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順を追って見ていこう。マツダミュージアムは広島本社の敷地内にある。完全予約制のため、公式ホームページからの申し込みが必要だ。
公式ホームページ
予約サイト
入場料は無料。休館日は土、日曜日とマツダの休業日(年末年始、GW、夏期休暇など)となっている。つまり、基本的には平日のみ見学が可能だ。スタッフの誘導とガイドに合わせて館内を移動する、案内付きツアーが基本となる。
マツダミュージアムは広島のマツダ本社敷地内にある
「自由に見学したい」という要望に応えるため、7月からは毎月第1土曜日に特別開館日が設定された。開館時間中は館内を自由に見学することができるし、希望すれば、決められた時間にスタートする案内付きツアーに参加することもできる。詳細は上記ホームページで確認していただきたい。
貸し切りバスで訪問する場合を除き、本社ロビーに集合し、そこから専用バスでマツダ本社工場内を移動する(1)。移動している間は撮影禁止だ。エントランスに足を踏み入れた瞬間に、マツダ最新の世界観が全身を包むことになる(2)。マツダの新世代店舗と同じで、モノトーンの配色を基本としながら、ウッドを配したり、照明をうまく使ったりすることで、上質で温かみのある空間を作りあげている(3、4)。天井が低いのは、この建物が工場で作り終えた車両を保管しておく製品庫を転用しているからだ(5)。
空間デザインはマツダ・デザイン本部の全面監修。館内に入るとロードスターの100周年記念モデルが目に入る仕掛け。デザイナーが照明の調光機能を使い、ボディカラーがもっとも映える色に調整したという(6)。CX-30やMAZDA6など、展示してある車両はすべて乗り込み可能で、「クルマ、乗れますよ」と伝えると、小学生や中学生の見学者から歓声が挙がるという。
気になるグッズショップ(7)を横目に見ながら、展示スペースに向かう。トイレや自動販売機を示すピクトグラム(絵文字)は、マツダが掲げる“人間中心”の設計思想に合わせ、柔らかい表現になるよう意識してデザインしたという(8)。
展示物はすべて2階にある。広い展示スペースの手前にあるこぢんまりとしたスペースに(9)、インデックスが記してある(10)。本でいえば目次のような役割だ。ここで、ミュージアムではマツダの100年の歴史と現在、そして次の100年に向けたステップを10のゾーンに分類して展示している旨の説明を受ける。各ゾーンの概要は次のとおりだ。
ZONE 1 1920-1959 モノ造り精神の原点
ZONE 2 1960-1969 総合自動車メーカーへの躍進
ZONE 3 1970-1985 時代の変化に対応しながら国際的な企業へ
ZONE 4 MOTORSPORTS 企業と技術の威信をかけた世界への挑戦
ZONE 5 1986-1995 さらなる飛躍を期した「攻め」の拡大戦略
ZONE 6 1996-2009 ブランド戦略を重視し新たな成長路線へ
ZONE 7 2010-TODAY 世界一のクルマを造る技術とデザイン
ZONE 8 TECHNOLOGY 人を第一に考えるマツダのモノ造り
ZONE 9 ASSEMBLY LINE 皆様のクルマはこうして生まれる
ZONE 10 TOWARD THE NEXT 100 YEARS 人と共に創る
「タイムトンネル」を抜けるとそこには……
長い渡り廊下の先がゾーン1だ。マツダミュージアムの館長、助光浩幸(すけみつ・ひろゆき)さんは、この渡り廊下を「タイムトンネル」と呼んでいることを明かしてくれた。マツダの創業者、松田重次郎の時代にタイムスリップするトンネルだ。トンネルの先に三輪トラックの一部が見えている(11)。
「まずはじめに、マツダの礎を築いた松田重次郎の歩みを紹介します」と、案内スタッフの沖田祐璃(おきた・ゆり)さんが説明する(12)。すべて記してしまうと訪れたときの楽しみが減ってしまうので、続きはぜひ現地でスタッフさんの声に耳を傾けてほしい。ゾーン1には、東洋工業時代に製造していた削岩機や長さの基準となるゲージブロック(13)とともに、複数の三輪トラックが展示してある(14)。そのうちの1台は、1931年に自動車製造に乗り出したマツダが1935年に生産したTCS型で、マツダに現存する最古のクルマだという(15)。
香りの演出を施しているのも、リニューアル版マツダミュージアムの特徴だ。ゾーン1はレトロな雰囲気を感じてもらいたいと、木の香りを漂わせている。香りの仕掛けは館内にもう1ヵ所ある。ぜひ現地でお確かめを。
ゾーン2、3と5、6は、広いスペースに半円状にクルマが展示してある。出発点はマツダ初の乗用車、R360クーペだ(16)。「マツダが世界で初めて量産化に成功した2ローターのロータリーエンジンを搭載した」(沖田さんの解説から引用)コスモスポーツの2分の1線図の前には、人だかりができるであろうことを予測して広いスペースがとってある(17)。
幻のV12エンジンも初公開
マツダミュージアムを訪れる世代によって、食い付く展示物は異なることだろう。おそらく時間、いくらあっても足りない(18、19、20、21、22、23)。
