レギュレーション無視で理想のドリ車を追求!
オークランドから北にクルマで1時間、ワークワースという街で家族と一緒に住んでいるカール。父親はマッドマックスに出てきそうなナイスガイで、これまたクルマ好き。カールがクルマ好きになったのは遺伝なのだろう。
そんな男がドリフトに目覚めたのは2006年のこと。チューニングショップ“フレンズ”の猪瀬氏が製作した2JZ改1000馬力仕様のアリストが、白煙モクモクでドリフトする動画を見て大興奮。自分も猪瀬氏のようなマシンを作ってドリフトしたい! と思ったのがキッカケだったという。
それからしばらくしてアリストをゲット。当初は2JZで改造を進めるつもりだったが欲求がエスカレートしていき、いつの間にかオンリーワンのドリフト車両を作ることに考えがシフト。そして、気がついたらこの魔改造アリストが誕生していたというわけ。完成したのは2013年で、当時、海外の改造車雑誌やSNSを賑わせていたから知ってる人はいるだろう。あれから各部をアップデートし続けて今に至る。
まずエンジン。ニュージーランドのCBRというチューナーが作ったブリッジポート仕様の4ローターターボを搭載! 馬力はなんと1320psというから恐れ入る。
圧がかかる部分はホースバンドではなく、オーストラリアのプラズママン社が販売するメタルクランプを使用。スロットルボディも同じメーカーの100φビレットタイプを使う。ウエットショット式のNOSも搭載済みだ。
組み合わせるタービンは、ギャレットGTX。NOSを追加しているとはいえ、ここまで大型のタービンをまわせるのは排圧が高いロータリーだからこそ、と言える。コンプレッサーハウジングに伸びてる線はタービンの回転数を測定するためのセンサーだ。
インジェクターはツインデリバリー式で1800ccを16本! 1ローターに4本使っているのだが、全開時の稼働率が80%と考えても1分間に20L程度の燃料が消費されていくわけで…。さらに、走行会を1日走ろうと思ったらメタノールガスが300L必要とか、もはや笑うしかない。
急激な横Gがかかっても安定したオイル潤滑を狙ってオイル供給システムはドライサンプに変更。それに伴うタンクはリヤにマウントされている。ポンプは4ステージのレース用が装着されていた。
恐ろしく太いフルストレートマフラー(フロントパイプ127φ、センターパイプ以降90φ×2)は直管でそのままサイド出しというレイアウト。サウンドはアイドリング状態でも爆撃機並みの轟音だった。
燃料タンクの容量は60L。電圧ドロップ時の燃圧低下を懸念して、ドライサンプのオイルポンプ駆動に依存するメカニカルな加圧システムを構築。そのため燃料ポンプも機械式となる。本場のドラッグレースなどで見られる手法だ。
ここまで尖った超絶エンジンにも関わらず、アイドリングがすこぶる安定していたのは驚き。セッティングが決まっている証拠だ。制御はマイクロテックで行い、各ハーネス類はレースパックのスマーワイヤーで集中管理する。また、点火が命のロータリーで1000psオーバーを安定出力させるためには純正の点火システムでは完全に役不足。そこでM&W社のレース用CDIを4基追加して点火性能の底上げを図っている。
足回りも凄まじい。まずフロント。サス構造はマルチリンクなのだが、ショックのアッパー側はマウントレスでボディにリジット装着され、取り付け位置が全く違う。ダンパー自体がかなり寝る方向でセットされていて、スプリングレートや加工された縦横ナックルとあわせてセッティングされているようだ。車高調はコニのスペシャルでスプリングはオーストラリアのキング製。どちらもワンオフ品となる。
ストラットタワーに沿うようパイプが走り、そのパイプに車高調のアッパーを固定するブラケットが取り付けられている。おかげで車高調はかなり寝る姿勢でマウントされるから、レーシングカーみたいに見える。
そしてリヤ。なんとダブルウィッシュボーンを捨てて、4リンクのホーシングに改造! 海外のドラッグレースシーンでは見かける改造だが、ドリフト車両でこのような改造は聞いたことがない。たしかにホーシングならドラシャは折れにくくなるだろうし、アライメント変化も起こりにくいからドリフト向きな気がしなくもない!?
前後方向の動きを規制するためのリンクが片側2本ずつ前後方向に伸びる。デフはストレンジエンジニアリングのドラッグレース用で、ドラシャ&ハブナックルもスペシャル品とのこと。
室内も完全にレーシング仕様。ミッションはホリンジャーの6速シーケンシャルで、その隣のレバーは可変スタビの調整用だ。その他、バッテリーのカットオフスイッチ、ブレーキの前後バランサー、エンジンの始動スイッチが並ぶ。
ペダルはウィルウッド製でクラッチとブレーキは吊り下げ式、アクセルのみオルガン式にしている。
リヤも内装は全て撤去されてフル溶接ロールケージが覆う。リヤシート位置にはNOSタンクや消火器システムが綺麗にマウントされる。フルバケはスパルコのEVO2だ。
一方、エクステリアはカールの好みでノーマルを意識した作りとなる。グリルはTRDでボンネットは純正だ。ボンネットから突き出たツインウエストゲートの大気解放口がこのクルマのモンスターっぷりを表現している。
フェンダーは純正改のワイド仕様。それに合わせてフロントバンパーはセンターでカットしてフェンダーとチリがあうように延長加工していたりもする。かなり芸が細かい。
…と、ひとつひとつの改造に理由を求めてしまうのが我々の性なのだが、カールとジックリ話をして気づいたのが、ひとつひとつの改造に理由などないということ。
そう、このアリストは理詰めで作られていない。カールがやってみたいと思った改造を制限なく詰め込んだ、言わば夢の結晶。その改造はドリフトに限定せず、ドラッグタイムアタックなど様々なジャンルから取り入れており、競技仕様というわけでもないためレギュレーションも関係なし。ルール無視のアンリミテッドなのである。
ちなみに、カールの腕前は決してプロ級というわけではなく、生粋のエンジョイ勢。だからといって「こんなクルマ乗りこなせるの!?」などと思うなかれ。好きな改造車で自分のできるドリフトを楽しむ、それが彼のスタイルであり美学なのである。