巨匠ジウジアーロがカーデザインの本質を語る「まず、よく見ること。そして分析して、貯めておく。そうすれば”式”ができてくる」

カーデザインの巨匠、ジョルジェット・ジウジアーロ。
巨匠ジョルジェット・ジウジアーロがデザインしたヒョンデ・ポニーは、いまや世界有数の自動車メーカーに成長したヒョンデにとって、非常に重要なクルマである。「幻のコンセプトカー」として、長らく行方不明だったポニー・クーペコンセプトをジウジアーロが復元した。現代に蘇ったポニー・クーペコンセプトのお披露目の場で、ジョルジェット・ジウジアーロ氏にインタビューする機会を得た。さて、マエストロはなにを語ったか。
マエストロ・ジョルジェット・ジウジアーロは御年84歳(1938年生)。Hyundai Reunionの会場に現れたマエストロは、情熱的にデザインについて語った。1973年のアッソ・ディ・ピッケ、76年のアッソ・ディ・クァドリの間にデザインしたのが、アッソ・ディ・フォーリとなるはずだったこのポニー・クーペコンセプト。マエストロは現在も、息子のファブリッツィオ・ジウジアーロ氏とともに設立したGFGスタイルで活躍中だ。

ヒョンデ・ポニー・クーペコンセプトを見せていただいて感動しました。その当時、ジウジアーロさんは、日本の自動車メーカーともたくさん仕事をなさっていたと思います。日本のOEMとヒョンデと最初の出合いでなにか違う点はありましたか?
ジョルジェット・ジウジアーロ(以下GG):もちろん、日本のメーカーとはいくつかやっていました。自動車産業という面でも韓国ではまだまだでした。部品とかサプライヤー、そういったシステムがなかったので、いわばもう少し昔に帰るようなやり方、その当時でひと昔前に帰るようなやり方でプロジェクトをやり直す必要がありました。金属とかタイヤ関係、シャシー関係、そういったものでも、それがないのでどうしようか、という取り組みでした。

ージウジアーロさんにとって1970年代とは、どんな時代でしたか?
GG:いろんな新しいアイデアが提案されていた時代なので、メーカーとも自由にいろいろやりとりできたダイナミックな時代でした。

ーこのクルマ(ポニー・クーペコンセプト)を見ると50年前のクルマとは思えません。クルマに永遠の命、タイムレスのセンスを与える秘訣はなんでしょうか?
GG:(笑)秘訣はシンプルであること。いまのクルマを見るとデザインに関して、なにを特徴とさせるかいろんなオプションがあります。そしてそれで人をどうやって驚かせるか、新しいモノを作るか、そういったエレメントが多すぎるのです。実際にシンプルでエッセンシャルなものがあって、そしてベースが美しいものであれば、それがずっと美しさを保つのです。みんないろんな顔をしていますが、ふたつの眼があってひとつの鼻があって、基本は一緒です。その基本に忠実でシンプルであることだと思います。

再現されたヒョンデ・ポニー・クーペコンセプト
復元された「ヒョンデ・ポニークーペコンセプト」主要諸元
・全長×全幅×全高:4080mm×1560mm×1210mm
・ホイールベース:2340mm
・エンジン:1238cc・直列4気筒(82ps/6000rpm)
・駆動方式:FR(エンジン縦置き)

ーこの時代のジウジアーロさんの作品として、Aピラーのステンレス製カバーや角度とか、いろいろその時代のモチーフを感じます。ジョルジェットさんは、このクルマを何年くらいにペンをとられたのか? その時代に一緒にデザインしたクルマがあれば教えてください。
GG:当時、これと同じスタイルというと、デロリアンが挙げられます。もちろん、デロリアンは、もう少しサイズが大きくて、タイヤも幅が広く大きくて、アメリカ用に造られたので、もう少し大げさな、たとえば2ドアですがガルウィングだったりしますが、基本的に同じように比べられることがあります。エアロダイナミクスは、流線型は大切なのですが、当時はそれに関して決まり事はあまりありませんでした。なにか発射されるようなミサイルではありませんが、そういった尖ったものを、少し攻めた感じでデザインしました。あと、「オリガミ」といいましたが、カクカクしたもの、しかしそれでも丸みを付けた部分も必要になってくる。構造を作るときに全然違った技術が必要になってきます。溶接の仕方とか、サポートの入れ方とか。そういったものも考えながらテクノロジー面とデザイン面を折り合わせながら考えていた時代でもありました。

