目次
EVになっても、アルピーヌらしさはあるのか? 気になるのは、そこだが…
スペインでおこなわれた「アルピーヌA290」の試乗会に出かけてきた。アルピーヌとはルノー傘下にあるフランスのスポーツカーブランド。もともとはルノーとは資本関係がなく、ルノー車をベースとしたチューニングカーやモータースポーツ車両を作る個人のファクトリーがスタートだ。その後、ルノーの市販車のシャシーをベースにオリジナルボディのスポーツカーを作るまで規模を拡大。ラリーで大活躍し根強いファンもいる初代「A110」などがそれに相当する。
1973年にルノー傘下となりしばらくA110を作り続け、のちに「V6ターボ」などオリジナルのスポーツカーも送り出したが、1995年からはブランドを変更しルノー車をベースにした高性能モデルを中心とする「ルノー・スポール(R.S.)」へと移行。同時にF1をはじめとするルノーのモータースポーツ活動も担っていた。
そんな彼らの魅力はなんといってもその味付けだ。「ルーテシアR.S.」、そしてニュルブルクリンクのタイムアタックで量産FF車クラスを「シビック タイプR」と競った「メガーヌR.S.」がいかに楽しいクルマであるかは、多くの運転好きが知っていることだろう。その上、2000年にはFFハッチバックをベースにV6エンジン組み合わせたパワートレイン一式を後席部分へ移植してミッドシップとした「ルーテシア ルノースポールV6」を市販するなど、時としてとんでもないことを成し遂げるブランドでもある(2000年代に入ってそんなチャレンジをしたメーカー系のファクトリーがほかにあっただろうか?)。
そんなルノー・スポールだが、2017年の新世代「A110」の登場を機に再びアルピーヌブランドへと原点回帰してリスタート。その後「ルノー・スポール」としての活動は終了し、今後はすべてのモデルがアルピーヌブランドとして登場することになっている。
今回試乗した「A290」は、そんな新生アルピーヌの「A110」に続く2台目のモデルだ。車両の基本設計は新世代の「ルノー5(サンク)」と共用し全長3990mmと短いが、全幅は46mm(片側23mm)も張り出した1850mmもあってそのワイド感はなかなかのもの。全幅が広いのは225/40R19というこのクラスとは思えないワイドなタイヤを収めるためだが、そのためのフェンダーはブリスターフェンダーの上にオーバーフェンダーを張り付けたようなやる気みなぎる形状。フェンダーの張り出しフェチであるボクにとっては、率直に言ってカッコ良すぎる!
しかしルノーのハッチバックをベースにしたホットハッチ作りという意味では、メガーヌR.S.やルーテシアR.S.などこれまでの「R.S.」シリーズと同じ成り立ちと言っていいだろう。車体サイズから言えば、筆者がかつて愛車としていた「ルーテシアR.S.」に近い。
またヘッドライトやデイライトに入る「X」の模様は、かつてのラリー車のテーピングをモチーフにしたというものできわめて個性的。構造的には「5」に対して4輪マルチリンクとしたサスペンションが専用となっているなどルノーという量産ブランドからスポーツブランド向けにアップデートがはかられている。
いっぽうで、このA290はこれまでのR.S.シリーズとは大きく異なる点がある。それはエンジンを搭載しないEV(電気自動車)だということだ。アルピーヌは非内燃機関ブランドとして生きていくことが決まっており、今回のA290はその第一弾。アルピーヌは来年以降しばらく毎年のように新車デビューが計画されているが、どれもEVとなっている(WECの規定が2028年から水素エンジンとなるのにあわせて水素エンジンを積むスポーツモデルの登場も噂されているとかいないとか)。
そんなA290がファンにとって重要であり興味深いのは、そこにどんなアルピーヌらしさが盛り込まれているかというではないだろうか。
たとえばエクステリアだったら、張り出したフェンダーやオリジナリティあふれる灯火類はアルピーヌらしいと思わせる部分。アルピーヌとは「アルプス」や「高山」を意味するだけあり、随所に雪の結晶をモチーフにした飾りが入るなど今後のブランド構築に向けたモチーフが入っているのも個性的だ。
また、インテリアは頂点にセンターマーキングを入れ、ダイヤルなども含めてF1マシンをモチーフにしたデザインのステアリングホイールもスポーツブランドらしい部分だ。アルピーヌは「F1」と「WEC」という世界最高峰に君臨するふたつの世界選手権の最上位カテゴリーに参戦する数少ないブランドだ。そんなアルピーヌだけにモータースポーツをイメージさるインテリア作りは、抜かりない。そしてスポーツカー好きをワクワクさせてくれる。ある意味、エンターテイメント空間である。
ハンドリングこそアルピーヌの真髄。A290は紛れもなくそのDNAを継承している
