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2022年2月24日にロシアがウクライナに軍事侵攻を始めてから8ヶ月あまりが経過した。その間、戦場からは両軍の激しい戦闘を物語る映像や写真が連日のように発信され続けている。陸戦の主力は戦車や装甲車、自走砲などだが、そのいっぽうで「ソフトスキン」と呼ばれる非装甲の軍用車両も偵察・連絡・兵站などの支援任務に活躍している。
これら両軍で使用される軍用車両について見ていくことにしよう。
今回は「ブハンカ(ロシア語で食パンの意味)」の愛称を持つ「UAZ(ワズ/ウァズ)」のワンボックスバン/キャブオーバートラックシリーズを取り上げる。
そもそも「UAZ(ワズ)」ってなに?
ウクライナ情勢のニュースを見ていると、時折画面の端っこにOD(オリーブドラブ)色に塗られた『ポンキッキ』のガチャピンそっくりのフロントマスクを持つワンボックスやキャブオーバートラックがしばしば登場する。およそ戦場には似つかわしくない愛嬌あるルックスのこの車両こそ、軍民問わず60年近い長きに渡って製造が続けられている「ブハンカ」なのだ。日本では馴染みが薄いモデルだが、旧共産圏や発展途上国では確固たるシェアを持っており、開戦前の時点で月産4000台の生産規模を誇っていた。
■UAZの歴史
製造元のUAZ社は正式にはウリヤノフスク自動車工場」(Ul’yanovskiy Avtomobil’nyy Zavod)と言い、同社のルーツは1916年に設立されたモスクワ自動車工場(AMO:Avtomobilnoe Moskovskoe Obshchestvo)に遡ることができ、1931年に米国の自動車メーカーの支援を受けて第2スターリン記念工場(ZIS:Zavod Imeni Stalina)として改組し、第2次世界大戦前は戦車に搭載する76.2mm砲などの各種兵器のほか、ZIS-5やZIS-6などのトラック、共産党高官のためにアメリカ製高級車パッカードのライセンス生産(のちに高級車部門はZILに分社化され、生産を移管)を行っていた。
■軍需から民需へ
しかし、41年6月に大祖国戦争(独ソ戦)が勃発すると、生産拠点をボルガ河流域のウリヤノフスク市に疎開し、戦時中は軍用トラックを生産して祖国の勝利に貢献した。
戦後、UAZと改名した同工場は、GAZ(ゴーリキー自動車工場/Gorkovsky Avtomobilny Zavod)で開発されたジープタイプのGAZ-69の生産を皮切りに4WD車専門工場となり、軍用車輛だけでなく民間向けの車輛も生産するようになった。
■ソ連崩壊と民営化
1991年のソ連崩壊後に民営化された同社は、50年代に開発されたGAZ-69の改良型であるジープ型のUAZ-469と、同車をベースとしたキャブオーバーバンのUAZ-452の生産を継続。2000年に鉄鋼メーカー・セヴェルスターリ(現・ソラーズ)の傘下に入って以降は、日本とドイツの自動車メーカーと提携を結び、新型車の開発に力を注ぐいっぽうで、UAZ-452(ベーシックなバンタイプ。トラックや派生型は番号が異なる)はUAZ-3909へとマイナーチェンジが実施された。
基本設計に大きな変更はなかったが、マイナーチェンジによって心臓部は2.5L直4OHVエンジン(オプションで3.0Lエンジンもあった)から2.7ℓ直4DOHCに換装され、合わせてキャブレターをインジェクション化している。その結果、最高出力が36馬力アップ。同時に始動性、静粛性、環境性能も大幅に向上した。
日本への輸入モデルを徹底チェック&試乗レポート
日本へは2005年から東京の岩本モータースが輸入代理権を取得し日本仕様車を販売していたが、2012年に施行された排気ガス規制・安全基準に適合しないため輸入が一時停止された。しかし、2018年に新規制をクリアし、ルパルナスなどの手で輸入を再開している(同社ではロシアのウクライナ侵攻に伴う日本政府の経済制裁により、ロシアからの車両・パーツの輸入は現在停止。カザフスタン工場製に切り替えている)。
さて、そんなUAZ-3909だが、筆者は岩本モータースが輸入した車両を同乗試乗を含めて3~4回試乗している。写真は2018年に戦車専門誌『PANZER』の取材で初期に輸入された日本仕様車(キャブレター車)の個人所有車を撮影したものだ。オーナーの好みで内外装はカスタマイズされており、オリジナルとは言えない車両だったが、よく整備されており、コンディションは素晴らしかった。
