日産シルビアは近年、ネオクラシックカーとして再注目されている。S13からS15までのモデルはドリフトベースとして人気だったが、昨今の旧車ブームによるものかノーマル車に人気が集まるようになってきた。ところがS13より前のモデルとなると現存数が少なく、あまり人気が再燃したと言う話を聞かない。ただし初代モデルは別で、長らく一定の人気を維持してきたのがCSP311と言えるだろう。
初代シルビアは1965年に発売された。型式がCSP311となっていることで想像できるように、シルビアのベースはSP310型ダットサン・フェアレディ1500。SP/SRフェアレディはモノコックボディではなくフレーム式だったため、デザインの異なるボディを載せることが可能。そこでドイツ人デザイナーのゲルツ氏によるものを採り入れ日産社内でデザインを進めたクーペボディを被せてエンジンの排気量を1.6リッターに拡大したのが初代シルビアだった。
クリスプカットと呼ばれる美しいボディは極力継ぎ目を排したデザインとなっていて、その当時はプレスによる量産が困難だったことから職人によるハンドメイド方式を採用。ハンドメイドであることは内装にも生かされていて、本革やアルミを贅沢に使った高級感あふれるデザイン。そのため当時の新車価格は120万円と高価。ベースのフェアレディも1.5リッターから1.6リッターエンジンへ切り替わりSP311となるが、こちらは93万円で買えた。同時期のセドリック・デラックスでも93.6万円の時代であり、いかにシルビアがスペシャルな存在だったかを物語る。
60年代半ばといえば、まだまだ庶民がクルマを所有できる時代ではなく、高価な2シーター・クーペであるシルビアを買えたのはごく一部の人たち。そのため生産台数は少なく、わずかに554台でしかない。当時から希少車だったわけだが、オーナーたちから丁寧な扱いをされてきた個体がほとんど。そのため残存率は意外に高く、今もオーナーズクラブが活動を続けているほど。エンジンやシャーシがフェアレディと共通という部分も、維持し続けることに対して有利と働いたはずだ。
5月21日に愛知県で開催された「クラシックカーフェスタIN尾張旭」の会場にも2台の初代シルビアが展示されていた。生産台数554台でしかないモデルにも関わらず2台が参加しているのだから、人気のほどが伺える。そのうちの1台に近寄ると、オーナーが何やらトランクへラミネート加工した写真を貼り付けているところだった。何だろうと思って拝見すると初代シルビアのデザイナーである木村一男氏がこのシルビアに手をかけている写真だった。興味を覚えてお話を聞くと、オーナーズクラブがミーティングを開催したときにゲストとして招いた時のものだという。
オーナーである小栗千春さんは20年ほど前にこのシルビアを手に入れた。実は以前からこの個体が走っている場面に出くわしていたので、近所の人が乗っているのだろうと予想していた。するとある時、たまたま立ち寄ったガソリンスタンドでこのシルビアが給油していたため、オーナーと話す機会に恵まれた。するとその人は小栗さんの知り合いで、家から歩いて行けるところにお住まいの方だった。なんという奇遇だろう。そこで会うたびに手放す時には譲って欲しいと頼み続けてきたそうだ。
近所の方はなんと新車でシルビアを購入してから、長らくガレージで保管し続けてきた。さらに長距離を走ることは少なく走行距離も伸びていない。ただ車検と整備は受け続けていて、まさに理想的なコンディション。これを逃したら一生後悔するとばかりに頼み続けたが、先方はいつも和かな笑みを浮かべるだけで色良い返事はもらえたことがない。そんな日々を過ごしてきた小栗さんに前オーナーが亡くなられことが伝えられた。
高齢だった前オーナーだが、シルビアを手放すつもりはなかったようだ。と言うのも亡くなられたことを聞いて前オーナー宅へ駆けつけた小栗さんに、奥様から他にも4人ほどからシルビアを譲ってほしいと頼まれていたことを知る。誰かに託すことも考えていたのかもしれないが、結局話としてまとまることなく逝去されてしまったのだ。
ではなぜ、小栗さんがシルビアを譲り受けることができたのだろう。小栗さんは前オーナー宅へ向かうとき、花屋へ寄って高価な生花を作ってもらい持参している。奥様へ手渡すなら生花だろうと考えたのだ。さらに前オーナーとのやりとりを打ち明け、いつも笑顔で受け流されていたことも伝えた。何が決定打になったのかは不明だが、こうして小栗さんはシルビアを譲り受けることができたのだ。やはり旧車を受け継ぐには人の縁が何より大事であることを感じさせてくれるエピソードではないだろうか。
ガレージ保管されて程度は抜群だったものの、やはり塗装は部分的に色褪せていた。そこでまず譲り受けた直後に同色のまま全塗装を行うことにした。ただ随所に使われているメッキパーツなどは新車時のまま。これだけの状態なので小栗さんもシルビアをガレージで保管している。さらに入手時に2万キロ台だった走行距離は現在3万キロへとわずかながら伸びた。20年間で1万キロしか走っていないが、そもそも日頃は乗らず、晴れた休日に近所を走る程度。もちろんオーナーズクラブのミーティングなどで遠出することはあるが、それも数えるほどしかない。
走る機会が少ない個体は調子を崩しがちだが、小栗さんはしっかりメンテナンスを受け続けているためトラブルはほぼない。しかも新車時にオプションだったクーラーが今も現役で使えるという。深い愛情を注がれたクルマは60年近く経った今でも調子良く走れるものなのだ。