ぐるぐる巻きばかりが”ばね”じゃない!これでも”ばね”なの?と言いたいばねもある? 日本発条の「グリッドばね」【人とくるまのテクノロジー展2024】

プレス形状によってバリエーションは増える。並べると、何だか京都あたりの伝統工芸品に見えてくる。
毎年春に横浜(夏は名古屋)で開催される「人とくるまのテクノロジー展」は、自動車メーカーの技術を後ろから支える無数のサプライヤーが、自社技術・製品をお披露目する大舞台だ。いかに優秀な技術を持つサプライヤーをどれだけ擁しているかが、自動車メーカーの技術力を左右するといっても過言ではない。
本記事では、ばね製造の老舗、日本発条が造るばねに見えないばねがおもしろかったので採りあげてみる。
TEXT/PHOTO:山口尚志(YAMAGUCHI Hisashi)

■1938年創業のばね専門メーカー

呼称は「ニッパツ」。正式社名は「日本発条株式会社」で、「ニッポン・ハツジョウ・カブシキカイシャ」と読む。
それをそのままアルファベット化して縮めたものだから、代々木の公共放送局みたいな「NHK」になった。「corporation」の「c」で「NHC」になりそうなものだが、「昔のことだから『kabushiki kaisya』の『k』のまま略称になった(担当者)」らしい。
もっとも会社ロゴ上は「NHKニッパツ」とセットになっている。
なお、「発条」とは日常では耳慣れない言葉だが、これは「ばね」「ぜんまい」を指す古い日本語での呼び名だ。

日本発条株式会社・・・通称ニッパツのブース。

ばねなんて古くからありそうなものだし、製品名をそのまま社名にしてしまう会社なら100年以上の歴史を持つかと思いきや、創立は1938年9月というから人間でいうなら85~86歳だ。いまの70~80代は昔の70~80代と違って若いし、実際、これくらいの年齢でもピンシャンしているひとはザラにいることを考えると、歴史のあるニッパツであっても古いという感じはしなくなる。

さて、「ばね」は私たちのまわりにいくらでも存在する。ボールペンの頭をノックするとペン先が出たり引っ込んだりするのは小さな小さなぐるぐる巻きの金属ばねがあるからだし、テレビのリモコンの電池ぶたにある薄い金具板の端子だって電池がぐらつかないよう弾力で支えながら電気を流すばねになっている。

自動車用ばねで誰もが最初に思いつくのはサスペンションのコイルばね、トラックの板バネ(リーフ式サスペンション)だろう。
ボールペンのばねや電池の金具、サスペンションを見てわかるように、これらばねは決して表には出ず、見えないところで使い心地や乗り心地のよさをもたらしてくれる縁の下の力持ちだ。
そして見てくれだって地味にしてシンプルだ。
シンプルなだけに手を入れられる部分が少なく、それでいて求められた性能を満たさなければならない。
例えばコイルばねなら全体の高さ、巻きのピッチ、そのピッチも均等なのか不均等なのか、全体の幅は一定なのか、樽型なのか・・・素人が思いもよらないアイデアが地味でシンプルな形の中にいっぱい詰まっているのである。

●ばねに見えないばねも?「グリッドばね」

誰もが思いつく形をしたばねのお話は他のメディアにお任せすることにして、同じばねでもちょいと変わったばねを見つけたのでお見せしたい。

これだ。

遠目に見ても近くで見てもおろし金に見えるが、うすい板をプレス成型し、衝撃を吸収しながら一定間隔を保持する部位に使う「グリッドばね」だ。
プレス形状によってバリエーションは増える。並べると、何だか京都あたりの伝統工芸品に見えてくる。

何だか大根おろしでも作れそうな姿をしているが、これでもれっきとしたばねなのだ。
手にすれば非常に軽く、反対の手の指で力を入れると簡単にしなる。表面をさすれば指が引っ掛かり気味になるのでその意味でもおろし金のようだが、これでもばね。
用途を尋ねると、詳細はいえないそうだが、「板状のもの同士の間にセットすることで衝撃を面で均一に吸収しながら一定のすき間を維持することができる」ものだという。
サンドイッチのハムやスライスチーズのイメージで、これは板ばねの一種だが、ばねといってもぐるぐる巻きや弾性変形する板ばかりがばねじゃないことを教えてくれるおもしろい変わり種だと思ったのでご紹介した次第だ。

