「中国抜き」と「普及」のバランス BEVを待つ2024年の危機・前編

PHOTO:TESLA
EU(欧州連合)は中国でのBEV(バッテリー・エレクトリック・ビークル)関連補助金の調査を開始した。BYDオート(比亜迪汽車)などいくつかの中国資本OEM(自動車メーカー)が調査に協力している。米国ではIRA(インフレ抑制法)が定めた「米国産または同盟国産」の資源・部品使用比率に満たないBEVには連邦補助金(税控除)が交付されない。欧米はあからさまな中国排除の姿勢を見せる。しかし、BEVのサプライチェーンでは中国の存在感は圧倒的であり「中国抜き」でBEVを普及させることはきわめて難しい。
TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

2035年でもBEVの普及率は40%?

2035年のBEV普及率限界は、全体市場の40%程度と筆者は見ている。乗用車はBセグメントまでの小型車が中心になる。軽自動車からトヨタ・ヤリス、ホンダ・フリードあたりの大きさまでだ。商用車は軽バンからせいぜい2トントラックまで。市街地での「ラスト・ワンマイル」配送ではBEVが使える。

乗用車では「私は環境に優しいクルマに乗っています」とアピールする高級車もBEVでいい。ハイパワーモーターと電池大量搭載による「ICE(内燃機関)では不可能な加速」をアピールできる。

中級クラスの乗用車はHEV(ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)またはPHEV(プラグイン・ハイブリッド・ビークル)がもっとも大きなボリュームを今後も占めるだろう。BEVは20〜25%程度のシェアと予想する。

大型商用車では、市街地の決まったルートを走るバスでBEVのシェアは増えるだろう。長距離トラックは水素を燃料に使うICE車が有力で、電池の重により積載量が減るBEVは向かない。筆者はこう予測する。

電気自動車と水素燃料電池車の境目になるのが、小型トラック。トヨタが開発中のFC小型トラックのベースはいすゞエルフだ。PHOTO:TOYTOA

ことし2024年は、将来への現実的な考察が求められる年になるだろう。BEV普及が進むにつれてに顕在化してきた「危機」が、いよいよ大きな問題になる危機元年と言い換えることもできる。

まずはBEVの現状を点検してみる。

よく日本のメディアは「日本はBEVで出遅れた」という表現を使う。これは誤りだ。テスラがLIB(リチウムイオン2次電池)を動力源とする新世代BEV「テスラ・ロードスター」のプロトタイプを発表したのは2006年7月。これに3カ月遅れて三菱自動車は量産BEV「i-MiEV(アイミーブ)」を発表した。量産試作ではi-MiEVが先行し、’08年1月にメディア向けの最終プロトタイプ試乗会が行なわれた。この段階では東京電力などが実用化試験を始めており、ナンバー付きi-MiEVは数十台あった。

三菱i-MiEV 2010年発売当時の価格は398万円だった。一充電走行距離は10・15モードで160km。PHOTO:MITSUBISHI
初代日産リーフ。2010年12月発売時の価格はXグレードで3776万4250円だった。PHOTO:NISSAN

テスラ・ロードスターは2008年3月から納車が始まったが、i-MiEVよりも少数の生産台数だった。i-MiEVは’09年7月に法人向けの販売が始まった。路上で見かけるようになったのは’10年4月の個人向け販売開始以降である。LIB搭載の量産BEVという見方をすれば「アイミーブ」は世界初のモデルである。

日産リーフは2011年3月11日、東日本大震災が発生したこの日に、メディア向け試乗会が開催されていた。すでに法人向け納車は始まっていたが、本格的量産の立ち上げは予定通りにはいかなかった。

