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なぜ我々は酷道を走るのか?
日本はクネクネ道の国である。国土のほとんどが山岳地帯で、しかも細長い陸地に高い山々が連なっているので、おのずと道はタイトでツイスティになりがち。
リアス式海岸も多く、海岸線の長さは2万9751km(米国CIA資料より)で、世界で200ほどと言われる国と地域のなかで6番目の長さを誇る。アメリカや中国より長いのも凄いが、大陸丸ごと一カ国で占めている オーストラリアよりも長いのは驚きだ。
そんな、移動には極めて不利な地形をものともせず、日本人は持ち前の勤勉さと器用さで山を削り、トンネルを掘って走りやすい道を作り、高速道路網の構築にも血道を上げてきた。鉄道も然りで、新幹線などはその最たる例だろう。いずれも意義深く、誇らしい話ではある。
しかしだ。どこまでも続く真っ直ぐな道がアメリカの、速度無制限のアウトバーンがドイツの、緩やかで見通しのいいカントリーロードがイギリスの、それぞれアイデンティティとなっていて、それが彼らのクルマ作りやブランドイメージの構築にも反映、利用されていることを考えれば、我々もクネクネ道だらけの国土をもう少しポジティブに活かし、楽しんでもいいのではないか?
実際、我が国にはごく少数ながら「酷道マニア」という人々が存在する。国道でありながら道幅は至極狭く、路面状況も劣悪な道を「酷い道」にかけ、親しみを込めて「酷道」と呼ぶの である。
だがこの酷道、マニアたちのものだけにしておくのはもったいない。酷道を安全に、そして疲労をできるだけ最小限に抑えて走り切るには、クルマにもさまざまな能力が要求される。物理的なコンパクトさはもちろん、ボディの見切りの良さ、正確かつ敏感すぎないハンドリング、適切なギヤリングなど、どれも高いレベルが求められる。つまり、サーキットや路面の優れたワインディングロード、高速道路や市街地とはまた違った部分の性能を見ることができるのだ。
とはいえ当コーナーでは、そんなクルマの性能をレポートすることを主眼とはしない。「日本にはこんなに楽しくもつらく、冒険心をそそられる酷道がたくさんあるので、とりあえず行ってみました」程度のものである。
「フツーこんな所にクルマで行くか? バカか」と笑っていただけたら本望であり、万が一「面白そうだから自分も行ってみよう!」なんて思ってくださる奇特な方がいらっしゃったら感涙である。
そんなわけで酷道、そして険しい道と県道をかけた険道を走る企画を始めたわけだが、とくに舞台を国道や県道に限定しているわけではない。あくまで酷く、険しいクネクネ道を走りましょう、という趣旨である。
ちなみにこうした道は地元の生活道路であったり、林業に従事する方々の仕事の場であったりするので、実際に走る場合は最大限の配慮を忘れずに。
道幅が狭まり、薄暗くなり……
今回のルートは、埼玉県の飯能や入間の周辺から秩父に至る、いわゆる奥武蔵と呼ばれるエリアである。
一般的には国道299号を選び、ちょっとした好事家は比較的タイトな県道53号で中低速コーナーを楽しむところだろうが、あえてその北側を並行に走る峠道を選んだ。もはや国道でも県道でもない、なかなか難易度の高いクネクネ道である。
関越道の坂戸西スマートICからアルトワークスを走らせること約30分で、今回の旅のスタート地点となる鎌北湖に到着する。農業用の貯水を目的とした人造湖で、毛呂山町の市街地からもほど近いが、そのわりには人知れずひっそりと佇む風情に秘境感が漂う。ただし季節によっては登山客やサイクリング愛好家、釣り人たちで結構な賑わいとなる。取材時はまさに桜が満開だったが、花見客もまばらで、宴を開いているような光景もなかった。
ここまでは県道186号だが、ここからはいよいよ険しき林道である。鎌北湖を左手に見ながら通り過ぎ、分岐を左に折れると道幅がググ〜ッと狭くなる。木々がうっそうと生い茂り、薄暗い。常識的感覚であれば「間違いだから引き返そう」と思うレベルだが、我々にとってははこれこそが望んでいたもの。臆することなく突き進む。
アルトワークスの全幅は1475mmで、しかもスクエアなボディ形状のおかげで見切りがとてもいい。それでも対向車が来たら絶対にすれ違えないと思われる道幅が続くが、そのときはそのときだ。
そう楽観的になれるという時点で、すでに自分の身体とアルトワークスは一体化しつつあるということだろう。こんな道、キャデラック・エスカレードやランボルギーニ・アヴェンタドールなんかで迷い込んだら、対向車が来る前に精神的に参ってしまう。
しばらくして、Yの字の枝道からもう一方の枝道へ、つまり30度くらいの鋭角をV字ターンするように曲がるY時路に出くわす。普通車であれば切り返し必須のタイトターンだが、アルトワークスはギリギリ一発でクリアする。このあたりはさすがの軽自動車だ。
ほどなくして、最初の峠である顔振峠に辿り着く。「こうぶり」と読み、源義経があまりの絶景に何度も振り返ったことが由来とされている。道を挟んで左右に茶屋があり、山側の茶屋は道から少し高い場所にあるため、谷側と同様に絶景を楽しめる。猪鍋料理が名物だと言うが、まだ昼前……というよりも朝なので、さすがにパスして先に進むことにした。ただしこの先、秩父の手前の芦ヶ久保あたりまでは飲食店がほとんどないので、迷ったらここで食事をとることをオススメする。
顔振峠から10分ほどで、二番目の峠となる傘杉峠を通過する。こちらは顔振峠とはうって変わり、左右を木々に阻まれて眺望も得られず、ひと気もなく静まりかえっている。丸太に刻まれた表示がなければ、峠であるとは気づかないほど。だが、この物寂しさもまた酷道険道の魅力のひとつだろう。