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「いま(2022年)から20年後、2040年代の日本の街では、どんなクルマが走っているのですか?」。
そう聞かれても「正直なところ、見当がつかない」と言うしかありません。
なんだか無責任に聞こえるかもしれませんが、これが筆者を含めた自動車産業界に深く携わる人たちの本音だと思います。
「いや、見当がつかないってこともないでしょう。だって最近、さまざまな企業がBEV戦略について具体的な発売時期を示して公表しているじゃないですか?」。
そうした指摘も、当然あると思います。
例えば、直近の発表では、ソニーとホンダの合弁会社のソニー・ホンダモビリティは2025年前半から第1弾となる高付加価値型BEVの先行受注を開始し、アメリカに次いで日本では2026年後半からデリバリーする計画を公表しました。
ソニー・ホンダモビリティによるBEVの生産体制は基本的にホンダ主導となりますが、そのホンダは2040年にはグローバルで販売するすべてのクルマをBEV、またはFCV(燃料電池車)にすると言い切っています。
また、ドイツのアウディは2026年で新たに発売するモデルはすべてBEVとし、さらに2033年にはBEV以外のモデルの生産も終了するとしています。
同じくドイツのメルセデス・ベンツは2029年の時点で、「(完全なBEVシフトに対して)市場の環境が整っていれば」グローバルで販売するすべてのモデルをBEVにすると明言しています。
そして、トヨタは2030年までにグローバルで30モデルのBEVを発売し、同年時点でBEVのみの年間販売台数をトヨタの年間販売総数の3分の1相当となる350万台にする計画です。
こうした、自動車メーカー各社が示す将来事業のロードマップを“鵜呑み”にすれば、BEVは2020年代半ば過ぎから本格的な普及に向けたステージに入り、2030年代から2040年代にかけてBEVが当たり前の世の中になる——そんなイメージを、ユーザーの皆さんが描くのは当然でしょう。
ところが、それでも自動車産業の行方は「見当がつかない」という人が、少なくないのが実状なのです。
その背景について、これまで本連載では多角的な視点でご紹介してきました。
今回は連載最終回ということで、復習を兼ねて自動車産業と社会全体との関わりについて、改めてご案内してみたいと思います。
SDGsと深く関わるESG投資の大嵐到来
テレビやネットニュースでBEVに関する報道が一気に増えたのは2020年代後半でした。
欧州の国や地域で、BEVの利用を義務化するような規制の議論が高まってきたのと比例するかのように、グローバルの株式市場で、ESG投資という名の猛烈な嵐が吹き荒れたことが、その背景です。
ESG投資とは、従来の財務情報だけではなく、E(エンバイロンメント:環境)、S(ソーシャル:社会性)、G(ガバナンス:企業統治)の視点も重視した投資のことです。SDGs(国連の持続可能は開発目標)と深く関わります。
言い換えると、企業に対して投資家がESGの視点を重視するようになったということです。
こうしたESG投資の「E(環境)」の部分について、カーボンニュートラルの議論が高まっています。カーボンニュートラルとは、地球の温暖化に影響する温室効果ガスの主な要因である、二酸化炭素(カーボン:CO2)の「出と入り」をコントロールして、結果的に相殺するという考え方です。
「出」とは、自動車など運輸部門、工場、発電所、商業施設、企業、一般住宅など人が地球上で排出する二酸化炭素、一方の「入り」は森林などが自然吸収される二酸化炭素を指します。
いわば机上論であるカーボンニュートラルですが、これがESG投資と絡んだことで、自動車メーカー各社は自社の電動化戦略を大幅に見直すことを余儀なくされたのです。
クルマの電動化の歴史を簡単に振り返りますと、原点は1900年代初頭に米ニューヨーク・マンハッタンのタクシーなどで初期的なBEVが普及しましたが、その後にガソリン車が一気に台頭してBEVは市場から長きに渡り姿を消します。