このi-MiEVとリーフは、ともに2011年春の時点で市販されていた。つまり日本にはLIB搭載量産BEVが2車種あった。この点では世界を完全にリードしていた。

中国政府がNEV(ニュー・エナジー・ビークル=新エネルギー車)の普及をねらったダブルクレジット規制に乗り出したのは2017年だった。BEV、PHEV、FCEV(フューエル・セル・エレクトリック・ビークル=燃料電池電気自動車)の3カテゴリーをNEVに定めた。真っ先にVW(フォルクスワーゲン)は中国OEMとの間でNEV生産に特化した合弁事業を立ち上げ、欧米勢OEM数社がこれに続いた。

2010年12月に開催された広州車展(モーターショー)にBYDオートが出品した「e6」タクシー仕様。後席の下からトランクルームにかけてに電池が積まれ、後席に座るとふくらはぎに電池ケースが触れるほど電池のためのスペースが必要だった。(PHOTO:牧野茂雄)

中国国内勢では、2010年にBYDオートがBEV「e6」を発売し官公庁への無償提供を開始したほか、タクシー仕様の実証実験も始めた。電池メーカー比亜迪(BYD)を親会社に持つ強みでBEV市場に参入した。ただし、BYDオートが最初に取り組んだのはBEVではなくPHEVであり、現在でも同社はPHEVを事業の中心に据えている。BEVでのBYDオートの存在感は大きくなったが、利益面で経営を支えているのはPHEVである。

2017年といえば、米トランプ政権が中国制裁を開始した年であり、中国政府が自動車産業構造の半分を「日欧米がやっていない方向=NEV」へと転換する必要に迫られた結果のNEV普及策への転換と捉えることもできる。中国政府はそれまでNEV規制を「やるやる」姿勢は見せていたものの、規制導入には踏み切れないでいた。腹を括ったのは2016年の秋であり、このときに2017年からのNEV規制実施を決めた。

EUではCOVID19(新型コロナウィルス感染症)が蔓延し始めた2020年、BEVは「販売店に行かなくてもネットで買える自動車」としてテスラなどの販売台数がじわじわと増え始める。COVID19パンデミックは早期に収束すると読んでいたEUおよび各国政府は、COVID19収束後をにらんだ経済政策のひとつとしてBEVとPHEVへの補助金上乗せを行なった。

この前年、2019年にEU委員長に就任したフォン・デア・ライエン前ドイツ国防相は、12月の就任演説で「再び強い欧州を取り戻す」と宣言し、EU議会は2020年1月にBEV用動力電池分野への補助金投入を承認した。ここから欧州での政策的BEV普及が始まる。

米国ではバイデン政権が誕生した2021年が自動車政策の転換点だった。前トランプ政権が廃案にした連邦燃費基準強化案を復活させ、同じくトランプ政権が「違法だ」と槍玉に挙げたカリフォルニア州独自のZEV(ゼロ・エミッション・ビークル=無排出車)規制を「違法ではない」と救済した。そして2022年にはIRA=インフレ抑制法が成立した。

そのいっぽうで、トランプ政権の中国排除姿勢はバイデン政権も受け継いだ。端的な例が2022年に成立したIRAに見る中国排除姿勢だが、それ以前にもトランプ政権が中国経済への圧力を強めていた。その結果、中国の景気が減速し、自動車生産台数は2017年をピークに2018年以降は足踏み状態に入る。

そこで中国政府は内需回帰政策へと舵を切り、自動車ではNEV普及へと傾倒して行った。国内の動力電池や電動モーター、自動運転といった領域への補助金交付を大々的に行うようになる。

こうして振り返ると、中国は2017年、EUは2020年、米国は2021年がそれぞれのBEV普及政策元年であることがわかる。日本は2011年には量販BEVが存在した。しかし販売台数が鳴かず飛ばずだったため市場が盛り上がらず、法人需要にも結び付かなかった。国としての政策は「よその国をマネをした」ような購入補助金だけで、どの分野からどう普及させるかのビジョンは何もなかった。

