脱・温暖化その手法 第76回 ― 世界的に太陽光発電を普及させることで日本に生まれる価値―

温暖化の原因は、未だに19世紀の技術を使い続けている現代社会に問題があるという清水浩氏。清水氏はかつて慶應大学教授として、8輪のスーパー電気自動車セダン"Ellica"(エリーカ)などを開発した人物。ここでは、毎週日曜日に電気自動車の権威である清水氏に、これまでの経験、そして現在展開している電気自動車事業から見える「今」から理想とする社会へのヒントを綴っていただこう。

太陽光発電で日本が再び世界を牽引

前回まで、太陽光発電と自動運転化した電気自動車を世界的に普及させる場合の懸念点を検討してきた。その結果、まったく懸念がないわけではないが、それを確認するための研究を行なうという前提付きで、世界的普及は可能であることが結論である。

今回は、普及によって生まれる日本での価値を、まず太陽光発電から述べることにする。

1990年以降、バブルが弾けてからの日本のGDPは横ばいで、所得も上がらす、将来への不安ばかりが言われるようになっている。アメリカではどうだったかといえば、この30年の繁栄は、ITという新しい産業ひとつに支えられてきたと言ってよい。日本での80年代の繁栄は半導体に引っ張られてきたものでもある。大きなテントに例えれば、中心部を高く上げれば回り全体が高くなる。これと同様で、その国を引っ張る巨大産業があれば、ほぼすべてのことに好循環が生まれる。

その巨大産業に太陽光発電はなりうるかが、今回の主題ということになる。

ここで想定しているパネルは世界にはまだない、超軽量で、厚さ数100μmのフレキシブルパネルである。唯一長い経験を積んだ人たちが立ち上げた国内のベンチャー企業がサンプルまで作り上げ、これを用いたミニプラントを今年末までに完成させることを目標にしているところである。

では、これが世界的に普及した場合のパネル価格はどれほどか? ということになるが、出力1kWのパネルは3万円以下となるとしている。1kWのパネルで起こせる電力は年間約1000kWhである。これは日本での発電量で、砂漠地帯ではもっと多いし高緯度地帯ではもっと下がるので、世界平均としてこの発電量が得られるものとする。

第61回で、日本と世界で必要なエネルギーはどれだけかに関して述べた。もし、アメリカ人と同じだけのエネルギーを世界中の80億人が使った場合の計算をすると約200兆kWhの需要がある。第67回で飢餓状態にある人々は7億人もいると述べたが、このような人々を含めて、80億人がアメリカと同じように豊かになるはずはないという意見はありうる。だが、戦後の日本は飢餓状態だったし、改革開放前の中国にも同じような人々はいた。これが救われたのは、外国からの援助によるところが大きかった。そう考えると、エネルギーの供給が行き渡ることで水や食料を自らの手で生み出すことができるようになり、自律的な成長が可能になり、結果として世界中が豊かになることは十分にありうる。

世界中でそのために必要なパネルは2000億kWである。そのパネル単価をkW当り3万円とすると、総パネル価格は6000兆円という金額になる。新しい技術が社会に普及を始めると僅か7年で以前の技術に置き換わるということも67回で述べている。この法則を当てはめると、7年の平均で年間850兆円の売り上げが生まれることになる。あるいは、7年で普及してしまうとその後、一旦需要が止まることになり、産業としては極めて苦しい経営となる。このため、生産調整をしながら20年で普及させようとしても年間300兆円の売り上げである。すると、パネルの寿命が約20年なので、初期に導入したパネルが寿命を迎え、同じ売り上げが維持できる。

2022年の日本の自動車会社の売り上げは約80兆円であった。このことから考えると、太陽光発電のパネルだけでの売り上げが300兆円にも達するとすれば、日本の産業と経済を牽引するほどの大きな効果があることになる。この前提は、パネルの生産をすべて日本の手で行なうということではある。

太陽光パネルの効果を求めるための数値
フレキシブル太陽電池パネルを用いることが前提。
比較対象は日本製自動車の売り上げが2022年に
は80兆円だった。

技術を日本から流出させないために

すると、これから日本が考えなくてはならないのは、このパネル全量を、日本あるいは日本の資本で作るためにはどうしたら良いかが焦点になる。これまで、このパネルはスタートアップのベンチャーが資本を集めて開発してきたが、量産プラントの建設になると数100億円の費用を必要とすると聞いている。

また、これまで例として述べてきた、林業、農業、漁業との融合により広い面積でパネルと共存できる用途での大量の使用法を確立することが求められる。そのためには、まず小さな面積を確保し、そこで実証をして効果があり、なおかつ問題点があればそれを解決するというプロセスを踏む。ここで必要な初期の研究費用はそれほど大きくはないが調達がいる。その次は大量に、かつ広範囲の場所で発電した電気を、送電線網を使って消費者に届けるためのネットワークの整備をする計画へと進む。その上で、発電した電力を一時的に保管するための施設整備と、安価な電力を使って金属精錬を行なう技術への発展も重要である。

大規模太陽光発電の実現過程
パネル開発と大量生産過程、土地の確保と
大量普及過程、関連技術の組み合わせ。

これらを完成させることで、第一次産業、電力会社、金属素材製造会社がそれぞれに大きく潤うことになる。すると、その効果は私たち一般消費者の生活を豊かにすることができ、国家の財政も大きな余裕ができることで新しい政策実行のための予算捻出も容易になる。こうして、30年間停滞してきた日本があらゆる点で息を吹き返すことになる。

これを実現するためには、国家レベルでは大きくはないが初期の予算配分が必須である。これを民間に任せたままにしておくと、技術は簡単に海外に流出してしまう。このために、今の段階では国の手厚い保護が是非とも必要なところである。

これまで述べてきた太陽光パネルの大量普及法は温暖化の抜本的な解決を可能にすることは言うまでもない。それとともに、日本の産業の活性化と生活の豊かさをもたらしてくれる。環境対策は費用が掛かり、利益が出ないということで敬遠されがちであったが、長い試行錯誤の結果として、環境対策が他の大きな効果も併せ持つことがこれからの時代である。

 次回は、自動運転付きの電気自動車が実現した時の利点について述べたい。

プラチナカー2号車
デザインをより洗練させてNEWSホイールと
名付けた”全方向”車輪を開発し、シートを変
え、照明を付けた。

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著者プロフィール

清水 浩 近影

清水 浩

1947年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部博士課程修了後、国立環境研究所(旧国立公害研究所)に入る。8…