●これができればシート革新? 「車酔い低減シート」

さて、ばねといえば自動車のサスペンションのように書いたが、あくまでも代表格というだけで、他にも使われている部位はある。エンジンにもトランスミッションにもクラッチにもばねが使われているのだが、他の大ものではシートがある。

「シートもサスペンションのうち」という考え方がある。ならばばねメーカーがシートを手掛けても不思議はない。
日本発条はシート製造の歴史も長く、1949年、アメリカ進駐軍に向けたシートスプリング製造を皮切りに、1960年代にはシート生産を開始。いまは乗用車用ばかりかバス、トラック用も製造している。

筆者は問題ないし、周囲に該当するひとはいないのだが、車酔いに悩まされているひとは少なくないようだ。ドライバーが酔うのではなく、助手席、後席のひとが酔うのだという話があれば、いやいや、運転していても酔うというひともいる。

そもそも人間がなぜ車酔いを引き起こすのか、そのメカニズムはいまだ解明されていない。
耳の奥にある三半規管の影響によるとも、目から入ってくる景色の動きと脳の感覚が一致しないからともいわれている。

そのような中、日本発条はもっか車酔いを低減するシートを開発中だ。
そのきっかけは、自動運転が広まると、運転操作から解放されたドライバーも同乗者と同じく車酔いを引き起こすようになるのではないかという懸念の声が挙がったことだという。

医学分野の専門家でさえ「・・・ではないか」と述べているに過ぎない推測を足掛かりに、自動運転時代に懸念される車酔いを何とか抑えられないかと模索しているのである。

日本発条は「車両旋回時/加減速時に頭部が傾くと視覚とのズレが増加する」ことが車酔いの原因と仮説づけ、その対応として、「ヘッドレストによる頭部支持と着座姿勢によって頭部のロール/ピッチ動を抑制」することにした。

車酔いの原因のニッパツなりの研究を説明するパネル。

要するに「ヘタに頭や体が動くから視覚とのズレが生じて酔っちまうんだ。だったら頭も体もがんじがらめにして固定しちまえばいいじゃないの。」という発想だ。だから本当は乗員とシートを縄で縛りつければいいのだろうが、実際にはそうはいかないわけで、彼らは頭の揺れを「抑制」することに目をつけ、ヘッドレストの形状に工夫を凝らした。通常のヘッドレストなら、後頭部が接触する前面はただの意匠面だが、この部分を頭の左右動をあるていど規制する形に成型。具体的には中心部を両脇よりもくぼませることで頭の横揺れを抑える形にしている。

車酔い抑制の秘密はヘッドレストの凹凸にあり。この凹凸が車酔いの原因となる頭部揺れを規制する。

見ればどうという形をしているわけではないが、それこそばねの設計と同じで、どのようなラインで凹凸をつけるといいのか、左右を振り向く自由度は残しながら横揺れを規制するには面の高低差がどれほどであればいいのか、いざ設計するとなるとあれやこれや要検討項目が出てきたであろうことは想像に難くない。

写真のシート、実は、容易にリサイクルするための構造(分解・解体しやすい、原材料にまで戻しやすいなど)をデモンストレーションする「環境にやさしいシート」の機能展示が主旨で、車酔い低減ヘッドレストは「おまけ(担当者氏)」だという。

「環境にやさしいシート」。
「環境にやさしいシート」の説明パネル。

リサイクルなんてどうだっていいとはいわないが、しかしいまのところ、原因が解明されていないだけに車酔いを抑えるシートを標榜する市販車はないのが実情だ。車酔いが嫌でクルマに乗るのを怖がる子供もいることを考えると、この技術は早く日の目を見るといいと思う。

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