたのかもしれない」との見解だった。もっとも感じ方には個人差があるし、「そもそもサーキットでスポーツ走行するなら自分でシフトレバーを操作するか、MTモード一択でしょ」というご意見が正論だ。とはいえD+モードの完成度は高かった。

このように安全で快適、そして楽しいY-AMTだが、真骨頂はやはりMTモードである。冒頭のようなスポーツ走行シーンでは本当に自分のライディングがうまくなったように感じられたから不思議だ。

クラッチ操作が無いため、走行ラインや路面状況の判断などに意識を向けることができる。

ひとさし指でレバーをちょんと手前に引くだけで完結するシフトアップだが、変速に要する時間は0.1秒と瞬きの1/3程度。この値(0.1秒)はY-AMTをもたない「MT-09 SP」でのクイックシフター制御と同じだが、Y-AMTではペダル操作すら必要なく、変速に必要なすべての操作は高度に連携したシステムの元で行われるため、シフトミスから完全に解放される。鋭い加速に耐えながらのシフトアップもたやすい。

一方、シフトダウンの際もMT-09 Y-AMTでは、そのためだけに予めライディング姿勢や左足位置を変える必要がないし、意識して間合いをとる必要もない。変速に間合いとはおかしな話に聞こえるが、たとえばスキーでストックを着くようにシフトダウンではタイミング良く操作することが重要であると筆者には思える。いずれにしろ、指を前に押し出す、というか軽く弾くだけでシフトダウンが行えること自体はどんな技量のライダーにとってもうれしいポイントだろう。

ちなみに、アップ&ダウンともに意図して連続操作を行えば、走行状況なりに可能な限り応えて(=シフト操作を行って)くれた。またシフトレバーのストローク量が適切で1回ごとクリック感もあるため、引き込む/押し出す(弾いた)際の誤操作は起こらなかった。

Y-AMTのメリットはまだある。長く続く複合的な左コーナーでの旋回中シフトダウン時だ。MT-09 シリーズの場合、袖ケ浦フォレストレースウェイでは連続する5/6コーナーの旋回中に4速から3速へのシフトダウンが求められる。よってMTモデルでは地面に近づく左足を意識しつつ、シフトダウン操作をイメージし、同時にスロットル操作とライディング姿勢を連動させて左旋回に入るのだが、筆者の場合、左足をのせるステップ位置が定まらない状態で旋回に入ってしまうと走行ラインが定まらず、シフトダウンも乱れ気味に。結果、スロットルを開ける位置が遅れてしまい車両が持つ強い旋回力を上手く引き出せないことがあった。

旋回中のシフトダウンで挙動が乱れそうになると6軸IMUが予兆を検知し、各種制御がじんわりと介入する。

その点、Y-AMTモデルでは旋回前、というよりひとつ前の4コーナーを抜けた後からすでに5/6コーナの走行ラインだけに意識を集中させることができるのでラインを外してしまう確率が大きく減らせる。左旋回でグッとバンク角を深めた状態でのシフトダウンにしても、レバーの内側に入れたひとさし指をチョイと前に押し出す(弾く)だけなので意識や姿勢は一切、乱れない。加えてペダル操作もないから左足のつま先にしても安心だ。

旋回中のシフトダウンは回転合わせなどに失敗すると横滑りの原因になるが、6軸IMUがそうした挙動予兆を見逃さず、一定レベルを超えそうになると各種制御がじんわりと介入し出す。同時にライダーに対してはゆっくり、にゅるにゅるといった具合で前/後輪の滑り出しを実感させてくれるので、慌てることなく、そして自信をもってスロットルを開けていける。繰り返しになるが、Y-AMTと6軸IMUが連動すれば、さらに人機官能度合いが高まるのではないだろうか。そんな世界も体感してみたい。

MT-09 Y-AMTの比較用として、ブレンボ製モノブロックキャリパー&大径ピストンを採用した前輪ブレーキ(ラジアルマウント)と、専用の前後サスペンション(前/KYB製、後/オーリンズ製)を装着した「MT-09 SP」にも試乗することができた。装着タイヤはMT-09シリーズと通じて共通ながら、指先で高い減速度コントロールができるブレーキシステムと高められた前後ダンパーの減衰特性により、さらに正確なコーナーへのアプローチができた。旋回中も車体の沈み込みが減ったぶん、バンクセンサーの接地も少なかった。現時点、商品化の予定は聞かないがMT-09 SPにもY-AMTがあればいいな、と感じた次第(技術者の方々にはリクエストしました!)。

今回はサーキットという限られた場所でMT-09 Y-AMTを体感した。筆者のYouTubeチャンネル「西村直人の乗り物見聞録」では、Uターンや交差点での右左折をイメージした低速域での走行シーンを公開しているので、是非、ご覧ください。

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著者プロフィール

西村 直人 近影

西村 直人

1972年1月 東京生まれ。専門分野はパーソナルモビリティだが、広い視野をもつためにWRカーやF1、そして…