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繰り返し同じ走りができる“再現性の高さ”を追求!
シリーズを走りきれる信頼性の高さもポイント
今回紹介するのは、2023年シリーズタイトルが大混戦となったフォーミュラドリフトジャパン(以下、FDJ)のチャンピオンマシン。“LINGLONG TIRE DRIFT Team ORANGE”所属のKANTA選手がドライブするJZX100チェイサーだ。
トーナメント決勝戦では、2度目の電撃スポット参戦で話題を呼んだWRC王者のカッレ・ロバンペラ選手に勝てばシリーズ優勝、負ければ2位という巡り合わせの中、ミスをしない抜群の安定感で優勝の二文字を手に入れた。そんなKANTA選手の走りの特徴である、決して狙ったラインを外さないマシンコントロール力を引き出すマシンの秘密に迫っていく。
現在、日本国内で実施されているトップカテゴリのドリフトシリーズは、D1GPとFDJの2つが存在する。純国産競技のD1GPと海外発祥のFDJ、両者の審査スタイルが大きく異なることは有名だが、じつは車両レギュレーションも異なっている。大雑把に比較すれば、FDJの方が車両に対する改造の自由度が高いのだ。
FDJにおいては、とくにエンジンへNOSの噴射が許可されていること、タイヤ幅などが関わる最低重量が設定されていないことが性能面での優位点。上位チームとなれば1000psを超えるパワーチューンと、1トン近い重量への軽量化が当たり前のようになっている。
だが、このチェイサーにはそのどちらの改造も行なわれていない。かといって、何かが足りない訳ではない。いわば、チャンピオンマシンになるための必要最小限な改造のみを施した、質実剛健なスペックなのである。
このチェイサーを仕上げたのは、エビスサーキット内に拠点を構えるチューニングショップ“Kスタイル”。車両製作に際して最も気を使った点が、年間6戦にも渡るシリーズを安定してノントラブルで走り抜くことのできる信頼性の高さなのだという。
「FDJは参戦し始めた頃からずっとSR20を使っていて、2.2L化をしてNOSも噴射していたんですが、根本的にパワー不足で話にならずに惨敗続きでした」とKANTA選手。
上位カテゴリになるにつれ単走では要求されるドリフトアングルに合わせて切れ角が増え、追走ではどんなタイミングでも前車に接近する瞬発力を発揮するタイヤグリップが必要となり、それを実現するには絶対的なパワーが必要となっていく。
それらを当たり前のようにこなす3.4Lオーバーに改造された2JZ搭載マシンを相手に、限界を感じていた最中の2021年第2戦。ホームコースであるはずの、エビス西でも満足行く結果を残せなかったことがひとつのきっかけとなり、当時乗っていたS14から乗り替えを決意した。
その時、たまたま近くにFDJで乗られていた車体が売りに出ていた…というのが、チェイサーを選んだ大きな理由。現在も仕様変更のないBCのストローカーキットによって、3.5L化された2JZが載っているという点も都合が良かった。
「このマシンを手に入れたのはSUGO戦が始まる1週間ちょっと前でしたが、買ったばかりのマシンで初めて追走で優勝することができたんです。そこから年々更新されるレギュレーションに合わせた変更はありますけど、エンジンはほとんどそのままで、ミッションと足回りを変えたくらいですね」。
タービンはT88-34Dタービンで推定800psを出力。NOSは、ロングコースだと1本目と2本目で内圧が下がりパワーダウンしてしまう現象や、その管理の計器が増えるといったドライバーの手間、整備性の悪化などを理由に導入していない。
見慣れないこちらのパーツは、ブレーキマスターに負圧を発生させるバキュームポンプ。アンチラグの導入によってブレーキマスターが効かなくなる問題をオルガンペダル化で解決するチームが多いが、純正吊り下げのレイアウトが好みなKANTA選手はこちらを選択。
意外にも安全タンクは使用せず、純正燃料タンクを給油口位置のみ変更してそのまま使用。2022年までラジエターは純正位置だったが、容量不足の場面が多かったため重量配分改善も兼ねてリヤへ移設。冷却性能は高いが重量の重い銅三層ラジエターも気にせず使えるようになったそうだ。
このボックスは、氷水で燃料のパーコレーションを防ぐ簡易クーラー。アイドリングで待機するシーンが多いドリフト競技には欠かせない装備だという。
サスペンション関係は、ワイズファブに代表される特別なアングルキットは使用していない。ショートナックルは数回の仕様変更を経て、現在はヘイメンの1500SPナックルへ。毎回、変わらず正確なラインをトレースすることを最重視するKANTA選手の走りにはこれがベストとのこと。
スープラキャリパーがフットブレーキで、日産2ポッドキャリパーが油圧サイドブレーキ用。油圧サイド用のパッドはディクセルのRDでいつでもロックするように、フット用のパッドは前後ともに効きが比較的弱いディクセルのRAでコントロール性を重視した組み合わせで使い分ける。
純正アッパーアーム以外はフルピロの調整式アームを導入。車高調はテインの別タンク式となるスーパーレーシング(F28kg/mm R9kg/mm)。フロント28kg/mmというハイレートは、フロントが沈むことでリヤの荷重が抜けることを嫌って姿勢作りをしていった結果だ。
駆動系には、コースに合わせて数分でファイナルギヤ変更が可能なクイックチェンジを導入。純正燃料タンクのままだとフロアと干渉する部分が多く、レイアウトに苦労の跡が伺える。
ミッションをHパターンのGフォースから、シーケンシャルのホリンジャーへとスイッチしたのも2023シーズンの変更点。シフトカットを導入できたことにより、ゼロスタートからの加速で車重やパワーを補うことができるようになった。
シートはブリッドのゼロVSを愛用。センターコンソールのメーターは過去に使っていたもので、現在はインパネのECUマスターにて一目で全情報が確認できるようになっている。
エクステリアを覆うボディキットは、カザマオートサービスのプロモードSSだ。これによりフロント片側65mm、リヤ片側75mmのワイド化を実現。タイヤサイズは操舵性のためにフロント265/35−18、リヤはレギュレーションいっぱいの285/35−19のリンロンタイヤ製フラッシュヒーローを履く。ホイールはSSRのGTX01(F9.5J+35 R10.5J+12)。
その他、ルーフとトランクは福島県のカーボンパーツメーカー「CFラボ」のカーボン製品を導入し、リヤドアパネルはFRP化するなど軽量化も追求している。
「練習走行から最後まで、同じ走りができることを心がけています」というKANTA選手の言葉は、今年の単走予選において3位以上が4回、最低でも7位で通過という抜群の安定感に示されている。
特別なパーツを使わないことは信頼性の高さや、他チーム間を通じてのスペアパーツのやり取りのしやすさにも大きなメリットとなる。KANTA選手が所属するチームオレンジは、チェイサーも含め、毎戦4台もの大所帯で福島県から移動することとなるため、そういった事情からも合理的だ。
FDJマシンとして決して派手なメイキングではないものの、シリーズ優勝に必要な要素を分析し、理解仕切ったチームならではの車両製作の真髄がここには詰まっているのだ。
TEXT:Miro HASEGAWA (長谷川実路) PHOTO:Miro HASEGAWA (長谷川実路) /金子信敏