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■初代シルビアが交通取り締まりのパトカーに
1965(昭和40)年12月7日、日産自動車は神奈川県警交通機動隊に日産「シルビア」のパトロールカー2台の引き渡し式を12月9日に行なうことを発表した。パトカーは翌週の12月17日に開通する、第三京浜国道の交通取り締まりに使用されることになった。
日本のパトカーは、ニッサントラックベースから始まった
戦後の混乱時、治安の悪化によって犯罪が多発した。この状況に占領軍GHQ(連合国最高司令官総司令部)が、政府に対して自動車の警ら活動を指示。これを受け、1950年に警視庁に国産車を改造した無線付きの警ら車(パトロールカー)3台が配備された。これが、日本初のパトカーだ。
ベース車は、ニッサン「180型トラック」をセダン化したもの。ちなみにパトカーの白黒ツートンは、米国製パトカーを真似たもの。ところが最初の3台は故障が多かったため、その後は主として米軍から払い下げたシボレー製パトカーが使われた。
国産車が登場したのは1960年代に入ってからで、主にトヨタの「クラウン」やエンジンをランドクルーザーのF型エンジンに載せ替えたトヨタ「パトロールFS20型」が使用され、さらに日産「セドリック」、いすゞ「ベレル」などもパトカーのベースとなった。
その後高速道路が続々と開通すると、高性能のスポーツカーもパトカーに採用されるようになった。代表的なのが、日産の「フェアレディZ」や今回紹介する「シルビア」、マツダの「コスモスポーツ」など。その他、ポルシェ911やBMW3シリーズ、覆面パトにメルセデス・ベンツなども使われた。
パトカーに採用された走る宝石と呼ばれた初代シルビア
初代シルビアは、1964年の東京モーターショーで「ダットサン・クーペ1500」として披露され、翌1965年からシルビアの名で発売された。
デザインは、当時BMWなどのデザインで名を馳せたドイツ人のアルブレヒト・フォン・ゲインが担当。ボディパネルの継ぎ目を極力廃した上で曲面ガラスを多用し、さらに鋭角的に削ぎ落した“クリスプカット”と称するボディラインの流麗なデザインは大きな注目を集めた。
パワートレインは、最高出力90psを発揮するSUツインキャブを装着した1.6L直4 OHVエンジンと4速MTの組み合わせ。また、インテリアについても高級感が演出され、当時の日本に存在しなかったパーソナル(高級)クーペの先駆け的な存在となったのだ。
しかし、流麗なスタイリングがゆえに、課題はボディの製造工程だった。専用工場でボディの多くの部分を熟練工による手叩きで仕上げ、車両価格が120万円(今なら1200万円に相当)と高額だったため、販売台数は限定的だった。
その後、シルビアは3代目および5代目が大ヒットし、特に5代目(S13型)はホンダ「プレリュード」と並んで、当時流行ったデートカーを代表するクルマとなり、走り好きのファンからは今でも高い人気を誇っている。
現在の交通取締用パトカーは標準仕様の高性能モデル
現在、パトカーにはルーフ上に固定の赤色灯が装着された街中のパトロールに使われる“無線警ら車”と、その小型版“小型警ら車(ミニパト)”、交通の取り締まりに使われる高速スペックの“交通取締用4輪車(含む、覆面パト)”の3種がある。
交通取締用パトカーは、交通機動隊や高速道路交通警察隊に所属し、専門の教習を受けた警察官が運転する。そのパトカーは、特別なチューニングが施されているのではなく、基本はノーマル車である。ただし、主として排気量が大きい高性能車が選ばれているので、一般車ならすぐに追跡できるのだ。
最近は、「NSX」や「GT-R」、「WRX STI」、「フェアレディZ NISMO」と、日本を代表する高性能モデルが使われることもあり話題になっている。出会ったらラッキー? ヤバい?のかもしれない。
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当時はマイカーブームが絶頂期を迎え、ファミリカーだけでなく高級車や高性能車も徐々に増えていた。そんな憧れのクルマが、街中や高速道路でパトカーとして現れることは、大きな宣伝効果になったのだろう。
毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかもしれない。