ホンダ初のV型8気筒エンジンは排気量5.0L、最高出力350PS! 船外機のフラッグシップ「BF350」の印象はパワフル&スムーズ

ホンダ市販初のV型8気筒エンジンを搭載したモデルに試乗...といっても、これは海上の話。ホンダはマリン事業60周年となる今年、船外機のフラッグシップとなるBF350をリリースした。そのパワフルかつスムーズな実力のほどを海の上で体感してみた。

4ストロークにこだわったホンダのマリン事業はめでたい60周年

今回のイベント「マリン事業説明会・BF350試乗会」の会場付近には、NSXと船外機「BF350」が並んでいた。ツーショットの理由は、BF350のクランクシャフトがNSXように開発された高強度材を採用しているから。

ホンダと言えば四輪車や二輪車の会社、というイメージをお持ちの方は多いだろう。最近はそれに加えて、ホンダジェットの成功も話題となっている。しかし、ホンダはそれ以外にも、実は暮らしに役立つ「パワープロダクツ」を幅広く展開しているのをご存知だろうか。

ホンダのパワープロダクツの事業は、1953年の汎用エンジン発売を皮切りにスタートした。以来、発電機、耕うん機、水ポンプ、芝刈り機などを開発。そして64年には船外機(船に搭載するエンジン)をリリースして、ホンダのマリン事業の歴史が始まった。そう、今年(2024年)は、ホンダのマリン事業60周年という節目の年でもあったのだ。

ホンダの船外機の開発は、「水上を走るものは水を汚してはならない」という創業者・本田宗一郎の理念に基づいている。当時、船外機市場の99.9%は2ストロークエンジンが占めていた。4ストロークエンジンは環境に優しい反面、部品点数が多く重量も重いため敬遠されていたのだ。しかし、ホンダは環境負荷の少ない4ストロークエンジンで挑戦すべきだと考え、1964年に初の4ストローク船外機「GB30」の開発に成功した。

現在、世界の船外機市場は約90万台規模であり、北米と欧州が全体の6割を占めている。ホンダのシェアは約5%だが、欧州では15.3%を占めるなど、着実に成長している。

1964年にホンダが発売した初の船外機「GB350」。
会場にはGB30のほか、現在、ホンダが日本で販売している全船外機が勢ぞろい。ボートは大きさによって搭載できる船外機の馬力が決まっているので、こんなにたくさんのラインナップが必要なのだそう。
船外機の市場は世界で約90万台で4ストローク比率は約80%。日本は約1.1万台だが、すべてが4ストロークで占められる。
船外機の主な市場は米国と欧州。コロナ禍後の反動で販売台数は落ち込んでいるが、ホンダのシェアは近年、上昇の傾向にある。

市場からの大馬力化の声に応えて、350PSのフラッグシップ「BF350」を投入

前述のとおり、ホンダのマリン事業は60周年を迎え、その節目にホンダ市販製品としては初となるV型8気筒エンジンを搭載したフラッグシップモデル「BF350」を発売した。4952ccの排気量から、ホンダ船外機史上最大となる350PSを発揮するパワフルなエンジンを搭載しながら、低燃費と低騒音を実現するなど優れた環境性能も両立している。

BF350のターゲットは、北米や欧州のプレジャーボートユーザーが中心となる。そのほか、アジアの漁業や観光地のタクシーボート、北米の沿岸警備艇なども想定している。これらの領域では近年、船の大型化に伴い、船外機の大馬力化や低燃費化が求められているのだそうだ。

BF350はフラッグシップに相応しい高級感のあるデザインも目を引く。カラーは2色で、左が「アクアマリンシルバーメタリック」、右は「グランプリホワイト」。
カバーを開けるとご覧のとおり、V8エンジンは縦向きに搭載されている。
北米では船外機の大馬力化が進んでおり、競合では600PSを超えるようなV12エンジンも登場。新興国でも「より早く漁場に到着したい」「より多くのお客さんを乗せたい」というプロユースからの声もあり、ホンダもBF350を引っ提げて超大型船外機市場への参入と相成った。
BF350の開発コンセプトは「Ecoluxe Experience」。造語だが、ホンダ船外機の普遍テーマである耐久信頼性や低燃費性能を継承しつつ、環境にやさしく上質な船上空間を体験できることを目的としている。

