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生産期間わずか1ヵ月の高根沢工場最終モデル
鈴鹿工場移転前の最終生産モデル!
バブル景気に沸いた1988~1989年ほどの勢いはないにしろ、改めて振り返ると1999年は人気の国産スポーツカーが登場した“当たり年”だったように思う。
BNR34型スカイラインGT-R、S15型シルビア、ZZW30型MR-S、ZZT231型セリカ…、そこに名を連ねるのがオープン2シーターにして、リアルスポーツを追求したホンダ肝入りのAP1型2000だ。
モノコックボディの宿命として屋根がない分、どうしても落ちてしまうボディ剛性を確保するため、まず独自のハイXボーンフレームを採用。そのフロントミッドには専用設計となるNA屈指のハイパワーエンジンF20C型が搭載され、常用9000rpmを許容する自社設計の6速MTが組み合わされる。
ホンダとしては往年の名車S800以来、29年ぶりに手がける本格的FRスポーツカー。同じ国産のオープン2シーターでも速さを求めたAP1は、クルマとの対話やドライビングそのものを楽しむマツダロードスターとは対極にある1台と言っていい。
後、車速と操舵角に応じてステアリングのギヤレシオを無段階に変化させ、あらゆる状況下で理想的なハンドリングを実現する世界初の機構VGS(バリアブルギヤレシオステアリング)を採用したタイプVの追加、ボディ剛性のさらなる向上、内外装のデザイン変更、2.2L化などの改良を加えることで進化。
その概要は別表の通りなのだが、10年に渡って生産されたAP1/2の中で、とくに珍重されているのが『135』で始まる車体番号を持つモデル。元々、初代NSXのために建てられた栃木・高根沢工場で生み出された最後のAP1なのだ。生産期間はわずか1ヵ月。台数は多く見ても200台前後といったところだろう。
その後、生産拠点はNSXとともに三重・鈴鹿工場へと移管されるのだが、しばらくして、とある業界関係者からこのような話を聞いた。いわく、「鈴鹿工場で生産されるNSXはクオリティが落ちた」と。目に見えて分かるところでは、ボディパネルのチリやクリアランスが一定でなくなったという。
生産設備のみならず職人も高根沢から鈴鹿へと移っているため、有り得ない話のように思えるが、それが現実。もしかしたら、気候や気温、湿度などが微妙に関係しているのかもしれない。ともあれ、AP1/2では耳にしたことがない話だが、生産ラインを共用する工業製品だけに、NSXと同じことがもしAP1/2で起こっていたとしても決して不思議ではない。そう考えると、絶対的な生産台数が少ないことを含め、AP1でも“高根沢工場モノ”の方がより価値があるように思えてくる。
細部を見ていく。メータークラスター右側にエンジンスターターボタンとオーディオ操作スイッチ、左側にエアコン操作スイッチを配置することでシンプルにまとめられたダッシュボード。ステアリングホイールはタイプV専用となる。
メーターはスピードがデジタル表示、エンジン回転数がバーグラフ表示。S2000のロゴが入ったプッシュオープン式センターパネルを開くとオーディオユニットが現われる。
オーナーが手を加えた数少ないポイントのひとつがシート。運転席、助手席ともにASMのレカロRS-Gに交換される。純正シートに対してホールド性が格段にアップしてるのはもちろん、ローポジション化も実現している。
135~200系AP1純正ホイールに、フロント215/45R17、リヤ245/40R17サイズのイーグルレブスペックRS-02が組み合わされる。「AP2純正ホイールも持っているんですけど、取材なので今日はコレにしてきました」とオーナー。
装着率が高い2本ステータイプのリヤウイングと、リヤタイヤハウス内への走行風の巻き込みを防ぐリヤストレーキ。フロントリップスポイラーと合わせてモデューロ製となる。
オーナーの間でひそかにブーム(?)となっているのがこれ。実は、純正マフラーにR35純正マフラーカッターがボルトオンでいけるのだ。バンパーとのクリアランスにも問題なく、リヤビューを手軽にイメージチェンジできる。
VGSは少しクセがあって慣れが必要だが、かつての4WSのような違和感はなし。低速域ではロックtoロック1.4回転と超クイックで、ステアリング操作量以上に大きく前輪が切れてくれるため、車庫入れやUターンが楽にできる。
徐々にスピードを上げてくと、ステアリング操作量に対して前輪切れ角も最適化。初期はレスポンス良く鼻先が向きを変えるが、過敏に反応するわけでなく、そこから舵角を増していってもリニアに追従する。サーキット走行のような限界域では分からないが、ワインディングでペースを上げて走るようなシーンでは、VGSがコーナリングの気持ち良さを増幅してくれるのは間違いない。
ちなみに、VGSに合わせてダンパーやスタビライザーは専用セッティングが施され、LSDも専用品が組まれる。
そしてF20Cは絶品の一言! メーター読み6000rpm手前で高速側カムに切り替わってからのパワーの盛り上がりと、ストレスフリーなエンジン回転の上昇が、精緻に組まれた機械であることを強く感じさせてくれる。
その一方で低中速域のトルクも必要にして十分。登場からすでに20年以上が経過したF20Cだが、2.0L・4発NAのスポーツユニットとして、まだまだ一線級のパフォーマンスを見せてくれるし、愉しさだって全く色褪せていない。
2022年にS660とNSXの生産を終了し、ついにモデルラインナップから生粋のスポーツモデルが消えるホンダ。メーカーとしての方針や時代的背景など理由は色々あるのだろうが、だからこそAP1/2が10年も生産されたのは奇跡的だったのかも…などと今さらながらに思う。
●TEXT&PHOTO:廣嶋健太郎(Kentaro HIROSHIMA)