酷道険道は日本の宝である!【顔振峠から秩父へ──奥武蔵グリーンライン(酷道険道:埼玉県)】スズキ・アルト ワークス

首都圏からほど近く、冒険心を大いにくすぐられる秘境が広がる奥武蔵。
舗装も進んでいるため、望めば貴方の愛車でも非日常を存分に味わえる。
スズキ・アルトワークスで六つの峠を越え、秩父を目指した。

TEXT:小泉建治(KOIZUMI Kenji) PHOTO:平野 陽(HIRANO Akio)

アルトワークスは酷道専用機?

それにしても対向車が少ない。ここまですれ違ったクルマは2台で、いずれも軽自動車であった。都内に住んでいるとDやEセグメントのドイツ製プレミアムサルーンなども見慣れた存在になってしまっているが、やはりこうした日本古来の道には軽自動車が適任だということか。
ほかには数台のバイクともすれ違ったが、なるほどこういった酷道険道には軽自動車以上にバイクは適した存在だ。

軽自動車同士とはいえ、写真をご覧いただいてもわかるとおり、すれ違いはかなりスリリングだ。ガードレールはなく、運転席から道路左端はほとんど見えない。

こんなところで谷間に落ちたら、助けが来るのは何時間後だろうか? 対向車もなく単独で落っこちたら、それこそ誰にも気づかれないのでは? などと恐怖に怯えながらも、一方で酷道険道ドライブの独特のリズムをかなり楽しんでしまっている自分がいる。

ブラインドコーナーの連続なので、いつ対向車が来るかもわからない。たまに登山客が横切るし、動物だって飛び出してくるかも知れない。だから目を三角にしてレッドゾーン寸前まで引っ張ったり、タイヤを鳴かせながら曲がるなんてことは絶対に出来ない。

それでも楽しいのはアルトワークスの、あまりの軽さに依るところも大きいだろう。何しろ車重は670kgで、地球上に敵はケータハム・スーパーセブンしかいない(KTM X-BOWとか、まぁ探せばいろいろありますが)。

こうした飽きるほどタイトターンが続くコースでは、クルマの重さがじわじわと効いてくる。重いものを振り回している感覚が精神的に負担となり、気疲れしてきて、そのうち曲がることが面倒くさくなってくる。これではとても運転など楽しめず、操作が雑になってきて安全上もよろしくない。

2800rpmくらいから急激にブーストが立ち上がるセッティングも昔ながらのホットハッチらしく、思わず頬が緩んでしまう。もちろんかつてはしかたなくそうなってしまっていたのだが、現代のアルトワークスは当然ながら意図的にそう演出しているだけで、アイドリングからのトルクにも不足はなく、極低速コーナーが続く酷道険道でも扱いにくさはない。

そんな演出なんて子供だましでは、と訝る向きも、新たに専用設計された剛性感と節度感に溢れる5速MTには舌を巻くだろう。ショートストロークでコクコクと操作が決まり、動くはずのない方向にはまったくブレない。およそ軽自動車用とは思えぬギヤボックスである。ただし、筆者にはシフトレバーの位置が近過ぎて、奥側の1、3、5速に入っているのに、手前側の2、4速に入っていると勘違いしてしまう場面が何度かあった。

顔振峠にはふたつの茶屋があり、険しい山々のなかにあってオアシスに辿り着いたような安堵感を旅人に与えてくれる。団子や田楽といった軽食から、蕎麦や猪鍋なども食べられる。
今回の峠行脚のルートは、ときおりこうした登山道と交差している。いくら我々の通った道が狭く、寂しく、秘境らしさ満点だったとはいえ、やはり登山道にはかなわない……。
新たに専用設計された5速MT。節度感、剛性感ともに 文句なしで、短いストロークも実にスポーツカーらしい。古くさい考えだのなんだのと言われようが、やはりデキのいいMTを駆使してのドライブは最高に面白い。
そのホールド性もさることながら、こうした過酷なドライブでは快適性の高さが際立ったレカロシート。軽自動車のタイトな室内にうまく収 めることに苦労したというが、サイズそのものは小さすぎず、窮屈さは感じさせない。
《奥武蔵エリア》 関越道の坂戸西スマートICから埼玉県道186号でスタート地点の鎌北湖へ。ここからはすれ違いもままならぬ林道で、顔振峠、傘杉峠、飯盛峠、ぶな峠、刈場坂峠、大野峠を経て秩父を目指す。林道とはいえ全線を通して舗装されているが、路面状況は良好とは言えず、綺麗な路面と思っていると突如段差が現れてガツンと衝撃を食らうので油断は禁物。復路は県道53号を通り、圏央道の青梅ICから家路についた。

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著者プロフィール

小泉 建治 近影

小泉 建治

 小学2年生の頃から自動車専門誌を読み始め、4年生からは近所の書店にカー アンド ドライバーを毎号取り…