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では、こうしたBEVを筆頭とする電動化での「混迷期」に対して、日本全体としてどう取り組もうとしているのでしょうか?
少し詳しく見ていきましょう。
国は、2010年代から「次世代自動車戦略」という考え方を、自動車メーカーや学識関係者などを交えて組み立ててきました。
正直なところ、これはユーザー目線というよりは、自動車産業界の生き残りをかけた経済政策という意味合いが強い印象がありました。
前提としては、地球環境への対応があるのですが、その一方で日本経済を支える大黒柱である自動車産業の海外に対する産業競争力を電動化時代にどのように維持し、また成長させるかという観点での議論です。
そのため、日本の得意技であるハイブリッド車技術を基盤として、その技術を段階的に広げていこうという流れを想定していました。
結果的に、その考え方はユーザーにとっても、新車や中古車のクルマ選びや、日頃のクルマの使い勝手の面でとても分かりやすいのだと思います。
クルマのエネルギー補給についても、使い慣れたガソリンスタンドを使えるわけですし、場合によってはプラグインハイブリッド車のように自宅や出先で、電動車としては比較的短めの時間に充電が完了できるのですから。
こうした国による総合戦略が、自動車メーカー、自動車部品メーカー、そして整備工場やガソリンスタンドなど自動車関連事業者が目指す「近未来の方向性」だと信じてきたのです。
それが2010年代半ばになって、前述のCASEという考え方がグローバルで高まってきたことで、次世代自動車戦略にも多少の修正が加わりました。
ただし、電動化の見込みについては、2030年時点でもEVやFCVの普及台数が比較的少ないと見積もっていたのです。
そこにいきなり、ESG投資の嵐が吹き荒れたため、国としてはクルマの電動化だけではなく、環境対策全般へ対応する政策を早期にまとめなければならない事態に陥りました。
HVやFCVじゃダメなのか!? 業界との意見のすり合わせ
それが、経済産業省が2020年のクリスマスに公表した、「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」です。
自動車などのモビリティ分野のみならず、次世代再生可能エネルギーと太陽光発電、地熱発電、水素・アンモニア産業、原子力産業、船舶産業、航空産業、材料産業、リサイクル産業、住宅・建築物産業、ライフサイクル関連産業、物流・人材・土木インフラ産業、食料・農林水産産業、半導体・情報通信産業など、社会全体に渡って新しい試みをしていこうというものです。
そのうえで、自動車産業については蓄電池産業を含めたBEVなど電動化を強化する方向を示しました。
基本方針として「2035年までに日本国内で販売する乗用の新車100%を電動化する」としたのです。
これに対して、自動車メーカーと二輪車メーカーでつくる業界団体である日本自動車工業会は、国に対して「すり合わせ」を求めてきました。
具体的にどのようなことかといえば、電動化の解釈について、欧州ではハイブリッド車やプラグインハイブリッド車を含めていないが、日本ではハイブリッド車の普及率が高いことなどから、ハイブリッド車も含めること。さらには、既存の内燃機関(エンジン)をカーボンニュートラルに対して有効利用する方法として、水素を燃料とする水素エンジンなどについて含めた、さまざまな方策によってカーボンニュートラルを目指すべきだと主張したのです。
その後、グリーン成長戦略は微修正をした後で閣議決定されました。そうした日本の方針が環境問題に関する世界的な会議であるCOP(国連気候変動枠組条約締約国会議)の場で、世界に向けて発信されたのです。
こうした中で、日本自動車工業会はメディア向けに、オンライン等で頻繁に情報発信をして「カーボンニュートラルにおける敵は炭素」とか「カーボンニュートラル実現に向けた山を登る道はいくつもある」といった表現で、BEVシフトに急激につき進むヨーロッパなどの動きをけん制してきました。
これに対して、一部メディアは「日本はグローバルでのBEVシフトのトレンドに乗り遅れている」とか「日本がBEVで負け組になる」といった記事が出回るなど、日本の次世代車戦略に対して、いまでも賛否両論があるのが実状なのです。
また、グリーン成長戦略で掲げている2035年に向けた方針は、法的な意味での義務化ではないため、「国のやり方が少し緩いのでは?」という声もあります。
いずれにしても、前述のようにグリーン成長戦略が世に出たきっかけは、2010年代後半に突如出現したESG投資なのですから、今後も国の政策としても必要に応じて大きく転換してもおかしくはない、ということでしょう。
S耐ではカーボンニュートラル車両がワークスマシンとして走る!
2021年11月、岡山国際サーキットで開催された「スーパー耐久シリーズ最終戦」の現場は、いつになく緊張感が漂っていました。なんと、決勝レースに向けて、トヨタの豊田章男社長、マツダの丸本明社長、そしてスバルの中村知美社長が共同会見を開いたのですから。
目的は、カーボンニュートラルに向けて各社がさまざまな最新技術をスーパー耐久の場を使って研究開発し、その様子をサーキットに訪れた観客の皆さん、そしてメディアを通じてより多くの人たちに見てもらうことです。いわば”公開実験室”でしょう。
そもそも、スーパー耐久は、ジェントルマンドライバーと呼ばれるアマチュアレーサーやセミプロレーサー、または現役を引退した往年のレーサーが参加する、参加型のモータースポーツとして始まりました。
近年は、各メーカーからGT3など国際格式レースに参加可能な“吊るしのレーシングカー”が販売されていることもあり、ジェントルマンドライバーでもかなり速いラップタイムで、しかも長時間に渡って安定してサーキットを周回することが可能になってきました。
そうした中で、自動車メーカーが、いわゆる“ワークスチーム”として新しい技術を競うST-Qクラスに参戦したのですが、ラップタイムだけみると、プライベートのトップチームより大きく劣ることが珍しくありません。
「ワークスは常にプライベーターより速いもの」というモータースポーツ界の常識を覆す大きな異変だと言えるでしょう。
それでも、自動車メーカー各社は日本におけるカーボンニュートラルを目指す姿に向かって、一歩一歩進む“ありのままの姿”をより多くの人に見てもらい、そこから何かを感じ取ってもらおうと日々努力しているのです。
著者PROFILE●桃田健史
1962年8月、東京生まれ。日米を拠点に、世界自動車産業をメインに取材執筆活動を行う。インディカー、NASCARなどレーシングドライバーとしての経歴を活かし、レース番組の解説及び海外モーターショーなどのテレビ解説も務める。日本自動車ジャーナリスト協会会員。
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[スタイルワゴン・ドレスアップナビ編集部]