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トヨタ開発陣は、この2ヵ月でどんな手を打ってきたのか
スーパー耐久シリーズ第2戦のNAPAC富士SUPER TEC24時間レースに参戦した液体水素エンジンGRカローラは、本来開幕戦鈴鹿でデビューするはずだった。3月8日に富士スピードウェイで実施した専有のテスト走行で、エンジンルームの気体水素配管からの水素漏れによる車両火災が発生し、車両の復旧が間に合わなかったため、出場を断念したのだ。
ではトヨタ開発陣は、この2ヵ月で、どんな手を打ってきたのか。
①水素配管を高温部から離す
水素エンジンの高温部分を把握し、そこから水素配管の位置を離すという対策を行なった。
②水素配管ジョイントに、緩み防止機能と、万が一水素が漏れた際にも水素をキャッチし、検知器に導く機能を兼ね備えたセーフティーカバーを装着するといった、車両火災の原因となった水素配管の設計変更を実施した。
また、車両はこの2ヵ月で約50kg軽量化したという。気体水素エンジン車から液体水素エンジン車へ変更した際に300kg重くなったから、50kgの軽量化で、その重量差が250kgになったということだ。前後重量配分は、液体水素エンジン車の方がバランスがいいという。
今回の液体水素は、HySTRA(川崎重工、岩谷産業、電源開発株式会社などから構成される技術研究組合)のプロジェクトで川崎重工が建造した液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」が2022年2月にオーストラリアから輸送した褐炭由来水素を含むオーストラリアで製造した液体水素。
レースで使用する移動式液化水素ステーションは、岩谷産業(イワタニ)とトヨタが共同開発したものだ。従来あった圧縮気体水素を作るための圧縮機や水素を冷却するプレクーラーなどが不要になったため、設置に必要な面積を気体水素使用時の4分1程度までコンパクトにできたため、「念願のピット内充填」が可能になった。
液体水素に燃料を変更することで体積当たりのエネルギー密度が上がる。満充填からの航続距離は約2倍、充填時間は、これまでと同じ約1分半を実現した。航続距離は設計上はレース使用時で20Lap(富士スピードウェイは1周4,563mだから、約91km)。実際のレースでは1スティント=15Lapを想定する。
水素エンジンの課題であるエミッション対策は、気体でも液体で共通の課題だ。パワートレーン開発部主査の小川さんの説明によると、水素の利点でもある着火性の高さをうまく使って、希薄燃焼(リーンバーン)ができる。理論空燃比より少しリーンにするとNOx(窒素酸化物)が発生するが、大幅にリーンにすると筒内の燃焼温度が下がるためNOxの生成は極端に下がるのだという。
ただし、性能(出力・トルク)を出そうして燃料(水素)を濃くするとやはりNOxが出る。これについては、従来の三元触媒でうまく浄化できないか、という課題に取り組んでいるという。
「希望的観測をいえば今シーズン中に、なんらかのハードの大変更をしてこの技術を入れられたらと思っている」(パワートレーン開発部主査の小川さん)ということだ。
液体水素はなにが難しい?
液体水素を使う上での課題は、大きくいって次の3つだという。
・液体水素をいかに保温するか
・液体をくみ上げるポンプの効率・能力
・液体→気体の気化の制御
この3つが大きな課題。このうち、ポンプの効率・能力と気化制御は大きな課題だ。
ポンプについては、今回もハード的な課題を抱えていて、24時間のレース中に2回程度のポンプ交換を予定していた。実際、19時半頃から始まった最初のポンプ交換には4時間程度の時間がかかっていた。
交換する場合、タンク内の水素を安全に全部抜いて、そこに窒素置換(不活性ガスに置き換える)を行ない、ポンプを取り出し、交換。窒素を抜いて、水素ガスを入れて、最後に液体水素を入れるという手順となる。交換するポンプは現在考えているベストなもので同じポンプを交換した。
液体水素タンク(高性能な魔法瓶のようなものをイメージすればいいだろう)は、気体水素用のように高圧にする必要がないため、将来的には軽量にできる(当然コストも高圧タンクより安くなるだろう)。ただし、現在は車載用の液体水素タンクの法規が存在しないのだという。したがって、定置用の液体水素の法規に準じて完全に円筒形のタンクを使う。本来は、高圧でないためタンクの形状自由度は高いはずだが、まだそこには至っていない。また、法規ができても、タンクの異形化にはさまざまな課題があるという。
トヨタとして、液体水素のシステムは初めての取り組みだ。現在は250kg増の重量だが、軽量化には引き続き取り組んでいく。重さの要因のひとつは、液体水素ポンプ本体とそれを駆動するモーターだという。これを軽くする手法として考えているのが「超伝導技術」だ。液体水素のマイナス253℃という超低温なら、「超伝導」が使えるはず。そこで、超伝導技術の研究を続けてきたアカデミア(大学)にトヨタが声をかけてプロジェクトに参加してもらうことになった。
車載液体水素ポンプ用超電導モーター技術は京都大学・東京大学・早稲田大学
車載液体水素用遠心ポンプ技術は早稲田大学
である。これが実現すれば効率も重量も劇的に性能が向上するが、
「超伝導モーターが実戦に入ってくるのは、来シーズン以降になりそう。そう簡単ではない」(水素エンジンプロジェクト統括主査の伊藤さん)だというが、楽しみな技術である・
富士スピードウェイ内で行なわれた記者会見で、ル・マン24時間レースの主催者ACO(フランス西部自動車クラブ)のピエール・フィヨン会長は「2026年からル・マン24時間のトップカテゴリーに水素エンジン、燃料電池車の参加を認める」「2030年にはトップカテゴリーをすべて水素にしたい」と発言した。
トヨタがリーダーとなって進める水素プロジェクトの先にル・マン24時間、そしてその先の市販化というゴールがある。今後も開発の進展を見守っていきたい。