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精度と品質が命のヘキサゴンレンチ!買う時は良いものを選ぼう
ひと昔前まではホームセンターで売られているような安価なハンドツールは品質や耐久性に難があるものが多く、家庭用の常備品としてはともかくとして、クルマやバイクのメンテナンスにはとてもではないが使おうとは思えないような代物ばかりだった。ところが、こうした安価な工具の生産国である台湾や中国、東南アジアの製造技術と品質管理が向上したこともあり、現在ではDIYユースはもちろんのこと、プロユースに使用しても問題ないレベルに達した製品も散見されるようになった。サンデーメカニックがたまの休日に愛車をイジるのに使う程度ならソケットレンチやラチェットハンドル、メガネレンチはホームセンターで売られている工具を手にとっても、そう大きな問題にはならないだろう(さすがに100均工具はオススメできないが……)。
ところが、ボルト&ナットに対して構造的に接触部分すべてに力がかけられないスパナ(オープンエンドレンチ)や、 工具を押し付ける力が回転する力よりも小さくなるとボルトやネジを舐めやすいスクリュードライバーやヘキサゴンレンチ、精度の低さが作業製の悪化に直結するペンチやプライヤー、ニッパー などの所謂「掴み物」に関しては、依然として「上質工具」を使うべきだと筆者は考えている。
以前の記事でスパナとスクリュードライバーについては解説したので、今回はヘキサゴンレンチについて語って行くことにする(「掴み物」については、いずれ機会をあらためて解説したい)。
日本車の整備では使用頻度が少ないが、これから増えてくるかも?
ヘキサゴンレンチは別名ヘックスレンチ 、あるいは六角レンチとも呼ばれる工具で、ヘキサゴンビットボルト(アレンボルト)の締緩を行う六角断面の工具だ。北米や中南米、欧州、豪州などでは開発者の名をとって「アレンキー」または「アレンレンチ」と呼称されることも多い。
ヘキサゴンビットボルトはその特性上、ボルトの頭にアクセスしにくい場所の締緩に適したボルトであり、フィリップスネジに比べて約10倍のトルク吸収ができるという特徴がある。また、スクリュードライバーを使用するフィリップスやマイナスネジと異なり、締緩に使用するヘキサゴンレンチは小さく、比較的安価なことからバイクや自転車などのメンテナンス用、家具の組み立てなどに用いられることが多い。
クルマの場合、日本車の整備では使用頻度がさほど多くはないが、欧州車のメンテナンスでは比較的使用する機会が多い。昨今の自動車産業のグローバル化により、海外生産の日系ブランド車や外国メーカーとの共同開発車が珍しくなったこともあって、これから使用頻度が増えることが予想される工具でもある。ある程度、作業に習熟した人なら1セットは持っているものと思われるが、日本車をメインに作業をしている人の中には、使用頻度の低さから安価なノーブランド品を使っている人がいるかもしれない。しかし、品質の良し悪しが作業性にそのまま直結する工具でもあるので、今後に備えて一流メーカーの製品へのグレードアップを検討しても良いだろう。
まだヘキサゴンレンチを持っていない人は、最初から名の通った一流ブランドの製品の購入をオススメしたい。それというのもヘキサゴンレンチは高級工具のドイツのWera(ヴェラ)やSWISS PBでも1本1000円以内、1.5~10mmまでの9本入りフルセットでも数千円~1万円以内で買えるのだ。品質の良い製品を選べば作業中にボルトを舐めることがなくなり、毎日使うプロでも数年間、サンデーメカニックならほぼ一生使うことができる。それなら最初から一流品を買った方が良いではないか。どうしてもフルセットを買う予算がないというのなら、金銭面を妥協して安物のセットを買うのではなく、上質工具の中からまずは自分が必要としているサイズを選び、作業に応じて徐々に買い増して行くことを推奨したい。ヘキサゴンレンチはそれくらい品質にこだわって欲しい工具なのだ。
ヘキサゴンビットボルトとヘキサゴンレンチの歴史
