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4ストロークにこだわったホンダのマリン事業はめでたい60周年
ホンダと言えば四輪車や二輪車の会社、というイメージをお持ちの方は多いだろう。最近はそれに加えて、ホンダジェットの成功も話題となっている。しかし、ホンダはそれ以外にも、実は暮らしに役立つ「パワープロダクツ」を幅広く展開しているのをご存知だろうか。
ホンダのパワープロダクツの事業は、1953年の汎用エンジン発売を皮切りにスタートした。以来、発電機、耕うん機、水ポンプ、芝刈り機などを開発。そして64年には船外機(船に搭載するエンジン)をリリースして、ホンダのマリン事業の歴史が始まった。そう、今年(2024年)は、ホンダのマリン事業60周年という節目の年でもあったのだ。
ホンダの船外機の開発は、「水上を走るものは水を汚してはならない」という創業者・本田宗一郎の理念に基づいている。当時、船外機市場の99.9%は2ストロークエンジンが占めていた。4ストロークエンジンは環境に優しい反面、部品点数が多く重量も重いため敬遠されていたのだ。しかし、ホンダは環境負荷の少ない4ストロークエンジンで挑戦すべきだと考え、1964年に初の4ストローク船外機「GB30」の開発に成功した。
現在、世界の船外機市場は約90万台規模であり、北米と欧州が全体の6割を占めている。ホンダのシェアは約5%だが、欧州では15.3%を占めるなど、着実に成長している。
市場からの大馬力化の声に応えて、350PSのフラッグシップ「BF350」を投入
前述のとおり、ホンダのマリン事業は60周年を迎え、その節目にホンダ市販製品としては初となるV型8気筒エンジンを搭載したフラッグシップモデル「BF350」を発売した。4952ccの排気量から、ホンダ船外機史上最大となる350PSを発揮するパワフルなエンジンを搭載しながら、低燃費と低騒音を実現するなど優れた環境性能も両立している。
BF350のターゲットは、北米や欧州のプレジャーボートユーザーが中心となる。そのほか、アジアの漁業や観光地のタクシーボート、北米の沿岸警備艇なども想定している。これらの領域では近年、船の大型化に伴い、船外機の大馬力化や低燃費化が求められているのだそうだ。
BF350で特徴的なのは、V型8気筒というレイアウトを採用しているのに、バンク角が一般的な720÷8 の90 度ではなく、60度としていること。これはできるだけ全幅を抑え、多くの船外機を搭載したい(多基掛け搭載)という大型船外機艇のニーズに応えるのが目的だ。さらにクランクシャフトにはクロスプレーンタイプを採用するとともに、クランクピンを60度オフセットすることによって低振動と高い静粛性を実現。クランクピンのオーバーラップがなくなるためクランク強度の問題があったが、クランクシャフトの素材にNSX用に開発された高強度素材を採用することによって耐久性を確保している。
低燃費もBF350の自慢だ。他のBFシリーズと同様、BF350もO2センサーを用いたリーンバーン(希薄燃焼)制御を採用しており、クルーズ領域で優れた燃費性能を実現。他社V8エンジンモデルと比較して、航続距離は約14%増、燃料コストではレギュラーとハイオクの価格差も考慮すると約20%の削減を達成している。また、BF350ではプロペラを保持するギヤケースのサイズをBF250と同等に収めることで水中抵抗を低減、また外観形状の見直しも図ることで動力性能の向上も実現している。
近年はプレジャーボートの大型化に伴って、船上で使用する家電製品の種類や量が増加の傾向にある。それに伴い、BF350では大容量のオルタネーターを採用することで最大70Aという充電出力を確保。また充電量、発電量が少なくなるアイドリング時においても30アンペア以上、さらにアイドルアップという機能を併用することでアイドリング状態でも40アンペア以上の発電量の確保を実現している。
