脱・温暖化その手法 第79回 ―  日本発の電気自動車普及で日本に生まれる価値を実現する戦術 その2 電気自動車の効率を高める―

温暖化の原因は、未だに19世紀の技術を使い続けている現代社会に問題があるという清水浩氏。清水氏はかつて慶應大学教授として、8輪のスーパー電気自動車セダン"Ellica"(エリーカ)などを開発した人物。ここでは、毎週日曜日に電気自動車の権威である清水氏に、これまでの経験、そして現在展開している電気自動車事業から見える「今」から理想とする社会へのヒントを綴っていただこう。

バッテリー性能だけでない走行距離の向上策

前回は電気自動車を普及させることによる日本で生まれる価値を実現するための戦術に関して、「導入部分として思い切った投資が必要なこと」と、それで「整備すべき自動充電網」に関して述べた。今回は「コストパフォーマンスの高い車両を実現するための戦術」に関して述べる。

電気自動車の航続距離の短さは、電池のせいだけにされている。それよりも、走行にかかる電力を減らす方が効果は現れやすいし価格も安くできる。電力は走行中に転がり摩擦抵抗と空気抵抗に打ち勝ってクルマが進むことに使われるほか、インバーターとモーターの損失に加えて大きく消費するのは加速の時に使ったエネルギーだけでなく、減速の時にブレーキでも消費される。これらのエネルギーを徹底的に下げることが、電気自動車のコストパフォーマンスを上げることに繋がる。

回生ブレーキの効率を上げる

先ず、ブレーキによるエネルギー損失を減らす方法だが、これは回生ブレーキでその多くが回収できる。加速時に使うモーターを減速時には発電機として使い、ブレーキ力を電力に変えて電池に回収する技術であり、すべての電気自動車に使われている。但し、回収できる電力量が電気自動車の駆動構造によって大いに異なる。電気自動車の駆動装置は、電池にインバーターとモーターが主である。モーターの力はほとんどの電気自動車ではギヤで回転数を落とし、デファレンシャルギヤを通して、各駆動輪に伝える。このギヤから車輪まで伝わる間に私の過去の開発経験では10%ほどの損失を受ける。僅か10%と思えるが、回生ブレーキで回収する電力もこれだけの損失を受けるので、その差し引きを求めると加速で使う正味のエネルギーはギヤがない場合に比べ、半分ほどにもなる。その結果、一般道路での電池エネルギーの消費に30%ほどの違いが出る。この損失を抑えるのは、車輪にモーターを組み込み直接車輪を回すインホイールモーターという技術である。

インバーターの効率を99%にまで高める

その他の損失低減では、ひとつがインバーターに新しいタイプのトランジスタを使うことである。その究極は、ノーベル賞を受賞した名古屋大学の赤崎勇教授と天野浩教授が発明した窒化ガリウムを材料に用いたトランジスタで、その大電流が流せるものは、日本政府肝いりで開発中である。これが完成するとインバーターの効率が99%迄期待できる。モーターの損失は銅損と呼ばれているコイルの巻線に電流が流れることによるものと、鉄損と呼ばれる磁石が作る磁場中を、コイルを巻いた鉄心が回転することによるものがほとんどである。銅損を減らすには、磁石の強度を上げることが有効であり、佐川眞人氏の発明によるネオジム鉄ホウ素磁石のさらなる高強度化が期待できる。鉄損の低減は、利用する鉄心の材質が大きくかかわるが、そのための鉄の製法は日本が最も進んでいる。

タイヤ開発にかけては、ブリヂストンとフランスのミシュランが世界の2大メーカーであり、その開発力に期待できる。空気抵抗低減に関して、計算流体力学では日本は進んだ国である。これからはスパコンを重点に利用することで、究極の空気抵抗を実現することが可能となる。車体の軽量化も重要だが、これはテスラモーターが始めたギガプレス(アンダーボディをアルミ鋳造で一体成型する技術)が有効である。テスラがこれを生み出したことで、私は先を越された感があるが、これを後追いする日本の自動車メーカーの動きは凄まじい。

電池のみに頼るのではなく、エネルギーを使う
すべてのところで消費エネルギーを最小にする。

インホイールモーターにより車体を小さく

以上が、技術の効率化を主体とした電気自動車のコスト低減であった。もうひとつ重要なのは、インホイールモーターを使うことによる車体の有効利用空間の拡大の効果である。モーターが車体の上からなくなるということは、有効空間が広がることである。私の経験では、1000ccクラスの小さな車体で、大型車に匹敵する車室を実現している。このことは、軽自動車の規格で、世界で最も売れているトヨタカローラやフォルクスワーゲンゴルフなどの1500cc以上のクラスの車に相当する車室を持つ車が実現できることを意味する。軽自動車は、現在では最高出力には制限はないので何馬力でも出していいはずなのだが、実際にはメーカーの自主規制によって64psまでと制限されていることで加速が悪かった。いくつか登場している軽の電気自動車では、自主規制は守られているが最大トルクには自主規制はないことが電気モーターの強みを活かせることになり、全域でガソリンエンジンより遥かに豊かなトルクカーブを描くことで快適な加速を得ることができる。そして、ここが大事なところだが、軽自動車サイズの車は日本でしか作っていないクラスで、その製造技術は外国メーカーは決して追いつけない。

さらにインホイールモーターで付け加えたいのは各車輪にこれを載せて、加速、減速をそれぞれの車輪ごとに行なえることである。それにより、今までにない安全で快適で運転者の気持ち通りに走れる車とすることができる。

インホイールモーターによって、走行のフリクションが減る
だけでなくスペース効率も高めることができる。これは日本
車の軽自動車サイズを、より世界に向けたものとすることも
可能。日本の強みにできるのだ。

以上のことから、日本は、電気自動車を世界中に普及できる大きな世界最強の力を持っていることになる。その戦術は走行エネルギーを究極に減らし、車体の基本を軽自動車サイズとして、わずかな電池で長い航続距離を得られる。なおかつ、車体を軽自動車サイズ規格に小さくすることの効果と相まって、十分な広さと快適さを持ち、安価な車を実現することである。その結果、日本の自動車生産の世界シェアは30%だったものがこれを大きく伸ばすことが見通せる。

今回は、日本の電気自動車を世界に広めるための戦術について述べた。次回は、戦術を現実に実現するための戦闘について述べる。

プラチナカー2号車の屋根を跳ね上げた状態
乗り降りは、前方から行なう。そのために自然な方
法として、屋根を跳ね上げる構造にした。

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著者プロフィール

清水 浩 近影

清水 浩

1947年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部博士課程修了後、国立環境研究所(旧国立公害研究所)に入る。8…