さて、そんなヘキサゴンレンチだが、そのアイデアは意外にも古く19世紀の中頃には早くも考案されていたようだ。しかし、当時はまだ冷間圧造技術が未発達の時代であって、切削加工で作るにしても小さなボルトの頭の中心部に複雑な形状のディンプルを正確に削ることは至難の技で、それを大量生産することなど夢物語であった。
だが、転機は20世紀に入ってから訪れた。冶金技術と金型技術の進歩により、1908年にカナダの発明家ピーター・R・ロバートソンがスクエアビット(ロバートソンヘッド)ボルトの市販化を実現したのだ。フォード社の車体製造を請け負っていたフィッシャーボディ社は、彼の取引先のひとつで、スクエアビットボルトを使用した最初の顧客のひとつとなり、発売したばかりの新型車モデルTに彼のボルトが使われることになったのだ。スクエアビットボルトの採用によってフォード社は1台当たり2時間の作業時間を短縮することができ、約2.6ドル(現在の価値に換算して89.6ドル)のコスト削減を可能にしたのだ。
ピーター・R・ロバートソン
(1879年12月10日~1951年12月10日)
スクエアビット(ロバートソンヘッド)ボルトを発明したカナダの発明家にして実業家。カナダのオンタリオ州でスコットランド系の両親のもとに生まれたロバートソンは、発明と模型作りを趣味とした少年だったという。学校を卒業した彼は、フィラデルフィアの工具会社「ノース・ブラザーズ・オブ・フィラデルフィア」のセールスマンとなり、カナダ東部の販売地域を担当していた。そんなある日、同社のマイナスドライバーのデモンストレーション中にドライバーが滑って手を切ってしまう。このことをきっかけにより安全なボルトとそれを締緩するための工具が必要だと感じた彼は、1907年にカナダのオンタリオ州ハミルトン(その後、ミルトンに移転)に「P.Lロバートソン製造会社」(現・ロバートソンスクリュー)を起こし、スクエアビットボルトを発明した。1908年に特許を取得した彼はこの斬新なボルトを商品化する。その取引先のひとつがフォード社の車体製造を請け負っていたフィッシャーボディ社で、新型車モデルTに彼のボルトが使われることになった。スクエアビットボルトによって製造工程の短縮とコスト削減を実現したことがヘンリー・フォードの目に留まり、ロバートソンに対してフォード社による米国での独占使用権とライセンス生産権がオファーされるが、交渉は不調に終わり、この話は流れてしまう。その直後にフィリップスネジが登場し、スクエアビットボルトに代わって登場したフィリップスネジをフォード社が全面採用したことで、ロバートソンは接合用部品のディファクトスタンダードとなる機会を逃した。さらにウィリアム・G・アレンの発明したヘキサゴンビットボルトの登場が追い討ちをかけた。しかし、彼の開発したスクエアビットボルトはオンタリオ州政府のバックアップもあり、カナダやイギリスを中心に広く普及し、自動車や産業機械などに使われることになる。
この経費削減効果に気づいたヘンリー・フォードは、米国におけるスクエアビットボルトの独占使用権とライセンス生産権を要求したものの、自身の発明を広く世間に普及させたいと考えていたロバートソンはこの申し出を断った。だが、その後まもなくヘンリー・F・フィリップスがフィリップスネジを発明。フォードがフィリップスと契約したことで、以降、これが接合用部品のディファクトスタンダードとなり、スクエアビットボルトは普及のチャンスを失ってしまう。
ヘンリー・フォード
(1863年7月30日生~1947年4月7日没)
機械工から一代でフォード社を起こし、世界初の大衆車・モデルTでアメリカだけでなく世界に“モータリゼーション”を起こしたのがヘンリー・フォードだ。モデルT完成までの前半生はまさしく偉人であった。だが、後半生は老化によるものなのか頑迷固陋な態度が顕著になり、息子エドセルに対する醜い嫉妬心から経営判断を大きく誤る。役職こそ離れたが会社の経営権は掴んで離さず、社長のエドセルやフォードのスタッフにとっては厄介な存在となり「晩節を汚した」と評されることに。