また、これまでホンダの船外機には、市場から、真冬の低温時にPTT(パワートリム&チルト)の動作速度が遅いという不満が出ていた。 BF350では、低温時でもスムーズな動作ができるようPTT内部のモーターの出力や油圧回路の最適化を図ることによって、寒い時期でも素早くフルチルトすることが可能となっている。
さらにBF350には、以下の新機能が搭載されている。
・トリムサポート:トリムとは、船外機の取り付け角度のこと。船の速度やエンジン回転に応じて、あらかじめ設定したトリム角度を自動調整する。
•クルーズコントロール:これまでのトローリングコントロールという機能に対して、速度やエンジン回転を維持する範囲を大幅に拡大することによって操船をサポート。
•チルトエイド:PTT(パワートリム&チルト)スイッチをダブルクリックすることで、船外機を自動で上下動させる機能。係留・保管時の作業の手間を省いてくれる。
V6・250PSのBF250と比べると、BF350の圧倒的な余裕が誰でも実感できる
では、そんなBF350の実力はどれほどのものなのか。早速試乗してみた…と言いたいところだが、取材担当者は船舶免許を所有していないため、操縦はほかの方にお任せ。今回はゲストとして、クルージングを堪能させていただいた。
まずは、BF350との比較のために用意されたBF250搭載モデルに試乗。2011年に登場したBF250は、最高出力250psを発揮するV6 3.6Lエンジンを搭載。ニュージャパンマリンの「NSB335」というクルーザーに2機掛けされていたのだが、東京湾を80km/h近いスピードで疾走するパワフルさにビックリ。この日は波のコンディションがあまり良くなかったこともあり、海面を飛び跳ねるような場面もあったが、冬晴れの空の下、1時間ほど海の散歩を楽しんだ。
続いて、BF350を搭載したNSB335に乗り換える。すると、BF250よりも明らかに静粛性が向上しているのがわかる。BF250でもアイドル付近から低速航行といった領域では騒音が低く抑えられいるのに驚いたものだが、BF350はそれよりも一枚上手。スロットルを開けていって5000rpmを超えるとカムシャフトがハイカム側に切り替わり、さらにパワフルな加速を見せるのだが、そうした際の振動もBF250よりも少なく、余裕が感じられる。大排気量かつ多気筒なエンジンならではのメリットをまざまざと体感することができた。陸に上がった頃にはクルーザーを購入する財力も船舶免許も持っていないくせに、「やっぱり、自分が買うならBF350の方だな…」とタヌキの皮算用をはじめるなど、すっかり海の魅力にハマってしまった私だった。
カーボンニュートラルの実現にむけ、小型船舶向けに電動船外機も開発中
さて、ここからはマリン事業の未来に向けての話に触れたい。ホンダは2050年にすべての製品におけるカーボンニュートラルを目指しており、マリン事業もその例に漏れない。では、2040年までにすべての四輪車の電動化が目標に掲げられているように、船外機も電動化が進んでいくのか…というと、そう話は簡単ではないようだ。
水上モビリティで問題となるのは、常に水の抵抗に逆らいながら走行しなければならないことと、四輪車などと違って回生充電が非常に困難だということ。したがって、BF350を搭載するような大型船で長距離を移動するようなケースでは、船の大きさを超えるような大容量のバッテリーを搭載する必要があるというのだ。
そうした現状を踏まえて、マリン事業ではカーボンニュートラルに向けて3つのアプローチを掲げている。第一に、大きなバッテリーを必要としない小型船外機における電動化の推進。こちらはすでに島根県での実証実験を実施している段階だ。第二に、電動化が難しい中大型船外機では、燃費向上による環境負荷の低減を目指し、内燃機関の進化を進める。第三に、製造拠点における再生可能エネルギーの活用の拡大。細江船外機工場(静岡県)では太陽光パネルを導入するほか、今後はリチウムイオン蓄電池の導入も計画されている。
ホンダのマリン事業は60年の歴史を基盤として、次なる一歩をすでに踏み出しているのだ。