1970年代のオイルショックや、90年代の米カリフォルニア州でのZEV法(ゼロエミッションヴィークル規制法)などの影響でBEVが量産されましたが、コストや使い勝手の成約などから一般ユーザーにとっては「特殊なクルマ」という領域を超えることはできませんでした。
一方で、90年代後半にトヨタ「プリウス」登場を機に、ハイブリッド車が電動化の主役に躍り出ます。
そして、2000年代半ばから後半にかけて、スマートフォンの登場によって、クルマの社会における存在価値が変わり始めます。
そうした中、2010年代半ばになると、メルセデス・ベンツがCASE(コネクテッド・自動運転・シェアリングなどの新サービス・電動化)という事業戦略を打ち出します。これら各種技術が複雑に組み合わさることで、クルマの未来が変わっていくと説明したのです。
日本でも、CASEに対して「100年に一度の自動車産業大変革」という表現をして、国や自動車メーカー・自動車部品メーカーが新時代の事業戦略を練っていくようになりました。
その中で、自動運転、コネクテッド、シェアリングサービスが新しい技術領域として注目を高めました。
一方で、電動化については当初、ハイブリッド車→プラグインハイブリッド車→BEV→FCVという段階的な広がりを想定していた自動車メーカーがほとんどでした。
つまり、CASEの中では、「E(電動化)」の優先順位はあまり高くなかったといえるでしょう。
ところが、前述のようにESG投資という名の政治的な思惑によって、BEV市場の状況が一変してしまうことを予想できた自動車業界関係者はいなかったと思います。
業界関係者でもBEVシフトの現状にビックリしているのですから、一般ユーザーの皆さんが、「なんで最近、いきなりBEVシフトなの?」と、ある種の違和感を持つのは致し方ないのではないでしょうか。
このように、直近2〜3年でも「未来のクルマ」に向けた世の中の動きが激変してしまったのですから、自動車メーカーが長期的ビジョンとして何を言おうとも、また何らかの激変が起こるかもしれません。これから10年先、そして20年先のクルマがどうなっているのかを適格に予想することが極めて難しいと言わざるを得ないのです。
これぞまさに「100年に一度の自動車産業大変革」という「混迷期」なのだ思います。
これまで以上に問われる私たちユーザーのクルマ選び
そんな「混迷期」に、ユーザーはどう対応すれば良いのでしょうか? BEVについて、ユーザーがもっとも気にするのは充電インフラでしょう。
「うちはマンションだから、敷地内に充電設備がないからBEVを買うのは難しいかも?」、「急速充電器の数が増えてきているといっても、これからBEVがガソリン車のように一気に増えたら“充電渋滞”が起こりかねない」など、さまざまなユーザーの声を、筆者は多くのシーンで直接耳にします。
一方で、充電インフラ提供側からは「自動車メーカー各社と定期的に情報交換しながら、市場の動きを“少し先読みして”充電インフラ整備を進めている」と冷静な姿勢も見せています。
また、テスラの独自充電インフラであるスーパーチャージャー拡充や、アウディ/ポルシェのディーラーは150kW急速充電器の設備強化を図ります。
このように充電インフラ整備はまだ初期段階だといえます。
またBEV購入補助金についても、国や自治体の方針が今後どう変わるのかも不明です。
結局、ユーザーはBEVに関するさまざまな情報を自分自身でチェックしながら、この「混迷期」を乗り切らなければならないのです。
これからのクルマ選びは、これまで以上にユーザーの自己責任という意識が必要だと思います。
著者PROFILE●桃田健史
1962年8月、東京生まれ。日米を拠点に、世界自動車産業をメインに取材執筆活動を行う。インディカー、NASCARなどレーシングドライバーとしての経歴を活かし、レース番組の解説及び海外モーターショーなどのテレビ解説も務める。日本自動車ジャーナリスト協会会員。
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[スタイルワゴン・ドレスアップナビ編集部]