陸上自衛隊最大の長距離火力「MLRS(多連装ロケットシステム)」は「陳腐化」した過去の遺物なのか?【自衛隊新戦力図鑑】

陸上自衛隊のM270 MLRS。陸自最大の長距離火力として、方面隊隷下の特科団や方面特科隊などに配備されてきた。写真/陸上自衛隊
アメリカ陸軍のM270 MLRS(多連装ロケットシステム)は、地上戦において長射程かつ強力な火力を発揮できる装備として、冷戦下の1980年代に誕生した。陸上自衛隊も1990年から調達を開始し、方面隊直轄の特科火力(砲兵火力)として運用してきたが、「陳腐化」を理由として段階的な廃止の方針を示していた。しかし、ウクライナでの激烈な地上戦の影響か、廃止の流れに変化も生じている。
TEXT:綾部剛之(AYABE Takayuki)

ウクライナの地上戦で再注目されたMLRS

今月、ロシアの軍事系SNSサイトがウクライナ軍のMLRSが破壊される瞬間を捉えたという動画をアップした。彼らが戦果を誇るのは、ウクライナ軍に供与されたMLRSが大きな戦果を挙げているからであり、そして今回が(確認された範囲内で)初めてのMLRSの撃破だったからだ。

ウクライナ軍には西側諸国からM270 MLRSが供与された(写真はフランスより供与された車両)。ある報道によれば、ウクライナは25両のMLRSを保有している。短距離弾道ミサイル「ATACMS」やGPS誘導ロケット「GMLRS」などを用いた長射程かつ精密な攻撃でロシア軍を苦しめている。写真/Ministry of Defense of Ukraine

MLRSはM2ブラッドレー歩兵戦闘車の装軌車体をベースに、上部に箱型の旋回式ロケット発射機を備える。発射機には2個のロケット弾ポッドを装填可能で、1個あたり6発のロケット弾を収納している(つまりMLRS×1両につき最大12発を装填できる)。また、MGM-140 ATACMS(陸軍戦術ミサイルシステム)という、精密誘導可能な短距離弾道ミサイルも運用可能である(ATACMSは1両につき2発装填できる)。

ロケット弾ポッドの再装填を行なう陸上自衛官。ポッドは6発が1セットの束になっており、速ければ2個合計10分程度で交換が可能だという。U.S. Marine Corps photo by Sgt. Abrey Liggins

ウクライナの地上戦は双方が砲兵火力を叩きつけあう火力戦となっているが、なかでもMLRSは長射程火力として重要視されている。前述したATACMSは160~300kmの射程を有し、戦線後方の飛行場や軍事施設を精確に攻撃できる。ここ最近は、2014年よりロシアが軍事占領しているクリミア半島の防空網や宇宙関連施設などを積極的に攻撃し、戦果を挙げていたため、ロシア側にとっては「憎むべき」存在となっていたのである。

ウクライナ軍のMLRSを破壊したと主張するロシア側の動画をシェアしたツイート。MLRSは再補給拠点の施設に入ったところを、施設ごとロシア軍の短距離弾道ミサイルに攻撃されたようだ。
MLRSの射撃。陸上自衛隊は、もともと上陸侵攻した敵に対する広範囲な制圧火力として、クラスター弾頭を搭載したロケット弾をMLRSで運用していたが、2008年のクラスター兵器禁止条約を受けて、GPS誘導の単弾頭型へと切り替えた。U.S. Army photo by Maj. Elias M. Chelala

すでに東北方面隊の下にあったMLRS部隊、第130特科大隊は2019年に廃止となっている。2023年には西部方面隊の第132特科大隊も廃止されたのだが、不思議なことに第301多連装ロケット中隊として復活したのである。また、奄美大島で2023年に行なわれた日米共同訓練では北海道からMLRSがフェリー輸送され話題となった。退役に向けた方針が覆ることはないだろうが、ウクライナでの活躍もあり、長距離火力としての存在感を示した格好だ。

さて、陸上自衛隊は島嶼防衛を見据え、はるかに長射程のミサイル、いわゆる「スタンドオフ・ミサイル」の開発に取り組んでいる。2022年の防衛力整備計画で、MLRSについて「2029年度までに廃止」と記載されているが、MLRSと入れ替わるかたちで、新たな長距離打撃力が陸上自衛隊に導入されることが期待される。現在のMLRS部隊は、廃止を待つだけの過去の部隊ではなく、未来に向けた準備のための部隊と言えるだろう。

箱型のロケット発射機に、各6発装填のロケット弾ポッド×2個が収納されていることがわかる。U.S. Army photo by Maj. Elias M. Chelala

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著者プロフィール

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綾部 剛之

軍事関連をメインとした雑誌/書籍の編集者。専門は銃器や地上兵器。『自衛隊新戦力図鑑』編集長を務めて…