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■アイサイトがもっと知能化してやってくる!
「AMD」に耳慣れないひともいるだろうが、身近な例ではパソコン(以下PC)のCPU。もしあなたがこの画面をノートPCで見ており、そのキーボードの手前側のどこかに「AMD」のロゴ入りシール貼ってあったらそのパソコンのCPUはAMD製だ。
AMDはアメリカの半導体メーカーで、PC用CPU分野ではインテルが「Core」で長年トップを飾り続けていたが、このところAMDも対抗馬「Ryzen」シリーズで勢力を拡大している。
そのAMDとSUBARUが手を組み、いまや同社の象徴となったアイサイト技術にいよいよAIを導入し、さらに進化させていくというのが今回の発表の主旨だ。
●アイサイトのAI化で何ができるようになる?
SUBARUは現在、自動車の安全技術を次の5つに分けて考えている。
1.0字安全:視界の良さ/パッケージ → 事故に遭わないための基本設計。
2.走行安全:動的性能/危険回避性能 → 走りを極めれば安全になる。
3.予防安全:リアルワールド重視 → 先進技術で安全運転を支援。
4.衝突安全:乗員保護+コンパチビリティ → 万一のための万全の備え。
5.つながる安全:先進事故自動通報/インフラ強調 → もっと命を守るために。
アイサイト技術が属するのは3番目「予防安全」だ。」
さて、現在のステレオカメラ方式は、2つのカメラが捉えた映像内の車両や側壁ばかりか路面上の白線をも内部システムが立体化して周囲状況を把握している。要はすべて画像処理だけでまかなっており、このへんは他社でも似たようなものだろう。
これだけでも大変な技術だと思うが、実際の走行シチュエーションは千差万別だ。クルマは夜昼問わず走るし、雨や雪、霧のときもある。路面状況も様々で、白線がない、あるいは白線がかすれた場所も・・・白線を捉えていなくても先行車の走行軌跡をたどって追従するなど、いまのアイサイトもよくできているが、いざ完全自動運転時代を視野に入れたとき、画像処理だけで対応していくには限界がある。
そこで発想されるのがAIとの融合だ。アイサイト=ステレオカメラにAIを組み合わせると何がどう変わってくるのか。
SUBARUは、2017~19年に起きた死亡事故の分析から、そのうちの57%はさきの安全思想5つの柱のうちの「予防安全」・・・先進技術による運転支援デバイスで救えるのではないかと考えた。
これまでのアイサイトは、画像で得た周囲の車両などを2つのカメラで捉えることでひたすら「立体物」として認識するにとどまっていた。ここにAIが加わると、前方に広がる景色(の画像)の中にある、路面および路上の「立体物」・・・まずは路面を「走行可能のエリア」として認識すると同時に、2眼ゆえに得られた視差画像の中の個々立体物を、無数の細かい点にピクセル化。これまでもピクセル化していたが、次世代版ではAIが画素ひとつひとつについて「この点の部分は走れる・走れない」「この点(画素)は何メートル先にある何の点である」と認識することで現在の周囲状況をより精度高く把握することができるようになるというのだ。
例えば路上にひとが横たわっていたらどうなるか。
ドライバーなら「うおっ、ひとがっ!」と気づいてあわててブレーキペダルを踏むだろう。実はその様子を写したステレオカメラの視差画像だけでは、システムは正確に状況を把握できていない。「走行可能のエリア上に何かがある」とも「路面が盛り上がっているだけ」とも受け取ることができてしまい、これまではこういった事象にシステムは対応しきれていなかったという。ということは、ドライバーが気づかなければ、タイヤでひとを踏みつけてしまう可能性があったわけで、だから取扱説明書にも「システムを過信せず・・・」の文句が記されていたわけだ。
ここから次世代アイサイトのAIの真骨頂となる。
このようなシーンが訪れたら、
「『走行可能のエリア』上に『走行不可のエリア』が出現した」 → 「何かがある」 → 「道路ではない」 → 「そのまま通過してはいけない」
とAIが推測~判断し、最悪の事態の回避が可能になるという。
これはSUBARUが掲げた一部の代表例だが、AIだからこその「推論・推測」が可能になり、先のことをクルマが「予防」できるようになると、一般路での自動運転の可能性がぐんと高まってくる。
一般路の状況は様々だ。
SUBARUは例として、さらに「S字カーブ」「交差点」「雪道」「センターラインのない道」「日差しによる輝度の変化」「ライトによる輝度の変化」を掲げていたが、AIの推論・推測を伴うアイサイトが実用化されれば、ほんとうに人間がハンドルを握っているのと同じようにクルマが道を走ることになる。
さきの「路面上に現れた走行不可のエリア」を捉える能力が備わるなら、強風の日に飛んできて路面に接触しながら跳ねまわるふくらんだコンビニエンスのビニール袋も、次世代アイサイトは「もしや・・・袋?」と「推測」し、減速しながらそのまま通過するか、停止するかを「判断」するようになるのだろう。
●ナビもレーダーも不要な次世代アイサイト
ここまでお読みになり、お気づきの方がいるかどうか。
私は、今後の自動運転デバイスの進化には、てっきりナビゲーション地図の併用が必須だと思っていた。
次世代アイサイトがすごいのは、あらゆるシチュエーションを、ステレオカメラとAIのみで完結させようとしている点だ。その場その場に応じてステレオカメラとAIが状況判断するからナビ地図情報もレーダーも一切不要になる道理。その意味でも人間が運転するのと同じだが、それにしてもナビ不要とは! 2030年代なのに、先進技術の実現でナビ実用化前の1980年代のクルマ社会のようになるところがおもしろい。
披露された資料映像では、プロトタイプのクルマにドライバーが乗ってはいても、白線が隠れ、轍(わだち)しかない雪道を、ドライバーがハンドルの10時10分位置から両手を浮かせたままでもクルマは難なく走ってのけていた。ナビ地図情報なんかなかろうと、路面が雪に隠れていようと、目(カメラ)で見えたサイドの壁(これも雪だ)の形からカーブであることを判断、ていねいなハンドル操作で進行方向をじりじり進む・・・人間そのものじゃないか!
