F1関係者の多くは、フォーミュラEにある種の偏見を抱いているように見える。そもそも彼らは、フォーミュラEにほとんど関心がない。たまに話題に上ることがあっても、ほとんどイロモノ扱いだ。以前、アラン・プロストに、「将来的にはF1も、電気100%になるのでは?」と訊いた時も、別の機会に「フォーミュラEが多くのファンを獲得して、F1と肩を並べるカテゴリーになるのでは?」と訊いた時も、いずれも答えは「絶対にありえない」だった。
ただしそれはコロナ禍以前の、4年以上も前のことだ。今だったらプロストも、ひょっとしたら考えを変えているかもしれない。そんなふうに思ったのは、僕自身が今回初めてフォーミュラE東京大会を取材し、単純に観戦して楽しかったし、最新鋭のマシンやユニークなレース形式に将来への可能性を感じたからだった。
プロストに限らず、F1関係者がフォーミュラEに対して一番物足りなく感じるのは、純粋なマシン性能であろう。
2017/18年のシーズン4まで使われたGen1(第1世代)マシンは、最低重量900kgとかなり重かった上に、最大パワーも200kW(約272PS)しかなかった。ダウンフォースも足りず、タイヤもプア。つまり、ストレートで遅く、コーナーでは鈍重、かつ不安定な挙動のクルマだった。しかもバッテリーの持続時間が短く、途中で乗り換える必要があった。たしかにこれでは、F1マシンと比べろというほうが無理だろう。
しかし、2018/19年のシーズン5からのGen2で(第2世代)バッテリーが大容量化され、パワーも最高速もアップ。1台のマシンでレース距離を走りきれるようになった。
そして昨年投入されたGen3では、ホイールベースはより短く、全高も低くなり、それ以上に車重が60kgも軽くなった。一方で最大パワーは350kw(476PS)に増加。最高速も320km/hと、ついに300kh/h超えを達成した。
もちろんこれでも、F1マシンのパフォーマンスにはまだまだ足元にも及ばない。しかもダウンフォースは相変わらず絶対的に足りない。しかし実際に観戦してみると、このダウンフォースの少なさは意外に気にならなかった。コーナリング中の不安定な挙動を、ドライバーが必死に立て直そうとする。その様子が、オン・ザ・レールのF1を見慣れてる身からすると、逆に新鮮だったりしたのだ。
レースフォーマットにしても、決勝での「アタックモード」はかなり面白かった。パワー増大にはレコードラインを外れる必要があり、その隙にオーバーテイクされる危険がある。そのあたりの駆け引きが、最終周まで続いた。「フォーミュラEは、エコラン競争」という先入観を覆すに十分だった。
今後のマシンと規定次第でホンダの参戦もある?
今回の東京大会には、ホンダのモータースポーツ活動を統括するHRC(ホンダ・レーシング)の渡辺康治社長もお忍びで来ていた。
東京E-Prixの翌週に鈴鹿で開かれた日本GPの際にあらためて話を聞くと、「(フォーミュラEを観戦したのは)実は今回が2回目で、北京駐在時代の2014年に初めて見ました」とのこと。記念すべき10年前の第1回大会を見ていたことになる。
「しかしあの時は、正直つまらないと思いました。音は静かすぎるし、たしかクルマも乗り換えてましたよね。レース中に音楽が鳴って、DJが喋って盛り上げてたり。なんだ、これって」
「それに比べると、今はものすごく楽しくなりましたね」と、10年ぶりのフォーミュラEを存分に堪能したようだった渡辺社長。となると気になるのが、ホンダの今後の動向だ。ホンダは一時、フォーミュラEへの参戦を社内で真剣に議論したと聞く。最終的にゴーサインは出なかったものの、まったく関心を失ったとは考えにくい。
渡辺社長自身、「本田技研が量産車の電動化を進めるなかで、技術を開発するフィールドとして(電気自動車による)レースは重要だと思います」と語る。ただし、「今のHRCは2026年に向けてのF1の新パワーユニット開発が大詰めですから」と、早期参入の可能性は否定した。
とはいえ、2026/27年のシーズン13からの投入が計画されるGen4(第4世代)マシンには、並々ならぬ関心を持っているようだ。
Gen4の詳細はいまだ不明ではあるものの、エネルギー回生力は最大700kW、最大出力は600kW(約816PS)に達する見込みであるという。
「かなりパフォーマンスが上がって、航続距離も伸びそうですしね。電気をやってるうちのエンジニアも、なかなか面白い技術競争になりそうだって言ってます」
もちろん、バッテリーの独自開発が許されていない現状では、ホンダが技術的な挑戦を旗印に参入するのはまだ難しいかもしれない。しかし、ホンダがF1と同時にフォーミュラEにも本格的に関われば、かなりのインパクトを世界に与えることだろう。