4WD誕生の理由

4WDの源流は20世紀初頭にまでさかのぼる。第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけて、欧米各国は泥道や未舗装路を確実に走れる軍用車両を必要としていた。そこで生まれたのが、前後の車輪すべてに駆動力を配分する四輪駆動システムだ。
その代表例が、ウィリス・オーバーランドが開発した「MA(Military model A)」。小型ながらも高い悪路走破性を備え、兵士の移動や物資輸送に大きな役割を果たした。戦後はその信頼性が評価され、各国でライセンス生産や独自の4WD開発が進められることになる。
日本においては、三菱がジープをライセンス生産し、トヨタはランドクルーザーを投入、日産はパトロールを展開した。これらの車両は農業や林業、建設現場などで「働く道具」として活躍し、4WD=実用性というイメージを定着させた。雪道や山道に暮らす人々にとっては、生活を支えるライフラインそのものであった。
技術が進化し市販化が進んだことで4WDが日常の足へ

4WDは長らく軍用や作業用に限られていたが、1970年代に入るとその価値が一般ユーザーの生活にも広がり始めた。大きな転機となったのは1972年、スバルが発売した「レオーネ・エステートバン」である。
当モデルは世界初の量産4WD乗用車として知られ、雪国に暮らす人々にとっては待ち望んだ存在であった。冬の峠道でも安心して走れる「普通の車」が誕生したことで、4WDは特別な機械から生活を支える実用品へと変わったのである。
その後1980年、ドイツのアウディが発表した「クワトロ」が自動車史を塗り替える。フルタイム4WDを高性能車に採用したこのモデルは、従来「悪路用」と思われていた4WDに「速さ」という新しい価値を与えた。乾いた舗装路であっても4輪で路面を掴むことによる安定性とトラクション性能は、FRやFFを圧倒する次元にあった。
この時代はちょうどモータリゼーションの成熟期でもあり、人々は単に移動するだけでなく「安全に、より速く、より快適に」走ることを求め始めていた。スバルは生活インフラとしての4WDを、アウディは高性能スポーツのための4WDを提示したことで、技術の裾野が一気に広がったのである。
更なる飛躍を遂げたWRCでの活躍

1980年代、自動車レースの世界で4WDは一気に主役へと躍り出た。きっかけとなったのは、アウディが1981年に世界ラリー選手権(WRC)へ投入した「アウディ・クワトロ」である。舗装、雪、砂利、氷とあらゆる路面で驚異的な走破性を示し、従来のFRやFF車では太刀打ちできない速さを証明した。これにより、WRCの勢力図は一変し、勝つためには4WDでなければならないという常識が定着した。
その流れを受け、ランチア・デルタ・インテグラーレ、トヨタ・セリカGT-FOUR、三菱ランサーエボリューション、スバル・インプレッサWRXといった名車が次々と登場する。これらは単なる競技車両にとどまらず、ラリーでの活躍を背景に「市販車でも同じ血統を持つ」という強烈なブランドイメージを形成した。特に1990年代、スバルと三菱が繰り広げた激しい覇権争いは、日本国内のファンのみならず世界中の車好きを熱狂させた。
ラリー観戦は単なるスポーツイベントではなく、地域の祭りのような存在となった。林道に押し寄せた観客は、目の前を全開で駆け抜ける4WDマシンに歓声を上げ、その姿は雑誌やテレビを通じて「憧れの象徴」として広まった。日常では体験できない圧倒的なスピードと迫力を前に、4WDは「実用の技術」から「夢を叶える技術」へと進化していく。
走行性能を日常に落とし込み、アウトドアやスポーツといったライフスタイルを支える相棒として普及
WRCで磨かれた4WD技術は、そのまま市販車にフィードバックされた。スバル・インプレッサWRXや三菱ランサーエボリューションはその代表例であり、ラリー参戦車両とほぼ同じメカニズムを搭載して販売された。街中でもラリーカーと同じ走りを体感できるという事実は、車好きにとって大きな魅力であり、「走りの4WD」というイメージを決定づけた。
一方で、この時代は生活スタイルの変化からRVブーム、さらにはSUVブームが訪れた。日本ではトヨタ・ハイラックスサーフや日産・テラノが人気を集め、アメリカ市場ではフォード・エクスプローラーやジープ・グランドチェロキーが家庭の足として定着した。さらに1994年に登場したトヨタ・RAV4や1995年のホンダ・CR-Vは、「街で使えるコンパクトSUV」という新しいカテゴリーを切り開き、若者やファミリー層にも4WDが身近な存在となった。この流れは、従来「雪山やオフロード専用」と考えられていた4WDのイメージを一変させた。
通勤や買い物といった日常生活の延長に4WDが自然に存在し、アウトドアやスポーツといったライフスタイルを支える相棒として普及していったのである。つまり1990〜2000年代は、4WDが「競技で勝つための技術」と「日常を快適にする技術」という二つの顔を同時に獲得した時代であった。
現代の4WDと未来

21世紀に入ると、4WDは大きな進化を遂げた。かつてはレバーやスイッチで駆動方式を切り替える機械式が主流であったが、現代の多くは電子制御によって前後・左右のトルク配分を瞬時に調整できるシステムへと置き換わった。滑りやすい雪道や雨天の高速道路、さらにはサーキット走行まで、あらゆる状況で最適な駆動力を確保できるようになったのだ。
SUVの多くには「オンデマンド4WD」や「電子制御AWD」が搭載され、普段は燃費効率の良いFFで走り、必要なときだけ後輪に駆動力を送る仕組みが採用されている。これにより、ユーザーは特別な操作を意識することなく安全性を享受できるようになった。
さらに近年のトレンドは電動化である。ハイブリッド車やEVでは、モーターを前後に搭載することで自然に4WDを構成でき、従来の機械的なシャフトやデファレンシャルを必要としない。日産のe-POWER 4WDや三菱のS-AWC、テスラのデュアルモーターAWDなどはその代表例であり、モーターならではの緻密で瞬時の制御が可能になっている。
今後はさらに一歩進み、ホイールごとに独立したモーターを備えた「インホイールモーター式4WD」が現実味を帯びてきた。これが実用化すれば、4輪それぞれのトルクを自在に制御し、かつてない走行安定性と自由度を実現することになる。4WDはもはや悪路用の技術にとどまらず、未来のモビリティを形作る基幹技術のひとつとなりつつある。