もっとも、気ままなドライブを除き、完全自動運転が実用化されてもナビが不要ということにはならないだろう。クルマ任せで「買いものでスーパーへ」「観光で東京タワーへ」「帰省で実家へ」向かうなら、いくら自動運転車とて目的地設定をしなければクルマだってどこへ向かえばいいかわからなくなる。
●肝は柔軟性ある新型AMDチップ
次世代アイサイトに使われるチップは「AMD Versal AI Edge Series Gen2」で、Programmable Logic(FPGA)、AIエンジン、APU(画像処理用コア)といったいくつかの処理エンジンの使い分け(Adapting Conputing)をひとつの半導体チップで行えるのがこの新型チップの特徴だ。
データ処理を行うエンジンのうち、アイサイトにとって不要なものは削り、必要なものは半導体回路を自前で設計して搭載することが可能。また、不要部分を削ることで全体のコアサイズを小さくすることもでき、これは低コスト化にもかなうという。
これをPCに置き換えるなら、メーカーが用意するカタログモデルに対するカスタマイズモデルのようなものだ。カスタマイズモデルならCPUやHDD(いまはSSDか)のグレードを用途や予算に応じて選ぶことができるし、ディスクドライブだって種類(DVDかブルーレイか)ばかりか、要不要だって顧客の任意。浮いたお金で好みのソフトなり周辺機器なりを揃えればいい・・・このように、ユーザー(この場合SUBARU)の要求に応じた性能を柔軟に持たせることができるのが「Programmable Logic(FPGA)」たるゆえんだ。
なお、FPGAのうちの「FP」は「フィールドプログラマブル:製造後にハードウェアの機能を変更できる」、「GA」は「ゲートアウェイ:さまざまな機能を持つように構成できる」をそれぞれ意味し、AMDはこの考えを最初にモノにした企業・・・SUBARUではこの3年強の間、数社と競合の形でチップ開発に臨んだというが、FPGA概念の老舗であることもAMDをパートナーに決めた理由のうちのひとつかも知れない。
最後に。
SUBARUは一時期アイサイト搭載車を「ぶつからないクルマ」のフレーズでPRした。いまでも似たような文句で宣伝しているが、筆者は、今回のSUBARUの説明を受けながら、次世代アイサイトがSUBARU全車に備わり、トラック(バイクも)も含めた他社の他車も次世代アイサイト同様のデバイスが広がった暁には、クルマの小型化・軽量化が進むのではないかというヘンな予測をした。いや、進めばいいという期待だ。
システムが理想的に働く=絶対に故障しないことが前提の話だが、街中すべてのクルマが「ぶつからないクルマ」になったなら、こちらに「ぶつかってくるクルマ」もなくなることになる。これほどAIが優秀なら自ら崖から落ちることもしないだろう。
筆者はいまのクルマのサイズ肥大化および柱が太いことによる視界の悪さに辟易している。
車両サイズ拡大も柱が太いのも、第1に衝突時のキャビン変形量を抑えて生存空間を確保するためだ。しかし「ぶつかってくるクルマ」がなくなれば柱はいまほど太くする必要はなくなって視界は向上するし、小型化はそのまま軽量化にもつながる。その好影響は、軽自動車のボディ設計のあり方にまでおよぶかも知れない。
このような飛躍したアイデアにもつながるといいなと期待しながら、2030年の次世代アイサイトの実現を楽しみに待ちたい。