目次
フランス的な割り切りの良さと個性的なスタイリングが絶妙
フラグシップモデルのセグメントダウンは一見するとネガティブに思えるが、これは単純にDSオートモービル(具体的には「DS9」)が、Eセグメント以上の領域を担当することになったからであろう。確かにそのニーズから考えても、庶民派のシトロエンがこれ以上大きくなる必要はない。また現在はDSブランドが「アバンギャルド担当」であることから考えても、シトロエンがかつてのC6のような奇抜さを表現する必要もない。
という流れを踏まえてシトロエンC5 Xを試してみると、これが実にシトロエンらしいフラグシップモデルだということがわかった。
その最大の特徴は、まず「上質さ」。そして相変わらずの「ハイセンス」さと、フランス仕込みの「割り切りの良さ」であった。
今回試乗したのは、1.6直列4気筒ガソリンターボ(180PS/250Nm)を搭載し、8速ATで前輪を駆動するベーシックなモデル。仕様はバイトーンのルーフにスライディングガラスを装着した「シャインパック」グレードであった。どうやらそこにはハイブリッドモジュールが組み込まれておらず、正直言って最初はこれを、とても残念に思った。極端なほどのクッション性能をアピールするシトロエンの足周りには、シームレスなモーター駆動を協調させた走りが断然相応しいと思っていたからだ。
しかしその予想は、走り出した途端に覆された。C5 Xはその遮音性が非常に高く、ガソリンエンジンが発するはずのメカニカルノイズやバイブレーションを、見事に遮断したのである。もちろん微かには、エンジンが回る様子はわかる。だが不快な低級振動や雑音はきちんと取り除かれており、フランス式に言うならば「これならわざわざモーターとバッテリーに、高いお金を払う必要はない」とすら思える出来映えだったのである。
リヤのトーションビームは予想に反し、突き上げ感を上手に抑え込む
さてシトロエンの代名詞といえば「乗り心地」だ。そして筆者もこれがフロント・ストラット/リヤ・トーションビームという庶民的な足周りでどこまで洗練されているのかに興味津々だったのだが、そこには若干の不満が残った。もちろん他メーカーのクルマたちと相対比較すれば、そのマシュマロのようなサスペンションの伸縮は、快適かつ独特である。
しかしながらごく僅かにフロントのストラットから、バネ下のゴロゴロ感が伝わってくる。雑味の直接的な原因は、19インチタイヤ&ホイールの重さだろう。サイズは幅205/扁平率55と、決して攻めた数字ではない。車体の割にはタイヤ幅をぎりぎりまで細くして、エアボリュームも多めに取り、見栄えの良い大径ホイールでもシトロエンの乗り味を、両立させようと努力はしている。
だが不整地ではどうしてもこのホイールが、ごく僅かだが、バネ下で存在感を示す。この“わずが”が、マニアならきっと歯がゆいはずである。
本国では2インチも小さな17インチがラインナップされているようだから、もしあなたがシトロエンマニアとしてC5 Xを視野に入れているなら、迷わずサイズダウンをお勧めしたい。予想するにこの選択はバッテリー&モーターで車重が270kg(!)も重たくなる、P-HEVが本命なのだろう。
対してリヤサスペンションは、トーションビームとは思えないほどその突き上げ感が上手に抑え込まれていた。今回は後部座席の乗り心地を試す状況にはなかったのだが、空荷の状態でも跳ね感が出ていないことから、PHC(プログレッシブ・ハイドローリック・クッション)ダンパーの効果が低負荷領域でも発揮されているのだと思われる。また座面に低反発な高密度ウレタンを張り込んだシートもいい。特にリヤシートの収まり感は抜群で(走らせてはいないのだが)、こうした部分にはシトロエンのアイデンティティを強く感じることができた。
高速域で実感する姿勢の安定感