筆者が食い付いたのは、「試作V型12気筒エンジン/1992」だった(24、25)。「1990年代初めに、高性能・高品質を謳う新型フラッグシップセダン用として開発された排気量4000ccのV型12気筒エンジンです」と説明プレートに記してある。高級車ブランド「アマティ(Amati)」のフラッグシップモデル「アマティ1000」向けに開発が進められたが、景気の後退によって中止された幻のエンジンである。あえてそのまま残したという「開発凍結」の張り紙が生々しい(26)。リニューアル前に展示はなく、初公開だ。
ゾーン2、3、5、6をカバーする広いスペースの一角に、モータースポーツをテーマとするゾーン4がある。写真(27)からわかるように、ここだけ異質だ。ピットを模した展示スペースの主役は、1991年のル・マン24時間レースで、日本車初の総合優勝を成し遂げたマツダ787Bだ。700psの最高出力を発生するR26B型ロータリーエンジンも展示してある(28)。気になる人にコソッとお知らせしておくと、展示車両はレプリカだ。
ピットの外にはサバンナRX-7グループB仕様(レース参戦年:1984年)とファミリアプレストロータリークーペ・スパ・フランコルシャン24時間レース仕様(レース参戦年:1970年、展示車両は復元モデル)が展示してある(29)。
現代のマツダの取り組みを伝えるゾーン7はガラッと雰囲気が変わる(30)。ゾーン6までは過去を伝えるので、レトロ感を出すためにハロゲンライトを使用。ゾーン7から現代に切り替わるので、白色LEDの照明にしている(31、32)。
「ここまでは過去にマツダが造ったクルマを順にご覧いただきましたが、ここからはマツダの現在、そして未来についてご説明致します。マツダが生まれ育った広島という地はすべてを失ったときも決して諦めず……」で始まる沖田さんの説明は、「復興を遂げ、平和を実現したここ広島で、マツダだからこそ生み出せるものを私たちの手でお届けしたい。マツダはこれからも独自の技術とデザインで世界一のクルマづくりを目指していきます」で終わる。文字に起こすと約1000字。よく覚えたものだと感心しきりだが、マツダのクルマづくりの核心をわかりやすく説明しているので、ぜひ現地で耳を傾けてほしい(33)。
ゾーン8はモノ造りのゾーン(34)。左レーンの前半は、技術開発の長期ビジョン「サステイナブル“Zoom-Zoom”宣言2030」に基づき、CO₂排出量削減や交通死傷事故削減など、自動車産業が抱えるさまざまな課題に対し、マツダがどのように課題解決を行なっていくのかを示している(35)。左前部がつぶれたCX-30は衝突試験を行なった実車で、「どんなに安全なクルマを造っても、シートベルトをしないと意味ないよ」と子供たちに対する教材としても活用しているという(36)。
右レーンは館長のいう「子供さんレーン」だ。「子供さんはマツダを学びに来るわけではありません。社会科見学で自動車産業を学びに来る。しっかり自動車産業を学んでいただくテーマで構成しています」。専用の冊子も用意しているという(37)。
左レーンの後半は、「マスクラフトマンシップ=職人技の量産化」がテーマだ。デザイナーがクレイモデルで造った理想的な造形を具現化する職人の金型技術などが紹介されている。ゼブラ照明は実物の再現で、デザイナーがイメージしたとおりのゼブララインが出ている様子が確認できる(38)。
マツダは「カラーも造形の一部」と言っているが、それがよくわかる展示物がある。ロードスターのボンネットの一部が展示してあるが、同じ赤(ソウルレッドクリスタルメタリックとトゥルーレッド)なのに、まるで印象が違う。「本当に同じ?」との質問が寄せられるというが、本当に同じだ(39)。
見学ルートには生産ラインも
残念ながら撮影は禁止だが、生産ラインが見学ルートに含まれているのは、マツダミュージアムの大きな特徴のひとつだ(特別開館日は土曜日なので、ラインが停止している可能性は大)。マツダのクルマは人の手によって丁寧に組み立てられていることがよくわかる。工場の西の端では「絶対落とさない(落とせない)UFOキャッチャー」のような装置でクルマを持ち上げ、反転させて東に向かう様子が見える。窓の外には6000台から8000台の完成車を運ぶ巨大な輸出船が見えた。
ミュージアムに戻ると、ガラッと雰囲気が変わり、最後のゾーン10が待ち構えている(40)。深化するマツダのデザインがテーマだ(41)。マツダの「次ぎの100年」を予感させる展示となっているが、100年といわず、すぐにでも手に入る状態として目の前に現れてほしいと思ってしまうクルマが展示してある。とくに、RX-VISION(42、43)。新型クロスオーバーCX-60の上位機種が600万円台だと聞いて驚いている場合ではない。RX-VISIONのようなクルマが市販されたとしたら、4桁万円の車両価格になるのは確実だろう。そういうクルマを出しても選んでもらえるようなブランドになっていることが、マツダの次の100年に課せられた課題であり、マツダはそこを目指していることを、最後の展示空間は示しているように思えた(44)。