しかし、フィリップスネジにはその特性上、切られた溝に力が集中しやすく、カムアウト現象を起こしてネジの溝を潰しやすいというデメリットもあり、必ずしも万能の接合用部品とは言えなかった。ロバートソンが発明したスクエアビットボルトのようにボルトの頭にディンプルが切られたボルトにも一定の需要があったのである。
そんなディンプルが切られたボルトの決定打となったのが、1910年にウィリアム・G・アレンが特許を取得したヘキサゴンビットボルトだった。コネチカット州にあった彼の会社、アレン・マニファクチュアリング・カンパニーで商品化された「アレン安全セットスクリュー」(イモネジ)は、六角形のディンブルが切られていたことから、スクエアビットボルトと違って工具を差し込みやすく、フィリップスネジに比べて歪みや隙間が生まれずに、高トルクがかけられるというメリットがあった。
当初は製造コストの高さからその普及のスピードは緩やかであったが、その価値が認められると締緩に必要なヘキサゴンレンチとともに、自動車やバイク、自転車を始め、兵器や航空機、建設機器、工作機械、家具などへの採用が徐々に広がって行った。そして、1967年にテキストロン・カムカー社がトルクスドライブを発明するまで、その優位性は揺らぐことがなかった。
ヘキサゴンレンチの選び方……安物買いの銭失いに気をつけよう
現在、ヘキサゴンレンチはほとんどの工具メーカーが自社のラインナップに載せている。ファクトリーギアやワールド・インポートツールなどの工具専門店に行くと、陳列棚には膨大な種類の製品が並んでおり、どれを選べば良いのか迷ってしまうほどだ。
先ほど「ヘキサゴンレンチは名の通った一流ブランドの製品の購入をお勧めしたい」と言ったが、これはノーブランド品に比べて精度が高く、耐久性・品質ともに高いので先端が変形してしまったりネジ穴を変形させてしまったりするリスクが低いことに他ならない。また、一流ブランドのヘキサゴンレンチは、作業時の安心感につながる剛性の高さと、ボルトの締まりを指先の感覚で教えてくれる“しなり”が高い次元でバランスされた製品(Weraのように剛性感に振り切った製品も中にはあるが)が多く、使い勝手の良さでも安物とは比べ物にならないのだ。
さて、そんなヘキサゴンレンチの選び方だが、基本的には工具専門店で実際に手に取ってみて気に入った製品を買えば良いと思う。ここでは参考までに筆者の考える選ぶ上でのポイントを紹介して行くことにしよう。
■サイズと形状
ヘキサゴンレンチはL字型のロングタイプ、L字型のショートタイプ、片側の先端部分がボールジョイントになっているL字型、L字型のショートヘッドタイプ、ドライバー型、T字型、柄つきT字型、Y字型、ソケット型(ヘキサゴンソケット)、折りたたみ式などのバリエーションがある。最初の1本に選ぶのなら汎用性の高いスタンダードなL字型のロングタイプ、もしくは片側がボールジョイントになっているL字型ロングタイプを選べば良いだろう。
ボールジョイントタイプは本締めにはオススメできないが(WISEからは本締め可能なボールジョイントタイプが販売されている)、斜め回転作業ができるので狭く奥深い場所にあるボルトの早回し作業に力を発揮する。ただし、使い方を誤るとボルトを舐めてしまうので注意が必要だ。
L字型以外の形状は、実際に作業をしてみて手持ちのヘキサゴンレンチで対応できない作業に出会ったときに、その都度買い増していけば良いだろう。
■表面処理と持ち手のカラー
ヘキサゴンレンチの表面処理にはクロムバナジウム鋼やクロムモリブデン鋼を熱処理した「黒染め」仕上げと、表面硬度を高めるため「硬質クロムメッキ」仕上げとなった製品がある。一流ブランドの製品ならどちらを選んでも大きな差はない。しかし、硬質クロムメッキ仕上げは均一にメッキをかけるのに相応の技術力が必要なことから黒染め仕上げに比べて価格が高く、一流ブランドの製品でもまれにハズレがあり、使用しているうちにメッキが剥がれることがあるので、見た目にこだわりがある人以外は積極的に選ぶ必要はない。