かくして街中こそ小姑じみた細かな評価をした筆者だったが、速度を上げるほどにこうした不満がどこかへ消え去ってしまったことには、とても驚かされた。路面の起伏によるタイヤの上下動がボディの重みと同調し始めると、その姿勢がピターッと整う。ステアリングの操舵レスポンスはその乗り心地に併せるかのようにやや曖昧だが、これをスポーツモードに転じると、切り始めからタイヤのグリップの立ち上がり感が、手の平に伝わってくるようになる。
このときエンジンも、遠鳴りだが角のない、“ローン”と澄んだトーンで唸る。この1.6直列4気筒ターボは官能性が問われるエンジンではないのだが、ラテンの実直さには、躍動感までもが備わっている。8速ATの小刻みなステップで250Nmの最大トルクを最大限に活かしながら、この大きなボディを応答遅れなく元気に走らせてくれるのである。
なんて気持ちの良い吸い付き感なのだろう。シトロエンといえばそのフワフワとした乗り心地ばかり話題に上るが、根っこは高いアベレージで駆け抜ける、欧州の肉食系なのだと改めて思い知らされる。ちなみに可変ダンパーが搭載されるのはP-HEVモデルのみであり、このリニアな操作性はEPS(電動パワステ)の抵抗値を変えることだけで実現されている。つまりPHCダンパーは低速から高速まで幅広い領域で減衰力をスムーズに立ち上げており、かつEPSによって敢えての緩慢さや、本来のリニアさまでもが演出されているということになる。
ちなみにACCが機能するとこのEPSはさらにガッシリと操舵を保持し、ドライバーは手に込めた力を緩めて、そのしなやかさに身を委ねることができるようになる。ステアリングのスイッチ(特に車間距離の調整ボタン)は覚えるまで操作が難解だったが、ポーズボタンでACCの作動を瞬時にオン/オフできる機能は便利だと思えた。4つのカメラを駆使する安全支援制御の印象は可も無く不可も無いという感じだったが、真価を語るにはもう少し長距離で走る必要があるだろう。
C5 Xは実にシトロエンらしい上質さとセンスを兼ね備えた一台
総じてC5 Xは、実にシトロエンらしい一台だと結論づけることができる。同じ乗り心地でもDSが狙う「ラグジュアリー」に対して、シトロエンは華美なところなく、質の高さでこれを表現している。
それは内外装へのアプローチも同様だ。インパネは素材こそソフトパッドだが造形が立体的で、型から起こしたダブルシェブロンのアイコンが、そこに細かく刻まれている。シートはレザーで豪華さを主張するのではなく、厳選されたテキスタイルでセンスを主張。そこにはやはりダブルシェブロンが、一筆書きの刺繍や、パンチングで巧みに表現されている。そして木目調のドアパネルやピアノブラックのセンターパネルがその輪郭をキリッと引き締めることで、室内全体がモダンな空間に仕立て上げられている。
外観にしてもSUVスタイルを素直に受け入れるのではなく(もっともC5エアクロスSUVがあるのだが)、現代版シューティングブレークとでも呼びたくなるほど伸びやかにストレッチされたボディには、見れば見るほど引き込まれてしまう。その足周りがストラット/トーションビームだろうと、エンジンが1.6直列4気筒ターボだろうと、「これで不満か?」と大見栄が切れるだけの乗り味を示し、その分デザインにコストと時間を掛けている。今やほとんどのオーナーが自分では開けないボンネットに油圧ダンパーを付ける代わりに、リアハッチにオートクロージャーを着ける辺りの割り切りも見事だ。P-HEVの試乗は楽しみであるが、シンプルなガソリンエンジンでも十二分。C5 Xはこのパッケージングだからこそ、選ぶべき意味がある一台だと思えた。
SHINE PACK 車両価格:530万円 全長×全幅×全高:4805×1865×1490mm ホイールベース:2785mm 車両重量:1520kg 排気量:1598cc エンジン:直列4気筒DOHCターボ 最高出力:180ps/5500rpm 最大トルク:250Nm/1650rpm 駆動方式:FF トランスミッション:8速AT 燃料タンク容量:52L(ハイオク) WLTCモード燃費:ー タイヤサイズ:205/55R19 乗車定員:5名