エクステリアもインテリアも「走りのオーラ」は十分に感じさせる仕上がりといっていい。しかし問題は、走りがどうかだろう。以前の「R.S.シリーズ」で言えば、あの華麗なコーナリングこそが真骨頂だったように。
まずハンドリングだが、試乗して感じたのは「リニア」で「ニュートラルステア」であることが最大の美点だということだ。曲がるフォームが美しく、「曲がることがただただ気持ちいい」というR.S.時代の真骨頂はしっかりと継承されている。こんなにも自然な動きでドライバーを楽しませてくれるクルマはそれほど多くない。
ボクはクルマの運転を楽しむことは曲がることを楽しむことだと考えていて、だからこそこういうキャラクターのクルマは素直に楽しいと思うし、心惹かれる。
いっぽうで、強いてR.S.時代との違いをあげるとすれば、R.S.ほどにストイックというか熱血体育会系ではないことだろうか。R.S.のようにグイグイ曲がる感じではなく、まるで水の中を泳ぐかのようにスイスイ曲がる感覚だと乗っていて思えた。ただ、いずれにしろ曲がることが楽しいことには変わりない。ちなみに車両重量は、欧州仕様のカタログ記載値で1479㎏とEVとは思えない軽さにとどめている。そのこだわりも「パワーと軽さなら、軽さを選ぶ」とアルピーヌCEOのフィリップ・クリーフ氏(余談だが彼はミシュランタイヤ在籍時に日本駐在経験があるので簡単な日本語は理解できる)の言葉通りだ。
もうひとつ、乗り心地の良さもR.S.との違いと言ってよさそうだ。それらは「アルピーヌはR.S.ほどマニアックではないんだよ」と感じさせるには十分なもので、アルピーヌA290はR.S.時代のホットハッチよりも門を広く開いているように感じられた。サーキット派や走り屋だけでなく、もっとライト層にも楽しんでもらおうということなのだろう。
パワートレインはどうか。
今回試乗した高性能仕様「GTS」のモーターは最高出力160kW(220HP)/最大トルクは300Nmとスペック的には十分。筆者がかつて所有していた「ルーテシアR.S.」の高性能仕様に対して最高出力は同等、トルクは2割弱増し…といえばイメージしやすいかもしれない。立ち上がりで大きなトルクを発生するモーターだけに、遠慮なくアクセルを踏むとトルクステアが出るし、コーナー立ち上がりではスタビリティコントロールが効きまくりなのはご愛敬。腕に覚えがあるのなら、サーキットではスタビリティコントロールはオフにしたほうが鋭く立ち上って速度を乗せられることを確認できたし、その時も決してじゃじゃ馬ではなく意外どころか驚くほどにコントローラブルであることはお伝えしておこう。
加速は刺激よりも素直良さや伸び感を重視したリニアな味付けで、一部のハイパワーEVのようなドッカンと蹴られるような感覚はない。しかしこれはコーナリングマシンとしては最適解だとボクは感じられた。理由はアクセルのオンオフでコーナリングラインを絶妙にコントロールできるからだ。コーナリングマシンはやっぱりこうじゃなければ! まるでパワートレインもサスペンションの一部であるかのような、クルマとの一体感をモーターがサポートしてくれるのだ。
というわけで結論を言えば、アルピーヌ待望のニューモデルであるA290 の曲がる気持ちよさはR.S.的でもあり、ミッドシップ2シーターのA110に近い感覚。開発において曲がり方はA110をベンチマークにしたのだそうで、コーナリングは十分にアルピーヌしているといっていいだろう。曲がるのが楽しいことが最大の「アルピーヌらしさ」だ。
いっぽうで、熱血体育会系のような感じではないキャラクターはR.S.との違いであり、スポーツシューズというよりは心地よく履けて気軽に動けるスニーカーといった印象。それがアルピーヌの提案する新世代のホットハッチということなのだろう。
気持ちよく曲がれること、パワーよりもハンドリングが勝っていること、そしてなにより運転が楽しくていつまでも乗っていたくなること。試乗を通してボクは、そんなあたりがアルピーヌらしさだと感じることができた。
元ルーテシアR.S.オーナーとしては、かつて惚れていた元彼女に再開し、久しぶりにデートしたような気分を味わえたのは、言うまでもない。
アルピーヌA290 GTS
ボディサイズ:全長×全幅×全高:3990mm×1820mm×1520mm
ホイールベース:2530mm
サスペンション形式:前マクファーソン式ストラット 後マルチリンク
車両重量:1479kg
モーター最高出力:160kW(220HP)
モーター最大トルク:300Nm
駆動方式:FWD
0-100km/h加速:6.4秒
バッテリー容量:52kWh
WLTP航続距離:380km
タイヤサイズ:前後225/40R19
※諸元は海外仕様