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リチウムイオン電池のアナザーストーリー
第29回ではリチウムイオン電池の商品化を、世界で最も早く実現したソニーの西美緒を中心に紹介した。
今回は旭化成でその発明と商品化に至るまでを、上司であったノーベル賞受賞者の吉野彰とともに行なってきた中島孝之を中心に据えたい。
第28回で旭化成においてリチウムイオン電池の基本的な発明が行なわれたことは述べた。その最も重要なことは、負極にカーボンを使うことであった。もう1つ大きなことは正極の集電体にアルミ箔を使うことであった。
エジソンは「発明は1%のインスピレーションと99%の努力である」と言ったことは有名である。私の経験からすると、インスピレーションを得るのはほんの一瞬で、それを実現するための努力の方が遙かに大きいように思う。リチウムイオン電池もインスピレーションを得て商品となるには10年もの時間を要している。その間、小さなインスピレーションと長い努力が幾つもあって、商品とまでなっている。
負極のカーボンがハードカーボンに一旦定着するまでにも、ポリアセチレンの検討から始まり、炭素繊維を使ってはどうかというアイディアが中島の社内でもたらされ、さらに容量を上げるために結晶化していない汎用の炭素材料であるニードルコークスの粉砕物、いわゆるソフトカーボンを使い、商品化がされている。
正極と負極の間に浸す電解液にも、多くの試行錯誤があった。電解液は4Vの電圧にもたなくてはならないので、有機物であることは前提として、具体的に数多くある有機物から何を選ぶかは選択肢が非常に多い。電解液の役目は正極と負極の間でリチウムイオンを移動させる役割を持つので、リチウムの化合物が必要である。
当初は過塩素酸リチウム(LiClO4)を使ったが、強い酸化剤で危険だということで、四フッ化ホウ素リチウム(LiBF4)に変えたとのことである。電解液はこれを溶かす溶媒が必要であるが、ソフトカーボンやハードカーボンが負極の場合にはプロピレンカーボネートが有効に利用できることが分かった。
正極、負極、セパレーターから成る電池材料を円筒状に巻くことにも多くのことが考えられた。これに近い商品としてはアルミ箔を円筒状に巻いた電解コンデンサーと、薄い紙を巻いたペーパーコンデンサーがある。アルミ箔は腰があるので巻き易く、ペーパーコンデンサーは腰はないが軽いので巻き易かった。しかし、リチウムイオン電池の材料は腰がない割に重く、簡単には巻けなかった。このため、中島は構想に半年、巻取機の製作に半年の計1年を掛けて巻ける装置を開発した。
この装置開発に協力したのは、元々電解コンデンサーの巻取機を作っていた滋賀県の皆藤製作所である。中島はここで泊まり込みながら装置の開発を完成させた。現在同社はリチウムイオン電池の巻取機の世界的なメーカーに成長している。
こうして電池のサンプルを作り、その安全性テストのために中島はボストン郊外のベンチャー電池会社で電池を試作しアメリカの政府の安全性評価機関で実験を繰り返した。それが1986年とのことである。この試作を通じて、電極の巻取り技術がキーテクノロジーの一つであることがわかり、前述の巻取機開発に繋がっている。
安全性の追求あってこその新たなバッテリーの誕生
その後、さらに安全性を高めるための試験を行なう必要があったが、都会の中の研究室で行なうことはできず、千葉県の畑の中にある一軒家を借りて冬の寒い時期に行なわれた。サンプルは畑の真ん中に置き、一軒家からの操作で充放電の実験を繰り返した。この時に得られた種々の知見が、その後も使われている安全性試験の装置の開発に繋がった。
リチウムイオン電池に限らず、多くの化学材料を使った製品では高温、高電圧などの過酷な条件が重なると高圧となり、はては爆発を起こす。その時の被害を最小限にするために容器にあらかじめ壊れやすいところを作っておき、大きな爆発の前にそこが壊れる仕組みになっている。リチウムイオン電池の場合もこのような安全弁の役割を果たす破裂を意味する“ラプチャー”が付けられている。これは薄い金属の中心にさらに細い傷を付けたものである。このラプチャーの試作から、自らの実家の千葉の一軒家を貸してくれたのが、大田区で町工場を営んでいる京浜理化工業の社長の佐瀬都司であった。
こうして旭化成の内外からの多くの協力を得ながら、リチウムイオン電池を完成して行くことになる。旭化成はそれまでの開発の情報を一部公開し、それがソニーの18650の商品化の参考にもなっているだろうというのが中島の見解である。
旭化成はその後東芝と合弁でATバッテリーを創立し、中島は技術の責任者として旭化成から東芝に移りこちらで開発を続けることになる。ATバッテリーはソニーやその後にこの分野に参入した三洋電機の勢いに押され、2000年過ぎに解散をすることになる。
中島はその後も、三菱ケミカルでリチウムイオン電池の研究開発を続け、現在も新たな部材の開発に挑戦している。(文中敬称略)