ヘキサゴンレンチの中にはWeraのマルチカラーやSWISS PBのレインボーシリーズように、持ち手の部分がサイズごとに色分けされた製品が存在する。それぞれの色を覚えておけばサイズを間違える心配がないので、ヘキサゴンレンチを使った作業が多い人には便利だろう。
なお、ヘキサゴンレンチにはステンレス製のものもあるが、これはマリン関係や機械整備など、錆びやすい場所で使うことを想定した製品だ。一般的なヘキサゴンレンチより高価になるので、自動車やバイクのメンテ用にあえて購入する必要はない。
■高級ヘキサゴンレンチのWeraとSwiss PB
ヘキサゴンレンチはスクリュードライバーと同じく、総合工具メーカーよりもヘキサゴンレンチを金看板としている専門メーカーのほうが製品クオリティが高い印象を受ける。それというのも有名ブランドの中でもヘキサゴンレンチだけはなぜかイマイチ……と感じるケースが少なくないからだ。
多少値は張るが筆者がオススメしたいのが、Weraのヘキサゴンレンチだ。同社はスクリュードライバーのトップブランドとして名高いが、それに負けず劣らずヘキサゴンレンチのクオリティも素晴らしい。
Weraの製品は剛性確保のために丸棒から先端部分のみを六角形に削り出し加工で製造しており、先端部分は単純な六角形ではなく「HEX-PLUS」と名付けた特殊な形状をしている。これによりボルトのディンプルに対して点ではなく、面で接触することで力が一点に集中されるのではなく分散されるので、ネジを舐めにくい構造になっているのだ。
実際にWeraのヘキサゴンレンチ使ってみると剛性感はあらゆるヘキサゴンレンチ の中でもトップクラスで、まったくしなりを感じることなく、固着したボルトを緩めたときにダイレクトに力をかけることができるのだ。人気のマルチカラーは色つきのゴム製スリーブが備わり、サイズがわかりやすく、力をかけても手が痛くなりづらい。おそらく、現在手に入るヘキサゴンレンチの中でも世界最高峰の製品と言っても過言ではないだろう。
しかし、ユーザーの中には「ヘキサゴンレンチは適度に“しなる”ことによってオーバートルクを防ぐ」と主張する人もいる。これは好みの問題となるのだろうが、そうした人には適度なしなりと剛性感をバランスしたSWISS PBの製品を選ぶと良いと思う。ただし、柄に色がつけられたレインボーシリーズは、ホルダーに抜き先しているうちに塗装が剥がれて見た目がみすぼらしくなるきらいがあるが……。
■WeraとSwiss PB以外のオススメのヘキサゴンレンチメーカー
WeraとSwiss PBの製品は高級品としてしられており価格もトップクラスだ。もう少し予算を抑えたいという人には、世界で初めてボールポイントヘックスレンチを製品化したアメリカのBONDHUS(ボンダス)。自転車用工具メーカーとして世界的に知られるアメリカのPark Tool(パークツール)。同じく台湾のPWT(自転車工具専門メーカーのヘキサゴンレンチの品質は良好だ)などもオススメだ。
残念ながらヘキサゴンレンチの元祖となったアレン・マニファクチュアリング・カンパニーはApex Toolグループに買収後、2017年にブランドの整理統合により廃止されている。現在では入手が難しい製品だが、運良くデッドストック品などが販売されているのを見つけたら、発明者のウィリアム・G・アレンに敬意を表して1セット購入しても良いかもしれない。
もちろん、国内メーカーにも素晴らしいヘキサゴンレンチを作っているメーカーはある。国内では珍しいヘキサゴンレンチ専門メーカーのエイト。創業100年以上の実績を持つドライバーで有名なVESSEL(ベッセル。ホームセンターでも入手が容易なのも長所だ)。高品質なヘキサゴンレンチを製造することでファンの多いミトロイ。個性的でユニークなヘキサゴンレンチをラインナップするWISE(ワイズ)などの製品も充分にオススメできる。
これらの製品は価格もこなれており、だいたい2000~4000円程度でフルセットを購入できる。工具は実際に手にしたときの手触りや使い勝手も重要になるため、通販ではなく実際に店頭で見て触れてから好みの製品を購入することを推奨したい。