ーさまざまなプロジェクトのデザインは同時並行で進めるのですか?ひとつひとつデザインしていくのですか?
GG:ひとつずつやっていきます。デザインした作品を誰かに断られたら、それを他のところにもっていったりしました(大笑)。

ジョルジェット・ジウジアーロ氏の息子であるファブリッツィオ・ジウジアーロ氏

ーファブリッツィオさん(ファブリッツィオ・ジウジアーロ氏 以下FG)に質問です。現代の自動車産業はとても複雑です。電気や水素についても考えないといけない。ファブリッツィオさんが電気の時代の2ドアクーペを依頼されたら、いろんなアイデアがあるのですか?
FG:現在は確かに複雑になっていますが、いまでもこういった(ポニー・クーペコンセプトのような)シンプルなものを作るのは可能だと思います。もちろん、いろんなレギュレーション、特に安全基準の問題でフロントをどれだけの高さにしないといけないとか、ドアの厚みをどれだけ持たせないといけないのか、そういった要素はもちろん出てきます。しかし、たとえば、エアロダイナミクスのかたちというと、いまはほとんどの国で130km/h以上は出せない。それ以上出せるのはドイツです。スピードが130km/h以下だったら、エアロダイナミクスはあまり考えなくてもいい。それよりも安全の方が重要視されていますので、シンプルなものを作るということであれば、現代でも充分に可能だと思います。

ポニー・クーペコンセプトのデザインスケッチ

ーマエストロの美学。さきほど美しさが重要である、とおっしゃいましたが、モノを作るにあたり、表現するにあたり、美しさを感じるためには、特殊な能力が必要なんですか? それとも日常をすごく繊細に生きれば見えてくるモノなのですか? こういうものを作るにはどうしたらいいのでしょう?

美しいモノを創るには、まずは「よく見ること」だというマエストロ

GG:もちろん、なにか美しいモノを生み出すというのは、その人それぞれのマエストロが持っているモノだと思います。それはその人によりますし、育った背景、家族、仕事や文化にもよります。それを音楽に活かすかアートに活かすか、もしくはもっと科学的な方面に活かすか、だと思います。ただ、私が心がけてきたのは、まずよく見るということ。そしてその外見とその機能性に着目して、そしてそれをよく分析する。いろんなものを見て、それを頭の中に入れておいて、そしてそれをよく分析する。そしてマスマティックス、すべてのものはとても数学的で計算できるんです。たとえば顔の場合は、もっと彫りが深くて鼻が高ければ、それぞれがひとつだけどうにかすればいいというものではなくて、それぞれが関係している。だからすごく計算されたものでもありますけれど、もちろん本能的になにか思い浮かぶということはあると思います。が、いろんなものを見てそして分析して、そしてよく貯めておく、それによって式とができてくるのだと思います。(といってグラスを手に取る)いまいったことを伝えるのはとても難しい。翻訳するのは難しいと思います。

ポニー・クーペコンセプトの図面。もちろんマエストロの手描きだ。

ーポニークーペのサイズばとても小さいです。しかし、車内はとても居心地が良さそうでインテリアも美しい。おそらく実際に乗ってもコンフォータブルだと思います。安全基準が厳しくなったとはいえ、現代のクルマたちは大きすぎませんか? 大きくてカッコいいクルマを創るのは簡単なのでは?
GG:それは仕方ないことだと思っています。コマーシャル的にはクルマはどんどん大きくなってきました。小さななクルマ、たとえばこのポニークーペをいま、路上で見たら「なんだかちっこいクルマだな」としか思われないと思います。いまは、大きなクルマで大きなスタイルで、そしてタイヤもホイールも大きくした方が、”偉く”見える。そしてラグジュアリーに見える。そういうわけでそちらの方が売れるから流れとして仕方ないのかな、と思います。いま人気のSUVですが、昔は働く仕事用のクルマとしか思われていなかったのが、現代ではみんなが乗っています。高いところから見るのは気持ちがいいから。私も最近はSUVばっかり乗ってる、もうクーペは乗らない(笑)です。

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著者プロフィール

鈴木慎一 近影

鈴木慎一

Motor-Fan.jp 統括編集長神奈川県横須賀市出身 早稲田大学法学部卒業後、出版社に入社。…