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アクセルをそっと踏んで500km
2022年9月に登場したホンダ・シビック タイプR。型式はFL5だ。車両価格は499万7300円。ハイブリッド(e:HEV)のシビックが394万0200円だから、ほぼ(たったの)100万円高。きょうび、クルマの価格が上がっているから、500万円でこんな高性能のタイプRが買えるならお値打ち、お買い得ってことで、発売から大人気。2万台を超える受注を受けたため、現在は受注を停止している。
そのシビック タイプRを1週間ほどお借りして、生活をともにしてみた。テーマは、シビック タイプRは「ファミリーカー」として使えるか、である。趣味のクルマと生活の足クルマの2台持ちを楽しめる人ならともかく、多くの人は「1台体制」だろう。となれば、通勤も買い物も、家族とのドライブも、1台でこなす必要がある。シビック タイプRはそれに耐えられるか?
今回の想定は「スポーツカーらしく走るシチュエーションを除く」である。つまり、タイプRを買ったとして、ワインディングやサーキットで思い切りアクセルを踏み込んで走る「以外」のところだけでどうなるか、ということだ。だから、ごくごく大人しく、アクセルを深く踏み込まず、ドライブモードは「コンフォート」、それでどうなるか、試してみた。
いきなり渋滞30km
ホンダ青山本社の地下駐車場で、キーを受け取る。地上に出るスロープは傾斜が急で狭い。6速MTの操作は楽ちんだ。クラッチペダルは重くないし、クラッチミートもしやすい。だから、スロープも問題ない。けれど、車幅は1890mmだ。ノーマルのシビックより90mmも幅広い。ここは注意が必要だ。
6MTに関しては、マニュアル免許を持っていれば問題なし。MT車にかつて乗っていた経験があれば、すぐに思い通り操作できるだろう。
借り出したタイプRは、シリアルナンバーが「R-00005」とあるから、生産初期のモデルだろう。サーキット試乗会で酷使されていて、フロントにはチッピングの痕が……。これもタイプRの証。オドメーターは4600kmを示していた。
青山通りから首都高速3号線へ。大磯で開催されていた別の試乗会に向かったのだが、折悪く東名高速道路は渋滞30km。かなりヘビーな渋滞だった。それでもシフト&ペダル操作は全然苦にならない。タイプRには、「レブマッチシステム」があるから、変速操作に合わせて、まるでヒール&トゥを決めたかのようにエンジン回転数を自動でシンクロさせてくれる。これは気持ちいい。シフトダウンがうまくなったような気持ちになるのだ。
AppleCarPlayで好きな音楽をかけながらの渋滞ドライブだったが、収穫はタイプRのオーディオを味わえたことだ。いい音がする。アクセルを踏み込まないドライブは、カーオーディオが楽しめるというメリットもある。
帰路は渋滞なくドライブできた。ちなみに、6速巡航での回転数はメーター読みで
100km/h:2250rpm
120km/h:2700rpm
である。今どきのクルマにしては回転数は高め。7速があったら、高速燃費は大幅に伸びるに違いない(それでも、WLTCの高速道路モードは15.0km/Lだから悪くない)。ACC(アダプティブクルーズコントロール)を装備しているから、100km/hにセットしておけば、楽々ドライブも可能だ。が、どうも筆者にはMT車でACCを使うメリットがわからない。日産GT-Rもそうだが、この手のクルマはドライブそのものが楽しいから、ACCなどの運転支援の必要性をあまり感じないのだ。
ドライブモードは「コンフォート」で
シビック タイプRには、4つのドライブモードがある。コンフォート/スポーツ/インディビジュアル/+Rモードの4つ。今回は、ほぼ「コンフォート」で走った。Rモードはサーキットで使うモードだし、スポーツは、ワインディングを走る用(つまり今回除外したシチュエーションだ)だからだ。
電子制御ダンパーを使うタイプRだから、モードを変えれば乗り心地もハンドリングも明確に変化する。もし、筆者がタイプRを購入したら、おそらくほぼ「コンフォート」で走るだろう、と思えるほど、コンフォートの乗り味はいい。
とはいえ、せっかくインディビジュアルモードがあるのだから、ちょっとセッティングしてみよう。
エンジン/ステアリング/サスペンション/エンジンサウンド/レブマッチ/メーターの項目をコンフォート/スポーツ/+Rから選べるのだ。
エンジン:コンフォート
ステアリング:スポーツ
サスペンション:コンフォート
エンジンサウンド:コンフォート
レブマッチ:スポーツ
メーター;+R
にしてみた。メーターが勇ましくなって、ちょっと驚く。
乗り心地は、ファミリーカーたりえるか?