そして、日本では三菱自動車と日産が思い描いたほどにはBEVが売れなかった。三菱グループ各社は「買う買う」と言っていたものの、いざi-MiEVが発売されると「高い!」と言って買わなかった。日本は「BEVで出遅れた」のではない。真っ先に出してみたものの、市場がついて来なかった。減速せざるを得なかったのだ。

どんなクルマを選ぶかは個人が決める。個人が「欲しくない」「買わない」と思えば普及しない。逆に「欲しい」と思ってもらえれば売れる。わかりやすい例が中国だ。

2020年、中国ではBEVが「当たり前の選択肢」になった

中国で2020年にはBEVが「当たり前の選択肢」になった。「BEVだから」ではなく、クルマ選びの中での「Aがいいか」「Bにするか」「こっちのデザインが好き」「燃料代は毎月いくらまで」という動機が支配する選択肢になった。ICEか電動かちという「パワートレーンの選択」でもない。単純に「安い」とか「新そう」とか「カッコいい」とか、そういう消費者目線での選択だった。

一時期、中国政府は「これでNEV補助金を打ち切ってもいいだろう」と判断し、「打ち切ります」と3回発表した、しかし、中国政府の思惑は大きくはずれ3度とも撤回された。4度目の正直で2022年から補助金がなくなり税優遇だけになると、中間価格帯ではPHEVが売れるようになり、BEVは日本の軽自動車に相当するAAクラスと高額商品とに需要が完全に二分された。

2022年には、日本円にして1500万円クラスの中国製BEVが出現し、高額価格帯でBEVが盛り上がった。同時に、日本でもメディアがしきりに取り上げた50万円のBEV「宏光MINI」(現在は70〜80万円に値上がり)はAA級であり、瞬く間にこのカテゴリーそのものがすべてBEVになった。「燃料代がかからない」という点が大きな理由だったが、裏では中国政府が政策的に「人民の足」をBEVヘ誘導した。

高額BEVは富裕層の多い沿岸部の大都市で売れ、AA級BEVは沿岸部から内陸部にかけて広い範囲で売れるようになった。2023年1〜11月実績では、全新車販売台数の21.8%がBEVだった。20%を超えたのは初めてだ。その多くはAA級のBEVである。

欧州ではBEV補助金とインセンティブ(高速道路やフェリーの無料など)が需要を下支えし、複数保有の中の1台をBEVにするというところから普及が始まった。2019年のことだ。しかし、BEVが売れている国は「国民ひとり当たりGDP」が高い国であり、新車販売に占めるBEV比率が高い国は北欧やドイツ、フランスなどに限られている。EUの中でもBEV普及率には大きな差がある。

2023年1〜11月のEU+英国+EFTA合計の実績では新車乗用車市場でのBEV比率14.2%、商用車のうち車両重量3.5トン以下のバンはECV(エレクトリカリー・チャージャブル・ビークル=外部から充電できる車両=BEVとPHEV)比率7.5%、トラックは同1.9%、バスは同16.8%だった。バスはノルウェーなどが輸入したBYD製が最大勢力である。

米国ではテスラがBEV市場を牽引してきたが、2023年初頭からテスラが上海工場製のモデルを米国内で売るため値下げ攻勢に出たことでGMやフォードなど伝統的OEMのBEVも値下げ競争に巻き込まれた。GMとフォードのBEVは売れ行き不振が続いており、両社の2024年BEV生産計画は当初予定の半分程度に削られた。中国製は正規輸入されていないが、韓国のヒョンデはBEVで健闘している。

テスラは米国BEV市場の大半を独占しているが、それでもBEV製造販売での利益はさほど大きくはない。ほかのBEVスタートアップは倒産するか、累積赤字をいまだに抱えたままの事業継続を余儀なくされている。2024年はIRA施行により中国製BEVおよび中国製電池、中国企業が精製した鉱物などが税控除対象外になる(米国は確定申告制度なので、補助金ではなく税控除額として連邦政府がBEV1台7500ドルを認める)。

