目次
800psすら通過点に過ぎないエアコン付きGT3
GTマシンをストリートカーへと大胆リメイク!
M120型というエンジン型式を聞いてピンと来る人は、余程の欧州車好きに違いない。それはメルセデス・ベンツが90年代に生産していたV12エンジンで、当時のS600やSL600などに搭載されたフラッグシップユニットだ。
そのM120の可能性に着目したチューナーが、フロリダ州ロクサハッチーにある「Gooichi Motors(グーイチ・モータース)」。グーイチの名が広く知られるきっかけになったのが2017年のSEMAで、V8を搭載したピスタチオカラーのFD3S型RX-7が話題を呼んだ。
それから5年後、ピスタチオFDはエンジンをM120型V12にコンバートするという斜め上な進化を果たし、再びSEMAで脚光を浴びることに…。M120スワップを実現させる過程で、グーイチはCNCを使ったエンジン加工のノウハウを始め、ビレットのドライサンプシステムやミッションのアダプタープレートといったオリジナルパーツまでモノにしていた。
そして、そのプロセスをカスタマーとして側で見守ってきたのが、ジェイソン・ベーコンである。モータースポーツ好きのジェイソンは、当初Exobusaというキットカーを使ったレース専用マシンの製作をグーイチに依頼。それはそれで22年のSEMAにFDと一緒に参加したのだが、日進月歩で進化するM120の魅力にジェイソンも知らず知らず惹かれていたのである。
「そんな時にリトアニアで売りに出されていたGT3のZ4を見つけたんだ。ドンガラだから割安だったんだけど、これにM120を載せたら面白いんじゃないかってアイディアが浮かんだんだよ」と当時を振り返るジェイソン。グーイチの代表を務めるサム・モリスと相談した結果、BMWのGT3にメルセデスのV12をぶち込むという、不適切にもほどがあるプロジェクトを立ち上げてしまった。
コンセプトはGTマシンをストリートカーにすること。極力シャシーには手を付けず、V12をマウントすることには腐心した。メルセデスのレースヒストリーを紐解いたところ、1939年のW154というグランプリマシンがV12にクランクドリブンのスーパーチャージャーを搭載していたことを知り、そのイメージを継承。プロチャージャー製のF-1Xスーパーチャージャーを搭載している。
圧縮比は11.5:1とし、ロッド/ストロークレシオ(コンロッド長とストロークの比で、値が小さい程フリクションが増える傾向になる)を最適化する鍛造コンロッドも使用している。
6-1の完全等長を実現したエキマニは、オランダにあるCeleritechのカスタムメイド。モーションレースワークスのスロットルを備える吸気回りは、グーイチがワンオフで製作した。トランスミッションはHGTの6速シーケンシャルで、削り出しで作ったアダプターを使ってM120と接続。ビレットのオイルパンなどを使ったドライサンプシステムは商品化もされている。
ホイールはピスタチオFD3Sの時と同じ、アメリカのfifteen52に依頼してセンターロックの鍛造3ピースをワンオフで製作。fifteen52は鍛造から撤退しているのだが、グーイチのためなら…と一肌脱いだ格好だ。タイヤは縦溝が2本入っているだけの、ほぼスリックタイヤと言えるトーヨーのプロクセスRRが組み合わせられる。ブレーキはウィルウッドでフロント6ポット、リヤ4ポットのキャリパーを使用。サスペンションはオーリンズのレースダンパーにRamLiftProの油圧リフターを取り付けてある。
GT3純正のカーボン製ワイドボディを基本に、LEXAN製のウインドウや灯火類などを新調。GTウイングはBYCデザイン製で、GT3よりもワイルドなルックスを実現している。ちなみにカーボンでできたボディ外板は、純レーシングカーのためチリが合っていないのが当たり前かのような状態で、かなり時間をかけてやり直したそうだ。
ペイントはメルセデス伝統の「シルバーアロー」にあやかってシルバーを選択し、実はフロントエンブレムは半分がBMW、もう半分がスリーポインテッドスターになっている。
インパネはカーボン製のダッシュの上からスエードを貼ったオシャレ仕様に変身。とはいえ、MOMOのデイトナEVOシートやピーターソンのドライサンプタンク、SPAの消火器など、レーシングマシンらしいエキップメントも揃う。エンジンの制御はハルテックのネクサスR5を使用し、合わせてIC-7デジタルダッシュとPDM、キーパッドなども採用。F1マシンのようなステアリングは真ん中にiPhoneをインストールしてあり、ワイヤレス充電しながらディスプレイとして使えるようになっている。
一番左がオーナーのジェイソン・ベーコン。隣の三名がグーイチ・モータースの面々で、右から代表のサム・モリス、ガールフレンドのサブリナ、ビルダーのヤシエルだ。室内の撮影をする時にはドライカーボン製のドアをサクッと外してくれるなど、チームワークの良さに驚かされた。Z4 GT3は23年のSEMAでとてつもない注目を浴び、ジェイソンは一躍時の人に。
最近行なったパワーチェックでは最高出力808ps、最大トルク83.9kgmを記録。ポテンシャルを考えると、まだまだチューニング次第で上が狙えそうだが、ジェイソンの目的はあくまでモータースポーツ。サーキットに足を踏み入れれば、それは再び「GTマシンベースのストリートカー」から「ストリートリーガルなGTマシン」へと瞬時にキャラ変するに違いない。
Photo:Akio HIRANO Text:Hideo KOBAYASHI