タイプRのインテリアは、「真っ赤」である(ちょっと気恥ずかしい……)。
タイプR専用のシートの出来は素晴らしい。シートの出来の以前に、ボディがガッチリしているから、変な揺れが伝わってこないのがいい。バケットシート然としているけれど、細身の人も、そうでない人も受け入れてくれるシートだ。
実家の母親(89歳)をドライブに連れ出したとき、母は「あら、このクルマは乗り心地がいいわねぇ」と呟いた。仕事柄、いろいろなクルマに乗って実家に帰るのだが、まさかシビック タイプRで「乗り心地がいい」と言われるとは思っていなかった。でも、なんの先入観もない感想として、シビック タイプRは乗り心地がいいのだ。もちろん、いわゆる高級車然として乗り心地の良さではないけれど、不快な振動がないのと、段差を乗り越えたときに上下動が一発で収まること、ボディがミシリとも言わないことが、「このクルマは乗り心地がいいわねぇ」に繋がっているのだろう。
後席はどうか?
後席は広い。175cmの男性が前後に座っても、膝周りには相当余裕がある。ただし、乗車定員は4名。後席中央にはドリンクホルダーが備え付けられている。4人家族なら、タイプRはファミリーカーとしてOKだ(5人家族なら残念、諦めてください)。
燃費はどうだろうか? シビック タイプRを買う人は燃費のことなんか気にしない……かもしれないが、筆者なら気になる。思い切り走りを楽しむときは気にしないだろうけれど、通勤や買い物、日常の足に使うときは、燃費はいいに越したことはない。ましてやタイプRの燃料はハイオクだ。
シビック タイプRを借り出して、いろいろなシチュエーションでドライブした(スポーツ走行はしなかったけれど)。500.2km走行して燃費は12.1km/Lだった。WLTCモードが12.5km/Lだから達成率は96.8%。まずまずだ。渋滞に巻き込まれなければWLTCモード通りの燃費性能を発揮してくれそうだ(市街地モード 8.6km/L 郊外モード 13.1km/L 高速道路モード 15.0km/L)。
アクセルを意識して踏み込まないでドライブした際の燃費が12.1km/L。後日、ジャーナリスト(瀨在仁志氏)にステアリングを預けて、燃費を気にしないで200kmドライブしてもらった(3名乗車)際の燃費が10.4km/Lだった。12.1km/Lと10.4km/L。ドライバーの腕の差もあるだろうけれど、気にしないで踏んでもこの程度の悪化なら、気にしなくてもいいのかもしれない、と思った。
タイプRは、ファミリーカーとしても使える
今回、アクセルを踏み込まずにドライブしたが、だから「楽しくなかったか?」と問われれば、これがそんなことはまったくなくて、ドライブはとても楽しかった。操作した通りに動くことはやはり快感だ。いいクルマはゆっくり走っても楽しい。これは真実だ。
ということで、シビック タイプRはファミリーカーとして使えるか、というテーマに対しては「使える」という結論になる。ただし、小回りが効かない(最小回転半径は5.9m!)のは、ちょっと困る。狭い道に面している自宅ガレージに駐車する際、マイカーのBMW320dなら一発で入れられるところが、シビック タイプRだと切り返さないとだめ。スーパーマーケットの駐車場や狭い交差点もかなり気を遣う。ここだけが、ネガ(太いタイヤを履いているから仕方ないのだろうけれど)。それ以外は、シビック タイプRは、「ファミリーカー」と「ホッテストモデル」の両面で満足のいくクルマである。
シビック タイプRを注文した人、これから買おうとしている人は、現在500万円でこんなクルマが手に入る幸運をぜひたっぷりと味わってほしいです。心から羨ましいです。
ホンダ・シビック タイプR 全長×全幅×全高:4595mm×1890mm×1405mm ホイールベース:2735mm 車重:1430kg サスペンション:Fマクファーソンストラット式/R マルチリンク式 駆動方式:FF エンジン 形式:直列4気筒DOHCターボ 型式:K20C 排気量:1995cc ボア×ストローク:86.0mm×86.0mm 圧縮比:9.8 最高出力:330ps(243kW)/6500rpm 最大トルク:420Nm/2600-4000rpm 燃料供給:DI 燃料:無鉛プレミアム 燃料タンク:47ℓ WLTCモード燃費:12.5km/ℓ 市街地モード 8.6km/ℓ 郊外モード 13.1km/ℓ 高速道路モード 15.0km/ℓ 車両価格:499万7300円