BF350で特徴的なのは、V型8気筒というレイアウトを採用しているのに、バンク角が一般的な720÷8 の90 度ではなく、60度としていること。これはできるだけ全幅を抑え、多くの船外機を搭載したい(多基掛け搭載)という大型船外機艇のニーズに応えるのが目的だ。さらにクランクシャフトにはクロスプレーンタイプを採用するとともに、クランクピンを60度オフセットすることによって低振動と高い静粛性を実現。クランクピンのオーバーラップがなくなるためクランク強度の問題があったが、クランクシャフトの素材にNSX用に開発された高強度素材を採用することによって耐久性を確保している。

低燃費もBF350の自慢だ。他のBFシリーズと同様、BF350もO2センサーを用いたリーンバーン(希薄燃焼)制御を採用しており、クルーズ領域で優れた燃費性能を実現。他社V8エンジンモデルと比較して、航続距離は約14%増、燃料コストではレギュラーとハイオクの価格差も考慮すると約20%の削減を達成している。また、BF350ではプロペラを保持するギヤケースのサイズをBF250と同等に収めることで水中抵抗を低減、また外観形状の見直しも図ることで動力性能の向上も実現している。

近年はプレジャーボートの大型化に伴って、船上で使用する家電製品の種類や量が増加の傾向にある。それに伴い、BF350では大容量のオルタネーターを採用することで最大70Aという充電出力を確保。また充電量、発電量が少なくなるアイドリング時においても30アンペア以上、さらにアイドルアップという機能を併用することでアイドリング状態でも40アンペア以上の発電量の確保を実現している。 

また、これまでホンダの船外機には、市場から、真冬の低温時にPTT(パワートリム&チルト)の動作速度が遅いという不満が出ていた。 BF350では、低温時でもスムーズな動作ができるようPTT内部のモーターの出力や油圧回路の最適化を図ることによって、寒い時期でも素早くフルチルトすることが可能となっている。

さらにBF350には、以下の新機能が搭載されている。
・トリムサポート:トリムとは、船外機の取り付け角度のこと。船の速度やエンジン回転に応じて、あらかじめ設定したトリム角度を自動調整する。
•クルーズコントロール:これまでのトローリングコントロールという機能に対して、速度やエンジン回転を維持する範囲を大幅に拡大することによって操船をサポート。
•チルトエイド:PTT(パワートリム&チルト)スイッチをダブルクリックすることで、船外機を自動で上下動させる機能。係留・保管時の作業の手間を省いてくれる。

スポーツカーにはシングルプレーン、高級車にはクロスプレーン、というのがV型エンジンのセオリーで、BF350は後者を選択。さらにBF350はV8エンジンながら60度のVバンク角を採用したのが特徴。左右のクランクピンを30度オフセットさせて等間隔燃焼させるのではなく、60度オフセットによって一次慣性偶力を完全キャンセルした。
マウントラバーの効果もあるが、60度ピンオフセットによって振動の実測値や操船者の振動フィーリングにおいてはライバルを凌駕することができた。
クルーズ燃費の良さもBF350のトピック。他社のV8モデルに対して後続可能距離で約14%、燃費は約20%の優位性をもつ。
これまでのホンダの船外機ではO2センサーが被水すしやすかったが、BF350では排気ガスと冷却水の集合位置を見直すことでその懸念を解消した。
BF350はBF250と同等サイズのギヤケースの中に新設計のギヤを収めるとともに、ギヤケースの形状も改めることで燃費、動力性能を向上した。
BF350では、ユーザーの声を生かしたさまざまな改良を実施。例えば、オイルフィルターは前方にレイアウトすることで、交換時にこぼれて海を汚しにくいようになっている。
BF350はクラス最大レベルの充電性能を誇る。
寒い時期のフルチルトに要する時間を大幅に短縮した。