■シャシー&サスペンション
シャシーやサスペンション、パワートレーンなどの基本メカニズムはジープ型のUAZ-3152と共用しており、違いは丈夫なラダーフレームの上にバンボディを架装しているところとなる。両モデルを日本車で例えると、ちょうど三菱自動車のパジェロとデリカスターワゴン/デリカバンと同じ関係だ。
サスペンションは不整地走行と耐久性を考慮して前後ともリーフリジットを用いている。現行車としては原始的なサスペンション形式だが、足廻りにはコストが掛けられており、スプリングは薄いリーフを12枚重ねたものを奢り、シャックル部分はゴムを用いた可動式のリンクとすることで、不整地での走破性と乗り心地の両立を図っている。
■エンジン&トランスミッション
エンジンは運転席と助手席の間にあるフードを開けるとアクセスできる。これは冬期には氷点下40度を超えることもある厳しいロシアの自然環境を考慮して、車外に出なくても整備ができるように配慮した仕様だ。エンジンフードの下には日本仕様車のオプションであった3.0L直4OHVエンジンが収まっていた。このエンジンはスターティングハンドルでの始動が可能になっているが、現在買えるクルマでは稀有な存在だ。
現行モデルのエンジンは2.7L直4DOHCを搭載しているが、これは高回転・高出力を目指したものではなく、各国で施行された新排気ガス規制に対応するためだという。
ギアボックスは4速MTで、現代のクルマではほとんど標準で用意されるATの設定はない。 4WDシステムは古典的なパートタイム式なので、シフトレバーの横にはハイ&ローと2WD&4WDの 2つのレバーを持つ副変速機が設置されている。
■エクステリア&インテリア
内外装の仕上げは50年代の商用車そのままといった雰囲気で、ウィンドウはフロントを除いてすべて平面ガラスとなり、ドアヒンジは外付け式、リアバンパーはスチール製となり、内装のパネルはすべて金属むき出しのままで、パッド類はダッシュボードを含めて存在しない。ステアリングホイールは最近では見なくなった径の大きなエボナイト製のものが装着されている。
ホイールもスチール製の15インチで、取材車両のタイヤはブリヂストンのデューラーM/T30×9.50R15LTサイズを装着していた。
■インプレッション
実際に運転してみるとステアリングを含めて操作系はどれも重く、不正確だが、意外なことに運転自体は難しくない。旧車やジープに慣れた人なら、すぐに自在に扱えるだろう。乗り心地はサスペンションが前後リーフリジットと考えればそう悪いものではない。
現代のクルマに不可欠な快適装備はいくつも欠落しているが、悪路の走破性能は極めて高く、車内空間は広大。クルマとしての成り立ちは古典的だが実用車としてはよくできていると言える。
気になる信頼性だが、我々が想像するよりもずっと高いようだ。なにせ複雑な電子部品が存在しない枯れた技術で作られたメカニズムであり、おまけに60年という一般的な乗用車7~15世代分をフルモデルチェンジなしで作り続けてきたのだから当然と言えば当然だろう。
また、極寒地での使用も考慮して耐候性に難のあるゴム部品を極力排し、金属管を使用していることからオイル漏れなどのマイナートラブルも少ないものと考えられる。
ウクライナ戦争とUAZの今
UAZはウクライナ戦争では主にロシア軍が使用しており、バンやピックアップトラック、救急車型などが同軍の後方支援任務に当たっている様子が現地の映像から確認できた。ウクライナ軍もソ連崩壊時には多数運用していたものの、現在では米軍供与のHMMWV(ハンヴィ)や西側の民間用SUVに取って代わられたようで、動画や写真を見る限り使用例は少ない。
とは言え、一時はかなりの台数を運用していたことに加え、ロシア軍から鹵獲した車両の中にはUAZバン/トラックも含まれているので、二線級装備として運用を続けている可能性も考えられる。
なお、ロシア軍ではキーウ撤退に伴う車両の損失により、戦車や装甲車だけでなくUAZバン/トラックも不足しているらしく、ロシア国内では個人所有車両の徴発も始まっているという。ロシア国内のUAZオーナーにとってもこの紛争はさらに身近なものとなっているようだ。