2023年第3四半期までの実績では、米国内LV(ライトビークル=車両重量3.5トン以下の軽量車)市場に占めるBEV比率は7.4%。テスラは上海工場製でLFP(リン酸鉄)系LIBを搭載した安価なモデルが米国でも売れているが、IRA施行で中国製は補助金打ち切りになる可能性もある。

「電池が足りない」が「電池はそう簡単には作れない」

車載LIBのサプライチェーンを現したIEA(国際エネルギー機関)の2022年データ。Li(リチウム)、Ni(ニッケル)、Co(コバルト)の採掘では中国の存在感は低いが、Gr(グラファイト=黒鉛)は圧倒的に囚獄支配だ。精錬など材料加工ではLiとCoで中国支配が増え、セル部品になると圧倒的な存在感になる。

いま、欧州と米国が抱える問題は「電池が足りない」ことだ。車載用の動力LIBは中国企業が世界市場の75%程度を牛耳り、2番手は韓国、3番手が日本。ほとんどの生産をアジア企業が請け負っている。元テスラ幹部がパナソニックのエンジニアを誘って興したノースボルトやノルウェーのFREYR、MORROWなど新興勢に欧州は期待をかけるが、まだ量産は始まっていない。電池はそう簡単には作れないのだ。

現在、欧州では世界最大の電池メーカーになった中国のCATL(寧徳時代新能源科技)や元NECと日産の合弁会社を中国のエンビジョングループ(遠景集団)が買収したAESCが工場を稼働させており、国軒高科なども工場を建設中だ。韓国勢はLG、SK、サムスンという3財閥系が工場を稼働中だ。

勘違いされているのは、メルセデスベンツやルノーなど在欧OEMが相次いで発表した電池工場が、電池セル工場ではないということだ。セルの供給を受けてパック化する工場がほとんどであり、VWが発表した国軒高科との電池開発も「開発と製造の主体は国軒高科」である。電池セルは自動車メーカーがそう簡単に量産できるものではない。

中国BYDのブレードバッテリー製造の様子(PHOTO:BYD)

米国ではGMとフォードが電池メーカーの支援を受けて電池セルを開発している。しかし、まだ安定的量産には至っていない。韓国財閥系3社と日本のパナソニックが米国内で量産されるBEVへの電池供給を請け負い、いま工場の建設および拡張を行なっている。量産は2025年から拡大する予定だ。

しかし、LIBの原材料であるニッケル、コバルト、黒鉛といった原材料の加工は中国が大きなシェアを持つ。米国はIRAで中国排除を狙うが、現実問題としてそれはかなり難しい。

もうひとつ、よく「LIBは作れば作るほど安くなる」と言われているが、これも誤解だ。世界で最初にLIBを実用化したのは日本であり、韓国が量産効果で価格攻勢に出たときが「第1次値下げ」だった。その後、中国政府が国内の電池メーカーに大量の補助金を配り、生産が一気に拡大したことで競争激化し単価が下がった。これが「第2次値下げ」である。

個々の企業で見れば、韓国LGはLIB部門の黒字化に13年かかり、パナソニックはテスラ向けLIB事業の黒字化に10年を要した。中国勢の大手は政府から莫大な補助金を受け取ることで赤字を避けながら生産のための先行投資を行なえた。アジア企業が薄利多売をすることでLIB価格は下がったのである。「作れば作るほど安くなる」ではない。

いま、米国はBEVサプライチェーンから中国を排除しようとしている。EUは中国製BEVの完成車輸入を締め出そうとしている。しかし、中国抜きで「売れるBEV」の供給がうまく行なわれるようになるまでには4〜5年はかかるだろう。また、「軽くて安くて高出力」を謳う次世代電池が市販BEVに搭載されて道路を走り始めるのも、ことしや来年ではない。もう少し先の話だ。

その先に2035年がある。EUはこの年までに自動車をCN(カーボン・ニュートラリティ)にしなさいと規制をかけようとしている。筆者は、これは99.9%無理だと考える。(つづく)

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…