V6・250PSのBF250と比べると、BF350の圧倒的な余裕が誰でも実感できる

では、そんなBF350の実力はどれほどのものなのか。早速試乗してみた…と言いたいところだが、取材担当者は船舶免許を所有していないため、操縦はほかの方にお任せ。今回はゲストとして、クルージングを堪能させていただいた。

まずは、BF350との比較のために用意されたBF250搭載モデルに試乗。2011年に登場したBF250は、最高出力250psを発揮するV6 3.6Lエンジンを搭載。ニュージャパンマリンの「NSB335」というクルーザーに2機掛けされていたのだが、東京湾を80km/h近いスピードで疾走するパワフルさにビックリ。この日は波のコンディションがあまり良くなかったこともあり、海面を飛び跳ねるような場面もあったが、冬晴れの空の下、1時間ほど海の散歩を楽しんだ。

続いて、BF350を搭載したNSB335に乗り換える。すると、BF250よりも明らかに静粛性が向上しているのがわかる。BF250でもアイドル付近から低速航行といった領域では騒音が低く抑えられいるのに驚いたものだが、BF350はそれよりも一枚上手。スロットルを開けていって5000rpmを超えるとカムシャフトがハイカム側に切り替わり、さらにパワフルな加速を見せるのだが、そうした際の振動もBF250よりも少なく、余裕が感じられる。大排気量かつ多気筒なエンジンならではのメリットをまざまざと体感することができた。陸に上がった頃にはクルーザーを購入する財力も船舶免許も持っていないくせに、「やっぱり、自分が買うならBF350の方だな…」とタヌキの皮算用をはじめるなど、すっかり海の魅力にハマってしまった私だった。

カーボンニュートラルの実現にむけ、小型船舶向けに電動船外機も開発中

さて、ここからはマリン事業の未来に向けての話に触れたい。ホンダは2050年にすべての製品におけるカーボンニュートラルを目指しており、マリン事業もその例に漏れない。では、2040年までにすべての四輪車の電動化が目標に掲げられているように、船外機も電動化が進んでいくのか…というと、そう話は簡単ではないようだ。

水上モビリティで問題となるのは、常に水の抵抗に逆らいながら走行しなければならないことと、四輪車などと違って回生充電が非常に困難だということ。したがって、BF350を搭載するような大型船で長距離を移動するようなケースでは、船の大きさを超えるような大容量のバッテリーを搭載する必要があるというのだ。

そうした現状を踏まえて、マリン事業ではカーボンニュートラルに向けて3つのアプローチを掲げている。第一に、大きなバッテリーを必要としない小型船外機における電動化の推進。こちらはすでに島根県での実証実験を実施している段階だ。第二に、電動化が難しい中大型船外機では、燃費向上による環境負荷の低減を目指し、内燃機関の進化を進める。第三に、製造拠点における再生可能エネルギーの活用の拡大。細江船外機工場(静岡県)では太陽光パネルを導入するほか、今後はリチウムイオン蓄電池の導入も計画されている。

ホンダのマリン事業は60年の歴史を基盤として、次なる一歩をすでに踏み出しているのだ。

BF350のパワフルさ、静粛性の高さ、そしてスムーズさは、誰もが実感できるレベルのもの。
船外機は見た目も重要。BF350は、性能の高さに見合う高級感のあるルックスを擁する。
ホンダが松江城のお堀を運行する堀川遊覧船で実証実験中の電動推進機のプロトタイプ。出力は4kWで、バッテリーはMPP e:(モバイル・パワーパック e:)を2個使用する。エンジンと違って振動がないため、船頭さんからも疲れが少ないと好評だとか。

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著者プロフィール

長野 達郎 近影

長野 達郎

1975年生まれ。小学生の頃、兄が購入していた『カーグラフィック』誌の影響により、クルマへの興味が芽生…